【武田軍3万に包囲され落城】二俣城跡(浜松市天竜区2024年7月21日)

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タイムスタンプ
0:00 オープニング・天竜川(浜松市浜名区)県道344号線〔二俣浜松線〕
国道(二俣街道)に合流
2:51 鹿島橋
3:42 鳥羽山トンネル
4:41 二俣城址モニュメント
6:26 二俣城址入口
旭ヶ丘神社石段
二俣城 本丸跡(城山公園)
天守台
二の丸跡
二俣城 蔵屋敷跡・南曲輪
エンディング

#自転車旅 #ポタリング #戦国時代

二俣城攻防戦
元亀3年(1572年)10月3日、上洛を目指す甲斐国の戦国大名・武田信玄は、徳川家康の所領である遠江国へ侵攻した。
二俣城は天竜川と二俣川が合流する地点の丘陵上に築かれた城で、この川が天然の堀を成していた堅城であった。城将は中根正照、副将は青木貞治であり、城兵の数は1200人ほどであった。一方の武田軍は馬場信春軍と信玄軍が合流して、2万7000人であり、力攻めも不可能ではなかった。
のちに山県昌景の軍も合流。全軍でも攻めあぐねていたが、井戸櫓を筏で破壊した事で水を絶たれた徳川方は12月に開城し降伏。

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