「記憶がなくなったボコボコにされて」
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山下じさんから教えていただいてすっげえ
いい人いるんで安坂さんあったらみたいな
言ってもらってそんな会えるんやったら
よろしくお願いしますって言ってはい今日
の日を迎えましたそんなもよろしくお願い
しますもらっても嬉しいですけどね
よろしくお願いします何からお聞きしよう
かなと思うんすけど
なんかうんどうやって
あの聖書を読むようになったとかどこ出身
かとかよく聞いてるんですけどあなるほど
はいじゃあま僕から行きましょうかで次
さん行ってはいはいはいと僕はあのここ今
撮影してる瀬川キリスト協会でここ瀬川
バイブルキャンプ場っていうんですけども
これ母教会なんですねで両親クリスチャン
なんであの2世なんですよあそうなんです
あんでま幼稚園ぐらいの時にここに
引っ越ししてきて川西市ってことですけど
ねでその時からもうずっとこの教会行っ
てるんですねへえなのでもう切水の2世で
ずっと教会子っていう感じでお腹の中
からっていレーズそうですねはいもう
そんな感じでああの22歳上に兄がいるん
ですけども両方ともちっちゃい頃もずっと
教会来ていてで中学ぐらいでね柔道部へえ
僕らあの兄も僕も幼稚点からず10だった
ええねこそこまでは行ってません
けど嬉しいですね僕も見ててああ吉編成
中度すげえ強えとか思いながらってあんな
朝あの足元にも及びませんけどいやいや僕
なんか全然ですやっててへえそうそうそれ
で兄貴は結構クラブ活動好きだったはいそ
まちょっともグレの方に入ってってしまっ
てくれちゃったんすよ兄貴は格闘技し
ながら誰にでももうボクシングもやって
空手もやってその辺ボコボコにしまくって
今やったらMMAの行けると思いますね
兄貴あったらムキムキやったしへんで
ちょっとねやっぱ右翼系っていうかね
あっちに行ったんすよあう右の方右の方の
もう車になんかなんちゃらかみたいなんか
ガンとってボみたい
なあんなんなってしまって
なんか
でそうそうでそれで兄貴は来なくなったん
ですけどね教会はいで僕はまあのそんな
兄貴を見ながらかっこええな思いながらね
やっぱり弟なんで兄貴に憧れつつもそこ
までこう突き抜けれなくってはいほんで
まあなんか流れで教会ずっといてたみたい
な感じですねなん疑うこともなく親
てるしま僕も俺も信じとこかみたいな感じ
なんですかそうもうねちっちゃい頃書い
てるともう生活の一部なんですよもうね
日曜日は行くものみたいな感じで行って
ましたしはいはいでただやっぱり僕も子春
期中学生ぐらいから来始めてはいで高校の
時に
あのやっぱ自分の頭で考えた時ちょっと
これおかしいだと思ったんですよねうん
で親がやってるからやるんじゃなくって
自分でやっぱなあかんなと思ってそしてま
友達も結構悪い男子湖に入ったんですけど
友達も悪くなってきてイイの男子に男子に
入りましたもう猿学園って言われてた大阪
でも相当もう偏差値ギリギリのうんここ
そこでも動されてたんですでそこではね
友達と一緒にちょうどビデオでねなんか
アメリカンフットボールのあの中があって
ねはまってね俺らちょ高校行ったらアメ
しようやみたいになってはいあのアメフト
やったんですよ高校ではへえ市学だったん
ですけどねでそこでねちょっと
あのやっぱキリスト教っていいこと言っ
てるけど
あのなんて言うかなこの夜中っていうのは
ねやっぱ力ですよね富権力お金で動いてる
わけじゃないですかでそういう話をする
わけじゃないですか友達とは学校ではいで
どんだけ可愛子と付き合ってるかとかね
どんないいバイク乗ってるかとかまそんな
話ばっかりやってでま真実ががどっちか
分からなくなったんですよ教会でいつも
聞いてるものが真実なのかそれともこの
社会が動かしてるものが真実なのかみんな
が憧れてるものうんでこれは1回やって
みようと思ったんですね自分の力で行ける
とこまでやってみようとでま僕も洗礼は
一応中学2年生の時に友達が受けたからっ
てい流れで受けたんですよねでもあの1回
これ神様に真剣に祈ろうと思って祈ったん
ですわ今から僕はあなたを捨てます
んで今から僕はアクレの力をで生きていく
のではい神様ごめんなさいってま律儀にお
祈りしとんですよもこっちに行くそう
向こうの道に行くのでま決別宣言というか
へえでまとりあえず自分の力で行ける
ところまで行っていますとはいお祈りして
あーメンてってでそれからもう教会も行か
なくなったですし1番最初に何を始めて
いくバイク乗るとかまそう友達とまずは
あの暴走族のちっちゃいチームみたいこの
辺で作って僕らはあの走り屋って呼んでた
んですけどま暴走族みたいなもんですわ
釣れを作って一緒に走り回ってましたし
やっぱ楽しかったでしょうねやっぱ柔道
やってたんでちっちゃい方からで高校生
って言ったら体もできてる頃で結構強かっ
たんですよ喧嘩しても背も高いまあねんで
こう部下が増えてくるんですよね喧嘩する
たびにねそしたらぱあこれかと思ったん
ですよねみんなが言ってる力っていうのは
これやとで言ったらパシ出したら何でも
勝ってくるわけでねただではい
それであ買ったなって思ったんですよもう
人生これやなこれで生きていけるこっち来
てよかったって思ったんですねでも
やっぱりねどっかでこの心の叫びっていう
か神様のコーリングっていうかそっちで
ええんかっていうのはあるんですよやり
ながらやりながらもやっぱりうんやっぱ
この辺でねそういうの動いてですよやけど
振り切って振り切ってお前じゃないんやと
俺はこっちのサタについたんやから黙っ
とけとうんうんほんでまやり切っとったん
です
けどま
事件が起きてはいま雨太やったんで結構
あの朝から学校行って夜の7時ぐらいまで
クラブするんですよねで真っ暗になって
から帰るんですけどもう友達とも近くに
マドがあるからこって食って帰ろやって
2人食べたんですよだったらもう外暗かっ
たんすけどあのヤンキーの単射が原付が3
台分てきたた
入ってやんねチンピラみたいながでちゃま
こっちもニとったらもこなんやおらてなっ
て出ろや言うたけどま3人なんでね大ない
ですやもん行ったろ言ってバーン出たら9
人おったんすよ1台の現ちゃんに3決やっ
たんですよで見えなかったですそこまでよ
ね縦
のほであっちゃ思ったけどもうねもう
すでに時は遅くてうん袋叩きに会いまして
ねあもうボコボコボコボコですわもう集団
認知武器とかもあったんすかいやもうあの
ね頭どつかれたんでね速攻頭飛んで記憶
飛んでもたんすよだから上から飛ぐらい
やられたんですか乗られてバンバンやられ
て細もはいぶち破れてもう
てで何も関わりない友達まで引っ張り出さ
れてやれてもってはいええほんでま木つい
たらマドの洗面所で顔こうやって洗っとっ
たんすけどもうぼかぼかでうわだいぶやら
れたなとか言いながら友達と友達とそし
たらなんかざついとんですね周りがんで
なんかカチカチカチカチ何言ってんね思っ
たら警察とそれから救急車来てでなんか
あったん言ったらああんたやと言われ
てでもう頭戦えてるんでねやっぱ記憶が
飛んどるんすよねだからなんか同じこと何
回も繰り返し言ってたみたいであかんかん
もうてけかんってすぐに救急半袖ですわ
そのままえで近くの救急病院運ばれていっ
てでま記憶喪失ですよねま逆光性記憶喪失
っていう名前でしたけどはい時間が立てば
徐々に思い出すってやつだったんですけど
ま次の日の記憶ってのは朝1なんですよ
ベッドからバッと起きた時にああ怖い夢見
た思ってボコボコされたんや俺みたいな夢
や夢やと思ってたんすよほんで大き思っ
たら動かなくて体が痛くってほんだこの
自分の唇が見えてるんですよこの晴れて
こっからこんなの出てええ見じゃなかった
と思ったけどやっぱ思い出せないですよね
深いところまではそうそう思い出せなくて
へでゴソゴソしたらあの親が来て大丈夫
みたいみたいな昨日あんた大変やったんよ
みたいなようわからへんわほんでなんとか
起きやがってはい自分のま勉強もしんけど
勉強付けがあったんですけどそこにま
カレンダーってありませんもその数字の
配りかわからないですよこれええこのマス
に入ってる位置こ何なんやろうとかね飛ん
でるんですよやっぱりえ数字が読めなく
数字がまわからないそれが何なのかその図
がへえであ危ないと思って色々こう教科書
とかなんか先手学んだこととか見たら覚え
てるとこもあるね俺やったよなやったよな
とかいうでまやっぱり一部飛んでしまうっ
て病気になってしまってでそうなるとね
やっぱ怖なったんですよねなんか家から
出れない自分の知らないものがあるという
か知ってたのに知らな忘れてしまっていう
ものがそこにあって例えば電車の乗り方と
かもね思い出せないですよええ飛んで持っ
てるからキップの買い方買い方とかどう
やって乗てたいのってもどんだけ考えても
出てこないええ怖いですよやっぱこうなっ
たらねで友達に電話してはいあの当時やら
れたに電話して大丈夫やったとかって喋っ
てるんですけどあの母親が来てもうやめ
なさいって言われるんですよあ友達ともう
そう喋ってるのね何止めんのってったら
あんたずっと先きから同じこと質問してる
よって言われてへえもう可いそうやから
やめなさいとか言われてあそうわからへん
とそんなんやったらこや怖なってきてね
これはもうちょっと家から出られへんなあ
と思ってしばらくずっと家におったんです
けどでそん時になんか今までは体に無自信
があって自分でこうね喧嘩とかできてまし
たけどけど今脳みそちょっと神様に触られ
ただけでもう何もできへんやんと思ったん
ですね思い出してないし戦えないしもう怖
くってでなからそん時にこういろんな聖主
の御言葉とかも出てきましたしやっぱり
こう教会で学んできてたま体はああるけど
自分のものじゃないていうか神様のもんだ
し神様にまコントロールしてもらって
るっていうかそういうもんなんだよって
いうのがこう蘇ってきてあほんまこういう
ことなんやとうん自分でやってたつもり
やったけど自分の力で行くぞと思ってやっ
てたつもりやったけどそれは違ったなうん
ていうなんか身を持って神様に教えて
もらったっていう体験あったですねそれで
もう1回真面目によに乗ってごめんなさ
いって謝ってこれからはやっぱりエ様
あなたについてきますっていう風にお祈り
してから何歳の時それ祈ったんですかそか
高校2年生ぐらいですかね戻ってきてえ
高校って結構山谷ではいでそれからあの
いろんな海外のああいう当時日本国際機が
対策機構今ハンガーゼロさんって言います
けどああいうあの団体が主催している夏の
キャンプとかねあフィリピンでなんか道
作るキャンプありますよとかあ子供を
助けるプログラムありますよとかいうのに
どんどん応募して行くようになって
へえでそれからあのやっぱその人間として
こうどういう風に生きるかって考えた時時
にまそこで働いてる選挙師の方おられたん
ですけどま学校に行きたくも行きたくても
行けない子供がいてその子に就労あのあの
学校に行く支援をしてる選挙師の働きとか
見た時にまこういう働きしたいなと思って
で特に1番強烈やったんがフィリピンのま
今もないかもしれませんけどスモーキー
マウンテンとか連れてかったんですねこう
山そうそう山なんですよそれはあのゴミの
山なんですよねだからメタンガスが出てき
て煙が爆発していつも出てるからま
スモーキーマウンテンって呼ばれてたん
ですけどでその山裾に集落があるんですよ
でそれはまいわゆるまホームレスみたいな
人が集まってきてでそこでゴミを集めて
打って生活してるっていう山ででそこに
選挙者連れてかれてでそこの中っていうの
ま言ったらみんなあのなんて言うんですか
IDカードとかないんですよね違法に住ん
でるのででそこで生まれた子供ももちろん
ま人権ないんですよねで学校にも行けない
でそういう子供たが学校に行けるように
支援してる選挙さだったんです
けどでそこでなんかその子供たちま
キラキラ輝いてるんですよ子供なんだけど
ねこんなところで裸で汚いガスすってもう
その辺にうじむしとか湧いてるしもう何
しかその足元が悪いんですよねその山の山
から腐敗した液体が黒い液体がこの
染み込んでるんですよ地面にそこをねこう
みんな裸で歩いてるというそういうところ
の子供を見てすごく元気で生き生きしてる
んだけどでも自分は日本で別に義務教育だ
からうん勉強なんかしたらわ言っても
生かされてるすごい恵まれた環境でこの子
たちは行きたいと思っても行けないこ子供
たちがいる同じ人間やのになんでこの
生まれた国が違うだけでこんなにま差が
あるんやって思った時にやっぱ日本って
いう豊かな国に生まれた意味っていうのは
きっとあるんやろうなと神様がそういう
ところもコントロールされているわけでな
ので自分には何かそういう将来的にはこう
いう子供たちとか人に愛を届けていくうん
働きに
こうなんか目的を持って僕を生まれさして
くださったよなっていうそういう思いが
与えられたんですねそれがま遡って選挙師
になろうと思った第1ステップはそその
キャンプだったですえじゃ救われてすぐに
いろんなもの行った時にあ神様こうやって
行きたいってなっていくんすかそうですね
その愛してるよとかうん罪とか地獄とか
天国とが聞いてたじゃないですか1番はい
はい思い出したフレーズみたいなんてある
んですかその戻ってきた時にうわ神様って
なった時にまその時はやっぱりなんかま
ほと息子の話はねずっと聞いてたのでああ
いうフレーズずっと来ましたよねこ神様
ずっと待ってくれててうんでもまその報道
すること止めないじゃないですかうん止め
ずにやらしてくれるっていうかやりきらし
てくれるっていうかでもずっと愛してる
わけですよね
それがその神様の深いま人間を超えた愛
っていうかやっぱ人間だったら怖い危ない
から止めたいし帰ってこいいって言いたい
し強意にでもね施設に掘り込んだりとか
そういうことしかりませんけど神様の愛
っていうのはもう全部ひっくるめての愛だ
からそういうスケールのでかさみたいなの
を感じましたよねだから安心ではありまし
たその時なんかそういう神様がずっと言て
くれたらま僕がどこに行こうが何をしよう
がサタンの力りますって祈っていてもそれ
もまん言うかなあのいいよって言って
くれるうん普通アウトやと思うんですけど
ねその祈りはうんでもそれもね超えておら
れる神様っていうのやっぱり愛の方だし
その愛をこう同じように知っていただき
たいいろんな人にっていうのがま今も持っ
てることですけどねそのあのフィリピンに
行ったりいろんな海外行ってあ神さんを
こう生きていきたい愛を届けたいですって
なる前に素敵な奥さんと出会うんすか奥
さんとの出代またね色々いですこっから
また2時間ぐらいかかるですも大丈夫です
よあの1時間半とか2時間人もいるん
でまそしたらま続まタッチしますかそれで
もそのそうですま出会うまでちょっと行き
ましょうか出会うまでいきましょうはいま
でそれからあのいん将来選挙師っていうか
はいあのまそういう人を助ける働をし
たかったんですよねでえいろんな選挙師
さんにお話を聞いて僕将来選挙したい
そたらまもちろん勉強しないといけない
けども何かその技術的なもの手食持った方
がいいよってその方があのま国に行き
にくいところとかビザ取りやすいんよま
教師とかね技術免許持ってる方がいいよっ
て言われたのでそれがまこずっと言われて
たんですけど途中はま大学入ったんです
けどそこポンと抜けてて普通に文系で友達
と遊びながら大学生活過ごしたんですけど
はいでもうその就職活動ってなった時に
このこのままじゃあかんとはいあの高校生
の時に受けた神様との約束うんちゃんと
守ってかなかんやんっていうと思ってて
はいそしてま大学4年生の時に就活します
よねでま営業職で泣いてもらったんです
けどでそれでまたちょっと時間できたんで
カンボジアやったかなカンボジアのあの
ワークキャンプがあってでそれで出あの
行ったんですよねでそん時にやっぱまた
もう1回この気持ちをあの
復活させられたっていうか高校生の時そう
そうあん時に神女様から言われてたこれや
なってやっぱ向こうで思うんすよねうん何
しとってん俺みたいな感じでね日本帰って
きて
でやっぱ技術今から文系文系4出たけど今
から技術って神様無理ですよとか思い
ながらまあでも就職活動まだ時期だったん
ではいで今から技術って何かなって思った
時に1つあったのが僕自動車好きやったん
で色々まバイクも好きでしたけどねで自動
車の整備士やったた行けんちゃうかなと
思ったんですよへえほんで就職活やり直し
でまその内定を断ってもう1回そのどっか
その辺あのディーラーもあったんですよね
日産トヨタで色々もあったんですけどもう
門前払いでというのはあの国家資格の整備
士2級っていうのがないとあのディーラー
取ってくれないですよ整備士としてでそれ
は専門学校に行ってもらえるんですよねで
そのやってないからあんなも雇えるかって
感じだったんですけどでも諦めるのずっと
行っててまディーラー無理だったんです
けどで今度待場まここ川西市ですよ川西市
にあるまあの1つの街コバがあってでそこ
行ったんですねそしたらそこの社長さんが
いい人でだからおもろいなって言ってくれ
てだからもちろん資格は取らなあかんねん
けどその2年間資格取る期間もずっと雇っ
たるわって言ってでお金ね給料もらい
ながら勉強させてもらえてラッキーですね
そうなんでそこ入ってえま3年間勤めたん
かなで資格をもらって
え3年後にやめて新学校に入るってんです
けど所学校にそっから行ったんそうですね
でその職場ですごい人生や僕は整備書した
けど彼女オフィスワーカーで働いとったん
すのその学校ででいや会社で会社で自動車
整備の街場で彼女を働いとったはいで僕は
整備しちゃってだからま事務所なんであの
お昼ご飯とかは合うんすよね朝と昼と夜
ぐらいが合うんかなうんでそういう感じ
やったんですけどでも一輪の花みたいな
感じな男社会の中でそうまま中に何かおる
んですけど何かおるんですけどまそん中で
も咲いてましたよねピカント使えとたん
ですけどみたいま車内恋愛みたいな感じで
ほんではいそこぐらいからは彼女の方が
上手に話すと
思うバトンタッチバトンタッチで
へえそっからか話しづらいえどこ
そういやいやいやいやいやでも私は全然本
にその頃はクリスチャンじゃなく教会も
ほぼ行ったことがない聖書も呼んだことが
ないえないですねただ思い起こせばあの小
学校中学と幼馴染みあった子がはいあの
カトリックなんですけどねはいあの一緒に
通学する時に主の祈りをずっと唱えてて
歩きながで私は出会った時クリスチャンっ
て聞いた時この方祈りはあのパって出てこ
なかったんですあの口ずさむことがでも私
知ってるよって言って主の祈りをま
ちょっと役が違うけどもうなんかこうお
まじないって言ったらあれだけどのように
もう入ってきててへえでも本当にそれ
プロテスタントとかカトリックっていう
括りがよくまだ分かってなかったのではい
あのうんま教会って言ってもカトリック
だけだったからはい彼と出会った時にあの
まお付き合いしてくださいって言われたの
が3回ぐらい断ったんだけどマジすか売れ
てるんすかそうはいね咲いてましたからき
ねうんそれでなんか3回ぐらい断っても
すごいなんか誠実さのあるアタックがあっ
たのでへえだんかこうあじゃあ1年ぐらい
お試しで付き合ってみてはいダメだったら
はいなんかもうその時に別々の道をみたい
な感じやったんですねでそもそももうあの
会社を辞めて選挙師の準備を始めよう
かなっていう時にだから新学校に行こう
かなっていう時のタイミングで私と
付き合おうかってなったのですごい
タイミングですね
ねなのでなんかちょっとよくわからなくて
言ってることがでそもそもっていう存も
知らなかったし選挙師はザビエルで終わっ
てたし教科書教科書のあのなんだろう歴史
的歴史的なんて職業なんて言うんだろう
もうあのこの時代に選挙師がいるとかって
いうイメージが全くなくて全然言ってるか
わからんかったんですねでえっと
そうそう最初になんかえんた神意の話をさ
れてなんか罪についてなんか考えたことは
ありますかみたいななんかクソ真面目な
ことすごいアプローチすごい質問当はそれ
しか知らなかったでもなんか
こう付き合ってすぐそのいう風に言われて
もやっぱこの人違うかもってなりますよね
なるわなそうでもその誠実さっていうのが
やっぱりで1年ってちゃんと自分で決めて
たのでとりあえず1年はとことんうんあの
彼のことをよく知った上であのま別れるな
別れるっていう選択をしようと思ってたの
でそうだからとりあえず教会に行ってその
あなたが言ってることをもっとあのちゃん
とっていうかま分かりやすく説明して
くれる方に聞くねって言って教会この教会
来たんですよね2人で来るようになったん
すかんですすごめっちゃ嬉しかったんじゃ
ないですかそん時そうですね初め嬉しかっ
たですよねえでど来るとまこの方はここで
もう幼少期からずっと育ってる関係もあっ
てまあれですよねお母さんがいっぱいいる
ような感じでジュン君の彼女来たみたいな
のですごいなんか出迎えてくださってで
すごい見られ
てそうそうそう大丈夫かみたいそうなんか
ちょっとそん時もえまたあちょっと違った
かもっていうのが何回もある中でもねなん
かこう
教会行くとあなんかあったかいものを
もらって帰ってたからだかまた次行きたい
なっていう気持ちがどんどん増してきてで
通うようになっていくうちにあのまあの
野川協会ってもう今はないですけどあの
ゴスペルをねずっとやっててテクワイヤー
にならないですかって誘われたんですねで
ゴスペルクワイヤーにまあの一緒にに参加
してで平日の夜かな週に1回とか2回その
教会でゴスペルの練習が始まったんですね
でもう本当になんか大人になってから
クラブ活動のように通って声を思いっきり
出してていうのが自分にとってものすごく
ストレス発散でで楽しくて仕方なかってで
そこでの関係っていうかお友達もできてき
たりするとなお楽しく
も仕事と家との往復みたいな感じでやって
たのであと恋愛なんていらねえと思って
結構あのなんだろう結婚はしません私って
いうので決めてたんですね当時だから彼氏
なんて別になくてもあってもいいぐらいの
感覚だったので本当にそういう生活があの
教会来てクラブ活動感覚できて人と楽しく
ワイワイすることが大人になってからも
できる環境がはすっっごく新鮮で楽しくて
で私たちのゴスペルはあのブラック
ゴスペルと言ってまね国民奴隷のこう
なんていう心の叫びとか祈りがそのまま
歌詞になったようなあのものだったんです
ねで私英語はちょっと苦手だったんですが
一生懸命その歌詞の意味を知りたいって
思う中からどんどんとあの吸い込まれてっ
てであの自分と重ねたりしながらもう涙
ボロボロしながらなんかこう歌詞を一生
懸命意味を調べてで分からない単語がどう
しても出てくるんですねクリスチャン用語
的なものとかが入ってくるとで日本語なん
だけど意味がやっぱりよくわからないって
なってきたらやっぱり聖書をちゃんと学ん
だ方がストンて落ちるんだろうなと思って
ちょっと聖書学びたいですってなんかそう
いうところからあ聖書に書いてあるその
ことがすごくなんか自分の人生のガイド
ラインていうかこうそういうものにその時
受け止めてしまってそうていう感じで私は
きっかけを作ってくれた純二さんがいてで
もあの救いの道にはずっとこう神様が誘導
導いてくださって周りの人たちもそのため
にどんどん私のために背後で祈ってくれ
たりしながらこうこうなんて言うかな神様
がおいでっていう方にこういう風に
引き込まれてったっていう1年間やったん
ですあ1年でそんな1年でお付き合いをっ
て言ってた1年の間にやっぱ彼をちゃんと
しろうと思った教会をちゃんとしろうと
思ったらなんかで今彼をしろうとか教会を
しろっていうぜにやっぱ自分がそこに
加わりたい行きたいっていう気持ちが
どんどん増してったっていうのがもう
ビンビンわかったんですねだから行ってて
大丈夫とかって言われるんですがえ何がっ
ていう感じですねその頃になると嬉しいね
て何何を心配してるのっていう何心配して
はったんですかいややっぱりまずっと仏教
のねかけできてますし彼女なんて家でお経
読む担当やったんすよそうなんすかなお経
も全部入ってますね今主の祈りも入って
ますすごい日本に
ぴったりそうかもしれないうんうんでも
そういうところからね急にキリスト教と
いうま宗教に入ってね入るっていうかま
関わるようになっ
て大丈夫かなっていう心配はありましたし
やっぱりま暑っていうのも結構あったと
思うんですよねいろんなおばちゃま方とか
教会のそういうのもちゃ今日てれてあり目
の前みたいななんか教会たいつもね危ない
から僕はこうやって守るようにこうやって
歩いとったんですよ初め頃ねおばちゃん
あんた邪魔ドキとか言われてあんたが音
喋られへんでしょとか言われて連行されて
いくみたいなそんな見とたら大丈夫かなと
いうそういう心配でしたねええじゃあ
300かまゴスペルによってだんだん
ほんまに歌いながらなんかお思い入れの
ある曲とかってあるんですかわこの曲で
調べて泣いたなみたいなんと
かてた
け歌っていただい絶対歌上手
あああれねすぐ出てこうへんけどうん
なんかなんけわ
わトータルプレイズやああそうトータル
プレイズですトータルプレイズってのは
あるんですよねすごいハモる綺麗な曲なん
ですけどBGMでトータルトータル
プレイズはいトータルプレイズへえそれで
救われてその1年の間でイエス様のことが
分かって信じますってどのタイミングで
伝えるんですか
そうですねあのそのあのボイス
トレーニングでロサンゼルスに行ったん
ですよどういうどういうあれだと思われる
かもしれないけどでもはいあの母体のね
あの方のなんて言うのかなそのゴスペル
さんがものすごく上手なっていうかすごい
ところのちょっとこっちはブランチ的なの
で教えていただいてたのででもうそこに
一緒にドッキングしてあのボイス
トレーニングをサンゼルスであの受けさせ
ていただけ
るってことでそうもすごいこう燃えてる時
にちょうどこううんタイムリーにその話が
あって本場でま教会で歌ったりとかしたん
ですねでそのトータルプレイズを歌ったん
だと思うんですがあのスポットライトを
浴びながらそのあのねゴスペル歌ってる時
にもうね涙が止まらなくなっちゃってで
あのその時も学びをね少しあの始めてたの
でうん
あの精霊様がはいこうスポットライトの光
とにこう精霊えっとなんて言うのかな天使
たちがこう踊ってるっていうのかな
イメージ的にがこれやっていうのがなん
なんかもうはっきりと分かったなんとなく
じゃなくてはっきりとこれやって思ったん
ですねでそのロスアンゼルス行く前にんに
学びをあのしていただいてた先生に私質問
したんですねあの洗礼を受ける決心って皆
さんどうやって受け取りはるんですかって
ででも先生はあの皆様様々ですよって夢で
見る人もいれば声を聞いたっていう人も
いればあることがきっかけでっていう方も
いて様々なんですあのって言われてで私も
そういう時が来るのでしょうかみたいな
質問をしてロサンゼルスに行ったもんです
からなんとなく自分の中でも準備はでき
てるんだけどあとは神様のタイミング待ち
みたいな感じでなんとなくそれを持ってた
んですねふうんで最後のコンサートの夜の
コンサートだったんでもう会場は真っ暗で
でもスポットライトだけが当たってもう
うんこう闇の中にこう光じゃないけど
こっちへ来なさいってこう天使の誘導が
見えて駅従いますみたいな感じでで帰りの
飛行機でえそう帰ってきたらもう着いた時
にはうんあの洗礼準備クラスに私あの移り
たいっていうことを先生に申し入れました
うんすごいその間は聖書学校で学ばれてる
んですよねえっとねそれはままだですよね
うんその後
えっと整備士終わってから僕1年間は教団
の持ってる進学校ではない当時あの
リバイバル聖書進学校っていうのが
ちょっと今ないですけどねあの滝本明先生
がリバシですね僕もあんまり知らないあ
ですかそこに1年間だけ行ったんですよね
それはやっぱりその選挙師さんのお話とか
を聞いてるとはいその選挙地では霊的働き
がすごいんやとで本当にそのクレに
取り憑かれた人が運ばれれてきて祈ってく
れっていう話とか病気を癒さないといけ
なかったりとかって特にジャングルとか
行くとねもいないでうんうんまそういう
あの世界があるんやとでそれは日本でそう
議論してるようなそういうもんではなくて
本当にあるからあのちゃんとそういう部分
もあのびっくりせんようにちゃんと勉強し
ていった方がいいよっていう先輩にがいて
でそれがま我々の教団ではちょっとまあの
専門じゃなかったのでそういう専門的に
やってる霊的戦いをねもう専門でやって
ましたからリバシはでそこ行ってえ勉強
させてもらってまそのゴスペルの先生も
あの新代協会って言ってあのリバシ関係の
方なんですけどそういう繋がりもあったり
してそこで1年間学んででその間別々なん
ですか川西に行ってリバリバシはあのなん
だっけ通信性なんですか通信なんですよ
ビデオとかで勉強してで月に1回だけ1
週間やったかななんかそう行くみたいな
みんなで行って勉強してていうそういう
感じだってる時シ学んでた時もこうお互い
デートはできたんですできましたねうん
できたかなできたよねじゃあロサンゼオス
が帰ってきて洗礼クラスに移りたいって牧
先生の前に聞くわけですどあの僕もロス
一緒に行ったんですよ一緒に行ってそう
一緒に行ってるんでねまそのあの歌で歌わ
れるんですかあもグループチームでチーム
でうちの協会となんかその新種の協会との
合同チームみたいなんであのロス行ったん
で僕も入れてもらっていたのでその彼女の
その変わっていく様っていうのはやっぱ
向こうでも見えましたよねめっちゃ
嬉しかったい嬉しかったですねでもなんか
信じられないというかうん本当なんかなと
かいう感じでうんでもずっと祈ってはった
でしょさん全て一緒に結婚したいってどれ
ぐらい1年ずっと祈ってたんすかもっと前
からんですかまその職場でやっぱ近なり
始めてからうんすげえ祈りの力っていやで
も私今になって思うことがあってどうして
選挙師になと思ってる人が今から新学校
入って教師って言って会社もやめようと
思う人がはいノンクリスチャンの人を
そんなにプッシュするんでしょうかって
いうのがすごいなんか不思議でどこでその
確信があったんかなっていうのが未だに
うんうんそのなんでなんすかこの人とやっ
たら行けるっていうのもあるんすかそれと
ももうほんまにこの人が好きやだけが勝っ
た
ん本いや本当の気持ちはねやっぱりその
あのさっきからこの職場でそ彼女だっけ
咲いていた綺麗に咲いてたっていう表現
っっていうのはもう本当その通りで
たくさん女性もいますしね職場にもねでも
やっぱり彼女っていうのはいつもあの人の
こと気遣うことはすごい得意な得意って
いうか自然にやってるんですよほんですぐ
に人を助けようとするしま今でもそうです
けどねはいでま上にも暑いですしでそう
いうのをこうずっと見てきて何年も職場で
見てるとやっぱりあのまねクリスさん云々
関係なく1人の人間としてねなんか1人
すごい人やなと思ってでこういう人とやっ
たらなんか一緒にどこ行ってもうんやって
いけるんちゃうかなっていうでまその別に
もちろんクリスチャンにななって欲しかっ
たですけどもしなれなかったとしてもね
うんなんかあの神様そういうとこあんま
こだわってないんじゃないかなっていう
そういう気持ちがありましたねなのであの
懐深いすねねえそういうま神様のはい懐の
深さを学んだのでそれで僕もそういうまま
ルールってまどこでもあるじゃないですか
ねあのプレプロテスタント教会にも大きな
ルールがあるし各教団にもありますしね
それ守らないといけないんですけどその中
にいる限りはでも神様のルールはねもう
人間のこの理解を超えたとこに大きな
ルールがあるわけででそこであのなんて
言うんかまあの許してくれたらいいかな
みたいな感じでこうやっていったっていう
のはありましたねあだって普通選教師に
なるいてやったらそういうもう学びまくっ
た人選べみたいなプレッシャーがあるじゃ
ないですか確かにそういう声もね当時あり
ましたねありましたま例えば僕しになるん
やったらね検診した女性の人と結婚し
なさいとかっていうま当時まだそういう
こと言われていた時代だったので
パイオニアですねそそそこまで僕もアホや
から全然考えてませんもうなんか流れで
やったんですでもねやっぱ1回だけねこの
当時この教会の先生はあのい新先生いう
先生がはいあの任牧で息子さんがギター
そうそう政治君のなんですけどでえその
先生がだったんですけどあのやっぱ1回
相談しいたことあったんですよでまこう
いうあのことであの結婚するしようという
方が与えられてるけどでやっぱりこれから
自分が行こうとしてる方向性とそれが全く
分かってない方なのであのちょっと不満
不安もあるんですっていう風に相談した時
にすごく温厚であの優しい先生なけど
初めて怒られたんですその時ええ何言っ
てるんやとうんでますごいきつい口調で
あの神様が選んで神様が与えてくださった
人に対して君は何言ってるんやって言われ
たんですよまそういう怒り方なんめそっち
やったうわほんで
ボンそれの
DNAねやそれ結構きつかったっていうか
ほんまやと思って何何言ってたんやろ僕は
てなんか先生に質問したこと恥ずかしく
なってしまってそれぐらいなんか先生が
真面目に怒ってくれたんですよねでそれは
やっぱり確信にも変わりましよね先生が
そうやって真剣に怒ってくれて
るっていうのは本当にそうやったと思って
えいやあの先にせ旦那さんの方が選教師の
ま飯というかあこれで生きるって握ってる
じゃないですかで奥さんは1年間かけて
救われたじゃないですかでそっからあの
一緒に行くんやってやっぱり2人でで
受け取らないと選大変じゃないですかそ
どのタイミングの奥さん受け取るんすか
その辺がねいや受け取らないまま受け取っ
受け取らないですよ受け取った記憶がない
記憶今もよくわからない状態なんですがで
も結婚した時にもうそれ
は計画やったんやなっていうのがもう
すごく自分でも分かっててはいでも当時は
本当に結婚を決めた時にあのうちの父親の
とこに挨拶にま普通に来ますよねはいでも
ま新学校っていうところこれから3年間
ここのあのメノナイトブレザレンが持っ
てる新学校に行く新生活は学生私は働く
ことで支えるっていうそうところからでも
ちょっとハードル高いのにでも宗教も違う
はいうんっていうところもありますよねで
もその前に私は洗礼を受けてたので洗礼を
受けるまで両親には教会へ通ってることを
なんとなく言ってなくてなんか言いたく
なくてちゃんと自分で神様分かってから
説明できるようになってからあの言いたい
なっていうのがあったので洗礼を受けて
帰った時に両親に今日キリスト教になり
ましたって言ったんですね洗礼受けて神様
を信じてキリストの神様を信じる決心をし
ましたって言ってそしたらなんか両親が
言ったのが最近あのあなたがすごく明るく
なって変わってくるの変わってくる姿を
なんでかなって見てたらあそういうこと
かって言われてで良かったねって言われた
んですねうんでまその後に誰がおを読む
ねんとかってそういうなんかそういうこと
はまあったんです
でもまだまあ1生目がそうよかったねって
言ってくれたんですねでその後ま何ヶ月か
後にあの彼を連れてってこういう結婚し
たいと思う人がいるんでって挨拶来たん
ですねそうしたら
あの父親がまず言ったのが君は新学校出て
3年後に何をするんだって言ってそしたら
選教師になりますってでその牧師の学校出
て選教師になるのかって言ってはいってそ
したら牧師はあかんけど選挙師はいいねて
言われたんですねこれも私も聞いたことの
ないある何があるのって何これって思った
んですね
であの実は父はま四国出身なんですけれど
もあの戦後自分の村にうんアメリカの選挙
師がやってきてイエス様の話を聞くと雨を
もらえ
るっていうことで楽しみにいつもあの
イエス様のお話を聞きに行ってたんですっ
てでそこですごく優しくしてくれたんで
すっていろんなあのねあの楽しいことま
戦後だのねそんな田舎で楽しいことない
じゃないですかでそんな中すごく優しく
制してくれてあの選挙師さんっていう人は
とってもいい人やから僕しはあかんけど教
師は素晴らしいって言われてでそういう人
となら安心して娘を任せれますって言われ
てなんじゃこりゃって私も思ってすごい
どうやってよって色々考えてたのに
ちゃんとこう備わってたっていうか神様の
ご計画の中でやっぱ進んでいってるなって
いうのをその時実感したんですねこ2人で
挨拶しに行く時ドキドキしながら行くん
じゃないですか違う宗教やし断られたどう
しみたいくのね社長なんすよでカプすごい
しパンチパーマでねでなんか日本島持っ
てるから気いつけよとか人な戦いみたい
日本と出してきたらあかんからとか言って
そんな状況だったんですけどもうすで行く
しかないですよね別に飾るものもないし
本当に今から学生だしお金もないしはいだ
からもう本当にもうありありのまま聞かれ
たことはそのまま誠実に答えよっていう
感じでもう行きました誠実の塊りと素直の
塊りが結婚したみたい
なかんですけどあのほに今日初めてお会い
しただけなんですけどもし一言で言えとっ
たら誠実の塊りと素直な塊それがガチャン
てなっ
て
そうそれでま結婚にまスムーズに割と
スムーズにね結婚することになってでもま
新生活3年間はやっぱ彼を支えるためのま
仕事との生機だったんですがでもま教会
生活にもそれなりになれてじゃあいよいよ
選挙地へっていう時に
あの
初め言われてたことっていうのはあの彼は
選挙師として現地で働くけれども私は
ちょっとこうま彼は村へ通って私は町で
こう暮らして彼を支えるっていうなんか
こうちょっとこう選挙師はあなただけ
みたいなイメージでのお話があったのでま
日本側でね私の教団ではそういう感じでし
はいあそれだったら私は全然覚悟できて
ますって言ってたんですけどいざこう卒業
するかなっていう時に迫ってきた時に雲雪
が怪しくなってきて今日の天気みたいそう
なんですよどよりなんかこんな感じで太陽
が隠れ始めてどんよりどより分厚い雲がす
そう青空がだんだん私の心からなくなって
そう
あの私たちのMB教団はその当時あの直接
こう選挙師をまだ送り出した経験っていう
のがなかったんですねあそうなんですかな
のであの北米のMBのまあの経験っていう
かノハを借りてあま助けていただいての
送り出しっていうまパートナーシップって
今呼んでるんですがあのあの助けて
いただきながら送り出すことなら可能でて
いうことでまずはカナダに行って教師
トレーニングを受けてくださいって言われ
たんですねはい2人でで2人でその招待状
が2人に届いたんですでこの時に私は無理
てなって私はちゃいますとそんなだけです
そうです酒もう本当に必死に言ったんです
がだけど2人当てにはい手紙があ招待状が
届いたのではいもし
あの何かあるんだったらあの無理なんだっ
たらそれは北米のMBに直接思いをあの
伝えてくださいって言われたんですだから
当時あのGoogle翻訳とかもなかった
ので英語のねあれ辞書で調べて手紙を書い
たんですねあの北米の方にで私は最近あ
まだニュークリスチャンであの聖書も全然
なんて言うんかなをつけてでしか開けれ
ないようなまだ未熟なものでこ選挙師が
どういうことをすることかも分かってない
そんなものですもちろん英語もあの準備が
ありませんので英語でトレーニングを受け
るっていうのはもっての他であのもう私は
無理ですって言ってでも彼とは行きたいで
すって書いたんですねそしたらあの何も
心配してくれなくてもいい神様が全てあの
助けてくださるからって手紙が帰ってきて
書いてあるそうそうそうそう
そうそうドworみたいな感じでさらっと
なんかそうそうそうそうそうでえと思って
でもう自分の中でいや違う違うって全然
あの人たち分かってないと思っ
ていやもう書かずにひたすら祈ったんです
ねで2人で祈って
でこの人も強制をしたことが1度もないの
で私に対してなのでダメだったらダメで
その道が与えられると思うから2人で祈っ
てこうみたいな感じだったんですよででも
機嫌迫ってきますよねでそんな時になんか
ある教会でこの方のメッセージがあのルカ
所からまあのイエス様がガリラヤ湖をね
向こう岸渡ろうっていうところなんですが
でまそこで嵐に会ってあの所ななんですが
あのさあ向こう岸へ渡ろうっていう
メッセージあったんですよでそれ
はえっとイエス様
が行こうって言ってるところにこうなんな
こう何の不安とか不満とか全てこう信頼し
ていけば必ずそこには次の道が用意されて
るっていうそういう箇所やったんですよで
それを私に言ってるのかちょっと分から
なかったけどでも私にすごくそうやんと
思って神様が開いてくれた道やって
受け取ったら何を心配してたんだろうって
ギリギリに私それ受け取ったんですねなぜ
か彼のメッセージ
からそれでなんかそん時にもう行くよって
なったんですあのうん全部もう心配事全部
なくしてとりあえず行くわって言ってあの
人に言ったんですうんほそっからはいあの
教師のトレーニングを受けていうとこに
繋がっていくんですけれどねはいえほんで
それ学んで帰ってきてすぐにここに行くっ
ていうのは2人で決まるんですかどうどう
やって決まるんですか選挙地に行くって
それぞれスタイルがあると思うんですけど
そうですねそれ
はまその選挙師トレーニングのあの一環で
チーム編成っていうのがあったんですよね
ではい何組10組ぐらいったかな10家族
ぐらいが集まって一緒にトレーニングした
んですけど各国から国からまほぼ北米の方
なんですけどカナダ人アメリカ人の方なん
ですけどでその中であのまみんな選挙し
死亡なんでえどこに行きたいかっていうの
を話し合ってでそこでチームをも作って
しまうっていうそこまでやるんですよね
へえでそこでま今その北米のMB教団がの
選挙本部がこう思っている選挙地っていう
候補があってでそん中でま私新学生の時に
2回対のチェラ県っていうとこにこれ言っ
てのしても大丈夫なんですかに行って
るって大モデないですはいはいあの県内県
ってとこに行てあのチはい北たたいなん
ですけど僕も行きましたよ行きましたあ赤
族に会いに行きましあああ族は近いですね
あれあれですかあのアボンとかの辺ですか
チマからチそうチェ内そうそうアボンも私
行きましたけどわかりますあの辺ですわへ
あの辺に行ったんですよあのツアーでねで
いいいじゃないですか山の雰囲気とかね
またその人の営みというかちょっと似て
ますもんね似てるでしょそうそう僕もこだ
からそうそうほんで村社会があってね
助け合いの文化があってでこういうとこで
選挙したいなっていう思いが与えらやって
たのでなのでその北米の選挙トレーニング
の時に対チームということにま私否定を
上げてでそれで3組みぐらいで決まったん
ですねどこ巡ったんですかその信頼になる
までにやっぱり色々タイも歩くじゃない
ですかそうですねまでもその辺はもう
なんか一応北米のなんて言うですルールで
私動いてるので彼らが指定したとこに行
くっていうそこはあの反抗できなくって
柔軟になので初めつかまタに派遣されるん
ですけど1年間まバンクの近くのロップ
リってとこで対応の勉強してからいよいよ
そのチェンライに行けると思ってたらはい
あの今ちょっとチェンライの選挙士があの
新人いらないって言ってるからって言われ
てふあれ話ちゃうどこなるんすかそんなで
じゃどこやったらいいんですかて言ったら
まタの中やったら今プーケットが空いてる
からま開拓始まって5年目か6年目だけど
そこやったらいいよって言ってもらったの
であじゃそこでみたいな感じのもう巻き
ましたですわ南タのもうほんま常夏のね
沖縄みたいもうほんまリゾート地ですわ
もう全然もう山の奥から大阪みたいなもん
ですからねゲットなんかそこに5年間いた
んですか4年ですね4年間北海みたいな
感じなんですか年ま教会が開拓でちょっと
できてたのでそれをま手伝っていくって
いうところだったんですけどやっぱ
ちょっとがっかりしたっていうかもっと
なんか子供と関わったりさこと知らない人
と出会えると思ったけどそうそうそうけど
うんとかま自然で農業とかもねちょっとし
たかったのでそういうのを期待してたけど
もう本当に全然違って都会伝動農業の知識
とかもあったんですかや当時はもうゼロ
ですもう全くなしででま初めは僕自業者
セブ士だったんでそれを使おうと思ったん
ですよああ車のためにそうそう何か修理
する工場を作ったりとかそういうこと教え
てあげるとかそういうビジョンも持ってた
んですけどま実際行ったら全く使えないっ
ていうのはすぐわかったんですね何かって
言うと向こうの方は貧しい国なんで部品を
壊れたらその壊れた部品を直すんですよ
向こうの人は色々金口とかいの使ってねで
またつけてってやるんですけど日本はも
危ないから捨てるんですよねで新しい部品
を純正パーツをつけるっていうのが大体
日本の修理なんですよねその方がクレー
向きても安心だしっていうなのでこう壊れ
た部品を直すってことはやってきこなかっ
た3年間で僕レベルがチ0.5から1に
戻すみたいなそうそうそうそうでも向こう
の子供とかでもねバイクばらしてねでなん
か変なとこちょ加工してまたつけたりして
治ってるんですよこいつらすげえな思って
俺の川西の地元とちゃうぞちゃうマドに
止まってたマイクとちゃ違うもうギブ
アップですわへえそっからどうやってその
2人で農業の道に行くんすかまそれで
プーケットはあの4年間何もそういうこと
せずにま教会のあの働きを手伝うというか
ま選挙師1年生なんで選挙師は何かって
いうことをあの選挙師の先輩から学んでる
期間だったんですけどで4年間ぐらいで
プーケットの選挙は終わってえで次移動
ってなった時に今だったら北田のチェン内
空いてるよって言われたんでえそれで
行けるなったんですよへえで北に行って
ようやく来れたとはい人で思ったんです
けどそれは何年前になるんですかその
チェンライにチェラに行ったのは
1010年142年11年ぐらい2015
年うんそぐらいやった2015年ぐらやっ
た10年前約10年前です年へえ10年前
準備して長い期間でそうそうそうなんや
やっぱりね思ってるように行かないですよ
ね選挙もそしてようやく行けたんですけど
ま行った途端現地の牧先生もそのチラ選挙
っていうのはMB我らの教団が入る前から
omfも入ってましたし20年ぐらいたっ
とったんですよねだからえ牧先生もおられ
ましたし教会も6つぐらい立っとったん
ですよ各村に何族にアプローチしてる
ところえっとね我々は組むっていう組む組
族っていう部族だったんですけどま結構
カレ族とか赤族とか門族って結構多いん
ですけどクムってちっちゃいちっちゃい
グループでタイではね山奥なんです山奥
ですねへラオスではクズ多いんですけどあ
態度は少なくてま少数派なんです
けどそういう彼の中に入っていってでまず
僕たちに求められたっていうことていうの
はあのまなんて言うんですか教会の自立
っていうとこだったんですけどうんどう
いうことかて言ったらあの選挙しってまず
その村に入った色々助けをしていくじゃ
ないですか助けをしていって教会も作って
いってっていうことしますけどあの我の
教団もそうしてきてやっぱお金がいります
からねお金ど使ってきてあったわけですよ
で教会も建てて牧先生も新学校送って全部
お金出してきたでえ今度は牧生雇うわけ
ですよねでその牧子宮も北米が全部出して
たんですよ100%支給へえで協会の運転
資金電動費も全部北米が達してたでも20
年経って北米も考えたんですよそろそろ
やっぱり自分たちでやってもらいたいって
いうことで減額が始まってたんですよで
私たちがプーケットからチェン内に行った
そのタイミングでそれが始まってで3年後
にはねたった3年ですよで0にするからっ
ていう通達が来たんですよでそこにその
対面で起きたんですねだから牧先生
むっちゃ怒っててく族のはいでどういう
ことやとも親子関係ちゃうんかとその選挙
師が親でね現地はこでいつまでもそそう
いう関係切れないじゃないですかでいつ
までもこ支援してもらないと自分たちは
子供なんだから生きていけないっていうま
そういう理屈でしたよねでも選挙師がは
やっぱり霊的に長成長したら大人になって
ほしいっていうまそういうま意見の違いが
あったんですけど僕たちにはやっぱり日本
人来たから日本人は何ぼ払ってくれんねん
みたいな北米はもう今払へんて言ってる
けど選挙師以ちょっとなんかお金の経済的
な助けっていうところからちょっとそうな
んですなかなか出れないですよねお金捧げ
て生きるっていうその礼拝にシフとして
ほしいけどそこでなかなかできなかった
タイミングやったんですねじゃ今はどんな
感じなんすかどうなってるんすかそうです
そうなんですよそれでまそこであのもの
そい戦いがあったんですけどまでもそうは
言ってももう僕らも買えないしはいあの北
集めてるじゃなくてカツカツでやってるし
はいなんでまずはこの村にあるもので
なんかその日本から持ってくるとかじゃ
なくってこの村にあるものでなんか経済
活動を起こしてでそれを販売して収益出し
ていこうよっってでそれでま村おこしにも
つがるし教会のね運転資金も繋がっていく
しで村人が豊かになってクリスチャンも
豊かになったら十分の見金でね僕先生も雇
とるわけじゃないですかでそういう
システムをねもう根本的にやっていこうっ
ていうことをま提案してはいでそれもま
色々あったんですけどあの最終的にはあの
ある村でコーヒーをしていくっていう流れ
になったんですねえすその組族もやっぱり
昔そのゴールデントライアングルとかの
近く屋から薬物がいっぱいあったんですか
そうですねあったと思いますあのメインで
はやってませんでしたけれどもやっぱあれ
はミャンマーとラオスとタイのあの変だっ
たんですけどちょっと離れてるのでね
チェラの組の方はそういう影響はあんまり
受けこなかった民族なそうですねやっぱり
ああいう影響を受けれる民族っていうのは
あの賢い人たちなんですよねま賢いてあの
いろんなことが器用にできる民族はそう
いう例えば消しの栽培とかちょっと吸って
しまそうそうそうそういうことはできるん
ですけど組族っていう部族はあんまりその
なんてちゃんと働けないというかもう1日
1日のんびり剃ったらいいやんっていうな
感じであのあんまり真面目じゃないですよ
みんなで手先もそんな器じゃなくって例
刺繍とかもあまできませんしねはいでそう
いうあの部族なんでま部族な中からもあの
ク族は低俗だって言って酒飲みの集まり
だっていうぐらい批判されるぐらいま部族
社会の中でも下の方の彼だったので
あんまりその農業にしてもあの上手にでき
てなかったんですよねもう農業の民族なん
ですそうです厚あのま元々は狩猟民族で
その辺のあの弓矢とかでねあの色々痛めて
食べてたりとかするんですけどま山なんで
山に住んでる山のあのカペリのとこにこう
持ち米が主食なんですけど持ち米とかトモ
こしを植えてえま正規を立てるというかま
食べる自分が食べるものお腹を満たす満た
すっていうことをずっとやってきて
あんまりビジネスとかそういうことをやる
民族ではなかったんですよねじゃお2人が
それを企画して一緒にやるでってみんなの
そうそうそうまずそっからですよねくでく
行くで行くでつってももうみんなできへん
できへんって言うんですお前らでやって
くれみたいなていうかまお金出してくれと
かそういうなんかとりあえず物買ってくれ
みたいな例えばコーヒースと売線機買って
くれとか自分たちになするんじゃなくて
そうはいまずそっからやろみたいなこと
向こは言うんですけどそうじゃなくって他
の民族だって例えば赤族なんかコーヒーで
成功してるじゃないって言ってそれでま
我々がじゃ1回見に行こうてつったんです
よあの同じ部族でしょって山岳民族で赤族
は社うんなから行こうぜっ言ってでアボン
ゾ行ったんすよでアボンゾのあの
パトリックさんひ先生とあの仲良くさせて
もらっていて取ってあのアボン紹介して
くださいって言って族連れてきたいですて
言ったらあの間入ってくださってねで
パトリックさんと連絡取くださってで
あそこでコーヒー飲みましたよあうまい
でしょあそこの最高最高のロケーション
嬉しいめっちゃ綺麗ですスバよりも
きれ近くのレストランとかもなんかもう
景色丸めででも下怖みたいなうんそうそう
もう標がねですからそんな話できそうそう
そうそう
ほんでそこはボンゾまだ今みたいな綺麗な
部分じゃなくって下の貝しかなかったん
ですけどそこに連れて行ってみんなあのク
族のチームしてまコーヒーやろうって言っ
たんが10人ぐらいやったですかねハイ
エースで乗って行って途中でハイエースエ
止まってしまってオーバとしてパトリック
が車に向かいに切れてで一緒にまた行って
とかねそんなんしてま現地のあの自分たち
でやってる様子を見てもらったんです
ようんそしたらやっぱ半分ぐらいの組族は
嫉妬なんすよねなんかねこの民族
もってんなみたいそうそうそうやっぱあの
バックもああったりしたのでそれを見てた
あの例えばパトリックだったらアメリカで
留学して帰ってきてるのでやっぱ留学僕ら
だってしてさしてくれたらでけるのに
みたいなそうそう留学さしてくれとかそう
いうこと言ってくださそのあのやってきた
ことを俺にもさせろそうそうそうやったら
俺出てきるみたいなそういうまチャンネル
なんですよね頭の中らでまあまあままって
言いながらでもま若い子でパートコンて
いうのが最リなるんですけど彼なんかは
結構熱心にパトリックに聞いたりとかメモ
取ったりしてで持ち帰ってそのパート君て
子がま中心となってえやっていったんです
ね自分たちでやっていこうお金をそぐらい
の方なんですか彼は当時ま20代たね25
とか6で35それぐらいです油乗ってる
ぐらいですね今へえそうそうで彼と一緒に
考えながらま当時YouTubeとか出
始めたんでこのどうやっバセするんかとか
ね僕らアイデアなかったんで一緒に考えて
ですげえ日本からなんか話があってバセ
やったら僕も家でなんか売機自分で作って
販売してますよっていう日本人の方と
出会えていその方ちょっと来てくださいよ
て来てくれて人クリスチャンの方でした
その方クリスチャンの方でしたけど来て
くれてそしてバセま自分で作って
るっていうからま手作りなんですよねだ
からそうそうなんで壊れても自分直せる
直し方も教えてくれたりしてでそれで
ヒントをみんな開ていってあできるやん
みたいな整備士よりむずいことして
そうそう0.5じゃなく0からそうなん
ですよも作ってるじゃないですかそうなん
ですよあん時も確かに過去買ってきてね分
作りましぐらいですええ確かにですまでも
やっぱ整備室の技術も行きたと思います
けどねそん時にうんへで作ってあの
一歩一歩でしたけどあの販売できるように
なったんですよねへえたらみんな驚いて
いや売れるんやコーヒーみたいな感じでお
金もら時とか嬉しかっ嬉しかったですねで
それからまちょっと軌道に乗り始めたので
その販売したうちの十分1の献金を教化に
捧げようっていうことで提案してみでそう
コーヒープロジェクトメンバーから現地の
牧先生にちょっと泣きそうな渡すみたいな
こともできたりとかま次のクリスマスとか
だったらそのお金でお米を買って村のマ方
回って配っていくとかねでパート君にはお
金入ったら自分で蓄えるんじゃなくって神
様の
法則って分配だからもう分配しなかったら
必ず取り上げられるからけるよりもそう
危ない怖いんやで神様はてってだから来た
分はどんどん出していくとまた恵まれる
からそれは徹底してねっていうことは
ずっと言い続けてそれは多分彼は多分
分かってくれてると思うんです
けどそういうことができた本当に感謝でし
た
ね奥さん先生はそれについていってずっと
素直にこういいねいいねそれやろそれ
やろっていう感じやったんす
かそうですねその都度その都度やっぱり
あれ違うとこ来たかなとか間違いあれて
なんかこう騙し騙しなのはありましたけど
でもがっつり教会で例えばプーケットの時
は結構女性が前に出てる社会だった教会の
中がそうなのでやっぱり求められるものが
ひさんもバイブルスタディをあのあの週の
うち2回ぐらいは担当してくださいとか
なんかすごい自分が日本で経験したことが
ないものもだ教会の中で例えば育っ
てらっしゃる方はなんとなくイメージつく
ようなcsの先生やってよって言われても
なんとなくねあのイメージつくようなこと
も私はもうゼロなのでだからトレーニング
にそういうことも入ってこなかったのでだ
からなんかえどうやってバイブルスタディ
導いたらいいのとかどうやってCSやっ
たらいいのとかっていうのを本当に聞き
ながら一生懸命チャレンジするんだけど
自分の中で劣等感の塊りしかなくてだから
えっとたまに週に1回だけあのプーケット
ではサッカー伝動って言ってあの
フィリピン人かなの労働者はいねあ
ミャンマーごめんなさいミャンマーから来
られた不法不えなんて言うだふうん不法
入国入国して働で堂々してはる方を親に
持つお子さんだから学校へ行けないんです
ね国籍もない子もいたりしてでそういう
このま集落があったのでその子たちに
サッカーを通して電動しようっていうこと
であのある青年が立ち上がってでそこに
私たち協力したんですねでサッカー伝動
っていうの子供たちとやって楽しく
ワイワイやっててその時の私は結構なんか
教会のの外での私はすごくこう生き生きと
いうかそこを通して神様を伝え
るっていうのはなんとなく得意だったん
ですねギュってしてあげるだけでなんかね
伝わるものがあったりとかっていう方が
自分向きやなっていうのをうう感じててで
そっからのなんかあの北だったので北へ
行くと本当に村の子供たってもうピュアな
ピュアな子ばっかりなんですねうんなので
本当にもちょっとバースデーケーキで
ドラえもんとかのね顔でホイップして
ケーキ持ってってあげるともうみんなに
あの僕の誕生日ケーキあるから来てね
みたいなでうわケーキだみたいなあの
テレビでしか見たことのないもがここに
あってでもう美味しいで半分しか食べない
でどうえ美味しくないのって聞くとこれを
持って帰ってお母さんに見せたいのとか
いう子もいたりするとうんええと思って
そういうところでなんかあのここっち見る
とうわ騙されたかもと思うけどなんかこう
現場見てるとなんかえめっちゃいい経験さ
せてもらって逆に私がすごく励まされてま
私らこの子供にね恵まれなかったのでうん
めっちゃ子供いっぱいいるしここにはって
思ったらすごい恵み受けてんなっていうの
をずっとそそういう繰り返しなので本当に
あのなんだろうなスペシャルやなっていつ
も感謝感謝で今はいますねうん的なうん赤
ちゃんの子供はたくさんですね本当にね
ねじゃ騙されてるけど騙されてないって
いうのが結論
すあのままだ考えてんじゃいやでもね幸せ
な騙され方やなって思いますだかあの時
本当に結婚してなかったとかあんまりこう
こうやったら考えるの好きじゃないんです
けどでも比べるとしたらあの時固くに結婚
しないとかプッシュをこもうねあなた4回
目も無理とかなってたらなんか本当にあの
決断っていうのが神様から来てたもんなん
やったろなと思ったらなんとなくでもお
任せしてま委ねるっていうかっこいい言葉
あるけどお任せしていくしかない人生だっ
たら楽しまな損ていうが今目の前のことだ
から結構ねなんかポジティブに自分自身も
なんかなってきたことがすごくうんあの今
の幸せていうのに繋がってるんやなって
いうのはあの現地に行って何もないものが
なくても暮らしてはる人とか初めね
やっぱりね不便すぎて100均があったら
いいのにとかコンビニが攻めてコンビニ
欲しいわとかっていうの正直ね最初の頃は
生活すごくそういうのではいあの馴染む
までは能するまでは不満はあったんですね
でもそれを経験してみてのことの方があ
すいませんあのすごく自分の中に深みが出
たなっていうのがうん答えなのでもう神様
と夫に信頼して今はついていこうってうん
決めてます諦めて
ます諦め諦めと妥協とはい信頼はいか
な付き合ってくださいって3回言って
よかったすねそれなかったら現地の組族の
誰か救われてないですほんまそうですねう
すごいすねそう考えたらうん
ねえその時の記憶は飛んだりしない
ですそれはもう殴られた後の話だたもう
うんね本当にま幸せな話をいっぱい聞け
ましたねいやすげえなあのそしたら選挙師
になりたいとかどうやったらなれんねん
やろみたいなってやっぱ思ってる人もおる
と思うんすよまかなりレアやと思いますよ
この日本でもま礼拝出たり賛美したりする
中では自分ってあのイエス様知ない人に
伝えるべきかなって心の中で中学生でも
高校生も思ってるかもしれないじゃない
ですかうんどうしていったらいいとかって
ありますか
もうほんまにいきなり質問ですめっちゃ
考えて答えたいですよそうですね難しい
問題ですもねいやねこれが分かれば本当に
あいいなと思うんす
けどそうですねまずまそういう思いが持っ
てるま若い方々ま別にねあの年配の方でも
いいですけどあのなんかちょっと前までは
なんか福井選挙って一本やったんですよ
もうこれが福音選挙のやり方みたいな選挙
みたいなのがあってでそれから外れたら
もう選挙師の働きじゃないみたいな感じの
部分があったんですけどもう最近はもう
時代も変わってきましたしまコロコロナも
経験したり多様性の時代になってきました
よねなのでなんかそういう1本だけそれも
あるんだけどもちろんそれも生きてるんだ
けどその周りにも本当はいっぱいあったよ
ねっていうのが分かってきた時代だと思う
んですよねでもそれは何かわからないん
ですよ今からみんなが見つけていく線なと
思うんですよだからあの神様にこう祈って
こうピンとこう示されてることてあると
思うんですけどでそれはあの是非やって
ほしいと思いますねだからもし海外選挙で
こんなことしたいでもそんな前例がない
みたいなとか日本選挙でもいいですよね
日本でもこんなことしたいけどこんなこと
やってる人見たことないとか選挙者い
なかったとかそういうのはもう関係なしに
だって前例がないんだから当たり前なん
ですよねだから自分がまずはあの第1任者
としてやってみるっていう覚悟でうん誰
から何を言われようがやってほしいとます
ねそれをしましたもんね先生たできたしで
いつもね助けてがね与えられるんですよ
絶対にもしそれが神様のご計画の一部だっ
たら絶対ねあの応援してくれる人よねもう
どんどん湧き上がってくるんですよで
励まされてまたもう1歩行けるんですよね
うんなのでやっぱそういうあの確信を得る
ためにもまずややってみことに分からない
のであのま教団からね色々言われる人も
いると思うんですけどそれはそれちゃんと
聞いてねうん聞いたふりをしてそうそう
してあの底辺でしっかり着々とシとやって
いく自分が示されてることでそれがなんか
10年後20年後にはこうま当たり前の
ことになっていくかもしれないですよね
そういう風なま心持ちっていうかで是非
やってほしいですよね誰もやってないこと
それも選挙だっていうことですよ
ねありがとうございますはい何か言い残し
たこととかあればもうこれで
思ったりるんですけど何かありますか今
あの昨年5月から新しくあの東北地方に
移りましてタの東北地方遺産地区はい
からしっていうところで移りましてであの
またビデオのリンクさを
から見たけど見てない風に聞き
ますそこで
面白いプロコーヒーじゃなくてはい
立ち上げます立ち上げようとしているので
うんはいこれからですねこの4月25日
今日16日なんですがもう10日弱であの
戻りましてタであのキノコプロジェクトっ
ていうのをスタートさせようとしています
のでまたねそっちの方も面白くなりそうな
のでいろんななんか泡にあまお祈りをして
いただくだけでもいいのでまた動画を切り
リ貼ってくださると思うのります
ありがとうございますはいそのはなんか買
たりできるんすかタに行かないと買えない
ですノやからねキノコやから向こうに来て
もらわないと食べれないですけど辛からし
けカシけ剣ですね剣へえ分かりました
コーヒーはどこに行ったら帰るんすか
コーヒーもねもう対国内で流通してるので
あのま僕ら持って帰ってきたりはできます
けどはいあのまた会社じゃないんでね日本
に持って下ろせないですよきみを流せない
んですよコンテナではいままずそっからな
んですけどすげえ大国内で買えますし族の
人が生きていけてるおかげはもう先生たち
いやいや
何人かの族そう何人かはそうですよね
すごいことですよはいですねわかりました
はいありがとうございましたうありがとう
ございました
イス様の弟子となるためあなたの声に
聞き
したう
イエス様の弟子となるためあなたの言に
今
答えるついて
いくついて
いくついていくイエス様の
後
伝える
伝える
伝えるイエス様の愛を
[音楽]
エス様の弟子となるためあなたが歩い
たを
生きる
イス様の弟子となるためあなたに呼ばれた
まついて
いくついて
いくついて
いくついていくイス様の
後
伝える
伝える
伝えるイエス様の愛を
[音楽]
イス様の弟となるためまのために
全て
捧げる
イエス様の弟子となるため様と共に世界へ
けていく
増えて
いく増えて
いくめていくイス様の主
がめて
いく寝て
いく寝ていく様ので
がハレルーヤ
ハレルヤ
ハレルヤイエス様の
み
ハレルヤ
ハレルヤハレルーヤイエス様のみ
[音楽]
「突撃ダイナマイト」
この働きのための献金、寄付
1人でやっている働きです。
いつも赤字になりそうな時に不思議と献金をいただけます。
捧げてくださった方々へ
本当にありがとうございます。
インタビューを引き受けてくださってありがとうございました。
94、95人目です。
寄付や献金は
突撃ダイナマイト
謝礼を渡せるほどじゃないんです…。
今回はタイのプーケット、チェンライ、カラシンに宣教に言っておられる先生夫婦と話すことができました。
先生たちの働き
次のインタビューは決まっていません。
捧げてくださった方々のおかげでインタビュー受けてくださった方に感謝をカタチにできることはほんまに嬉しいです。
今回はフルーツ大福を渡しました。が先生夫婦からチェンライで作ったコーヒー豆をいただきました。
JECホープチャペルに来たら淹れたいと思います4月17日から5月17日まではこのコーヒーを淹れます。なくなったらちゃうコーヒーにします。
NPO法人ピースホープ
で献金は使わせていただいています。
ピースホープの働きは国際結婚間の子ども
両親はいてるけど家に居場所がない子
引きこもりだった子と一緒に食事の買い出しから料理の作り方も調理師の方が教えてくださいます。
そして、食事をしながら教師や調理師になった方、大人の人がどのように資格、免許を取ったのかを聞いたりする時間をもっています。
2023年2月はじめに
NPO法人ピースホープが認証されました。
活動が広がります。
お祈りお願いします。
「腹パンパン食堂」でほんまに家庭も
腹パンパンになって
幸せいっぱいになりますように!!
インタビューしてるのは
JEC八尾福音教会ホープチャペル
やすたかです。
@jechopechapel
YoutubeとPodcastでホープチャペルのメッセージが聞けます。
こちらもフォローしてくだされば嬉しいです。
https://jec-hopechapel.square.site/
献金先
郵貯
記号14520
番号09769501
ヨシダヤスタカ
他の銀行から郵貯へ
店名 四五八 読みヨンゴハチ
店番 458 普通預金 口座番号 0976950
イオン銀行
銀行支店名ターコイズ
支店番号012 口座番号3552424 コード068462