雑談:20240714

突発的に配信始めましたえっとちゃんと音 聞こえてるか なとりあえず は久しぶりにねパソコンで配信しようと 思ったらパソコンの設定が変わってるんか ライブの設定が変わってるんか分からへん けど全然起動せえへんかってですねえ何も やらんのもねなんか楽しくないんで せっかく時間あるしていうことで今スマホ で始めてみまし た今まで使ったことないスマホでやって マイクもつけてないんで果たしてねどの くらい音がちゃんと聞こえてるかっていう のがこっちには分からんのですよねそや からもしね聞こえて たら動いてる動いてるなえもし聞こえて たら反応いただけるとありがたいですと いうことでしかしこれがね 自体の設定もだいぶ変わってるみたいで ここにそのあれチャットが見えるかどう かっていうのが分かれへんのよねなんか 全然わけわからん仕組みがいっぱいあって どう見たらいいんか分かれへんこの画面 時代あどうもコメントありがとうござい ます聞こえてますということでそしたら このまんま喋っていこうと思いますうんと ねなんかね色々気にわんのですよね場所と かそういうのがねはいでまあ一応ね サムネイルに もサムネイルにもなんかもう突発的に作っ た手書きのをちょっとね貼り付けときまし たほんまこんなこと喋ろうかなと思ってた んですけど うーん一応読み上げますとね よいしょ配送に大きい家が多い理由とか 崖崩れね山の崖崩れって今大規模な多いん ですけどそういうのが大規模になる理由と か君の単位の話とかねこういうのをやろう かなと思ったんですけどなんかね朝その 配信しようと思ってゴタゴタしてるうちに もやる気がすっかりなくなってしまって ですねま適当に話していこうと思い ます配送に大きい家が多いっていうのはね あの特にすだれとか東吉野の大股のオジと か見てて思ったんですけどあの配送の 大きい家って ねあれはね配送に大きい家が多いとか昔の 家は大きい家が多いとかそういう意味では なくて大きい家しか多分残ってないんです よね小さい家狭い家っていうのはあったか もしれんけどそういうのはもうほんま カリズマ的なもんでおそらくは住んでても すぐに出ていったりとかえよそから来た人 がたまたまちょっと住んでただけとかね そういうのが多いんやと思いますそや から大きい家が残ってるではなくて元々 その辺っていうのはその集落において 大きい家しかなかったって考えるべきなん ちゃうかなと思います ででま小さい家とかそういう仮住まいとか してた人らっていうのは当然そういうね 集落の中で生きていくっていうのは困難な んでまた出ていくとか一世代限りで消えて しまうとかねそういうことが多いから相対 的に残る家っていうのは大きい家でほんで 配送にはなんか大きい家が多いなみたいな 感じになるんちゃうかなと思い ますまでもね応答のすだれの奥の方とかね ほんまに立派な大きい家があってねえで から大股の御子もそうですね他で言うと まあ小さい家があるっちゅうところもある んです けどうんまそんな感じでね大きい家がなん で残って多いんやろうっていうのはその 辺りで多分解決できるんちゃうかなと思い ます そういったあの比較的最近いったところで 言うと戸川村効果の安三っていう集落ね あそこもかなり大きい家が多かったですね でね大きい家っていうのに関して思うん ですけどま当然ああいうところの人らって いうのは100勝やったわけですよねで今 の感覚で言うと100勝って言うとまあ なんかね江戸時代に は女に敷いたげられて念もいっぱい取られ てっていうような感じでものすごくこうま 身分的にはね低いっていうようなイメージ があるかもしれませんけれどもただ100 勝っていうのはね別にその悪い意味は もちろんなくてで100勝自身が自分らは 100勝やからその立場が低いんやとか そういうの思ってたかっていうとむしろ それは逆みたいでです ね生活が豊かかどうかとかいうこととは 全く無関係にどうやら勝というかねそのま 脳作業ですよねをやっててその中で物を 生産してる食べ物を生産して るっていうのが当時 の生活の中においては最も暗いが高い暗い が高いって言い方をしたら変やけどま核が 高いって言うんかな1番こう素晴らしい ことやっていうような意識がのみの中には あったみたいですねそやから物を運んだり とかね工事をしたりと日雇いですね費用 って言うんですけどこういう作業をしたり とかあとお寺とかねお坊さんですねそう いう仕事っていうのももちろんあの大切 やっていう意識はあったんやけどじゃあ 農民のま100勝と比べてどうかっていう 風に言うとやっぱり100勝の方が上やっ たみたいな感覚があるよう です うんあどうもえっと甘いみかんさん こんにちは聞こえてますありがとうござい ますこれねえスマホでやってます家の中に スマホ客につけてやってますハダさんも こんにちはどうもいらっしゃいませです ねでその100勝の話なんですけど100 勝ってねその職業とかではなくてどうも 調べてるとね僕の感覚で言うとなんです けど相撲 のあの親方株みたいなもんやったんちゃう んかなっていう印象を受けます相撲の親方 株て知ってますかね相撲ってあの勝手に 部屋を作ったらあかんのですよ相撲部屋を ね基本的にはあの相撲協会の中に全部相撲 取りとかその親方とか運営の人だとか全部 参加しててその中で親方株を持ってる人 だけが親方になることができるんですねで 親方株っていうのはお金出して買って ずっと引き継がれていくもんなんですねま 横綱になったりしたらちょっと別な親方株 もあるんですけど親方 株要はねそのトの中であまりにも相撲トが 増えすぎたりとか部屋が細分化されたりと かしてまはっきり言うと友田になったら 困るわけですよ相撲取りの中でもねそや から親方になれる人を制限することによっ て相撲がずっと続いていくようにっていう ようなことで出来上がってるのが親方株 っていう制度なんですがどう やら あの100勝っていうのもそういう意味 合いなんちゃうんかっていう感じがします まあの平地のね平地の100勝は分かり ませんけど奈良県の南部みたいな狭い環境 ごとに進んでいかなあかん小さい集落が なまって狭い環境で進んでいくようなと ころていうのは当然家が増えすぎると全体 として共倒れになってしまうわけですよね せやからそこをつつける人っていうのは常 に何件かっていうのが決まっててそれぞれ に対して100勝っていうのがあってその 株をま普通の場合は長男やと思うんです けどその長男が引き継いでいくっていう ような感じ で続いていったんちゃうんかなっていうそ やから100勝を勝手に名乗ることって いうのはまあできるんかもしれへんけど なんとなくそういうもんではないんやろう なっていうちゃんとした100書はねで 次男とか三男とか娘はま当然出ていくこと になるんですがそういう人らはどこかの 100勝に入るかあるいはま都会に出て いくかとかあるいはま1限りあるいはどっ かのね村とか空いてるところに行って自分 らで土地を開いていくとかねそういうこと をせんと生きて行く術がなかったんちゃう かなっていう ねちょうどねここに必冊あるんですけど よいしょこれね よいしょこれはねあの佐行った時 にえ越前高かなそこでさにすする話があっ てそれで興味持って呼んだんですけどこれ ものすごい話ですえごせさんて言うたら あのま目が見えへん人ですね目が見えへん かほとんど見えへん人が音楽をやりながら えいろんな村のところで音楽を聞かせ ながらお金もらってっていうそういう生活 をしている人らの話なんですけど えこの午さんもね当然衰退していったのは 時代の流れっていうのがあるんですがその 時代の流れの原因が何かって言うたら やっぱり大きい家がなくなっていったって いうことなんですねま最後まで残ってたの がその新潟の高田とか長岡の辺りらしいん ですけどもそういう人ら御世さていうのは 結局そのそれぞれの集落の中で大きい家に 寝泊まりさしてもらってそこで周りのね人 らを集めて音楽を聞かしてでまたしばらく したら別の村へ移動してっていうことして いくんですが当然そういうことするには その地域で母体となるような大きい家って いうのがないとあかんわけですよねでそう いうところがま 戦後えGHQでしたっけねなんかあの農地 の解放とかでそういういわゆる事主的な人 らから全部小作人とかに田房を分け与えて いったっていうような話があったかと思う んですがそういうことすると当然こういう 御世さんが来ても止めてあげられるような 大きい家ももなくなるし家も昔は大きい家 があってそこに働いてる小さい家っていう のがこう別れてたわけですけど全員が全部 土持ちになるとほんならなんかごさん来た からちって集まっていこうかっていうよう なこともなくなってしまうわけですよねだ からそれでま御世さがなくなったま他にも 当然要因はあります昔は音楽聞こうと思っ たらそれこそ録音とかね機材とかそういう のは全くない時代ですんでこういう生の人 の声を聞くしかなかったわけですがそう いうこともなくなったとで歌に関してもね 昔はもう歌って言うたら決められたものを ずっととっていうことでやったんですけど ま流行り歌が出てくるわけですよね戦後に なってねそやからそう常にこう歌っていう のも新しく更新されていってしまうわけ ですけどなかなかそういうのにこういう 御世さんとかの世界では通用せえへんかっ たっていうのもありますよねだからあの勝 っていうの は株式会社的もんやと思ってもいいん ちゃうかなっていう気がしますねその中で 小作人として雇われてるような人らもおっ たとでまそういうそういう小作人とかとし て雇われてる人らっていうのは当然大きい 百勝さんの家のところのま長屋もとかも ありますけどねとかにその下宿とか住んで たりするもわけですよねだからそんな家は 続かんし残らんとねだから配送の中で 大きい家が残ってるのはっていう質問に 対してはまそういうね答え方大きい家が 残ってるんではなくてそもそも大きい家 しかなくて小さい家はすぐに人がね住まん ようになったりおらんようになったりした んちゃうかなっていうお話ですちなみに この ね鋼の人小林春っていう方についてのま ドキュメンタリーって言うんかな分かり ませんけどこの本ものすごく面白いです ごせっていうものがよくわかり ますあのごさんて言うと目が見えへんこう いうで回ってる人らやからま貧しいん やろうなとか思われるかもしれませんが実 はそういうことはなくてですねえご世さに なるようなところの女の人っていうのは ものすごくお金持ちですというかお金持ち の子供やからこそこういう仕事があっ たっていうべきなんですよね多分やけどお 金持ちてなくて目が見えへんような人って いうのは大きくなる前に殺されることに なってたと思いますまあね天に返すって いうようなことになってたと思いますそや からこういう御世さんやってるのは基本的 にはえとこのお嬢様方でまた御世さんがね 当時としてはそれなりに稼げたっていう ようなお話もありますこの小林はさんの ところも小林はさんももう自分1人で火を 使って料理とかもできるって目見えへん方 なんですけどそういうことができたしでお 弟子さんおったんですけど弟子さんが まあまあ不で自分がものすごくひどい感じ でその午前を覚えさせられたから弟子には 優しくしようとしたんやけどまそういう 優しい教え方ではなかなか弟子も体制せず ね規制みたいな感じになってほん でその弟子さんの紐みたいなやつまで追っ てそれもまとめてこの小林はさんが養え 養ってたっていうような話もあります書い てありますまつまりそのくらいには稼げて たっていうことなんでしょうね まそれ がこういうねえっとそういう配送の中で家 が大きいなとか午前の話でなんで午前さん ていう仕組みがうまいこといかんように なったんかなとかそんなを考えてたら まあまあそういう感じでね100勝って いうのは一種の株式会社みたいなもん ちゃうんかな親方相撲の親方制度に似た ようなもんちゃうんかななどと考えており ましたまなかなかねそん ちゃんと証明できたりとかね論理立てて 言える話ではないんでこんなもんです ね おさて次次何やったっけなよいしょ いあ崖崩れが大規模になる理由すね最近ね あの最近ではないんかなもう戸川とか奈良 県でも崖崩れだらけでえここ最近で言うと ね戸川の西川沿い のえ小山手っていうところで崖崩れしまし て国道425ですねそれのねえっとね 425西中と小山手の間にある都橋バステ の辺りで1個崩れてほんで小山手の西の方 にあたる片口っていう定があるんですが そのもうちょっと西側辺りでえ崖崩れた みたいでですねこれで小山手が完全に孤立 してしまったっていうね多分今もうどちら かの崖崩れは直してるんちゃうんかなと 思うんです けどまそんな感じで崖崩れが多いところ です国道の169の方も前期の下の前期口 っていうところあたりかなあの辺で崩れて て一応片側交互で通までに道を復旧道を 復旧したっていうかダムの上に仮の橋を 立てて通ってるみたいなんですよねま そんな感じでね常に常あちらこちら崩れる んですがこれはねちょっとチリの方見てて わかったんですがなんでこの近年にな近年 っていうか近代かななってこういう崖崩れ が増えたんかっていう話ですがまあ普通に ね考え と温暖家や異常気象や言うてそういう風に まプロパガンダ的に言いたくなるんですが どうやら それだけではなくてですね 元々ああいうところの地域っていうのは よく崩れてたんや けどまそもそも分からんかったっていう ことがありますよね今の道っていうのは だいぶ崖を削ってやり作った道なんででま 道があるっていうのは必要やからあるわけ で通ってたら崖崩れた誰かが気づくやろっ ていうことで当然そういうのが分かり やすくなったっていうのもありますしで もっと昔はね徒歩道が主体やったんで骨と か東行線沿いの上の方を行くっていうこと でそ崩れはするんやけどああいうね大きい 崩れていうの はあんまりなかったあることにはあったん ですですけどねなんかあのどうしようも ないような崩れっていうのはほんまにどう しようもないような大雨とか台風の後って いうことになりますよね戸川とかやったら ま目時22年とか平成56年やったかな そこら辺で大きいのあったんですけどで そういう話なんですけどあれも ね調べてると昔っていうのはもっと小さい 雨とかでコロコロ崩れてたみたいななん ですよ ねそや からちょっと崩れては直すちょっと崩れて は直すを繰り返してたから結局こうたまり まくって大きいのがドカンってくることが なかったっていう感じらしいんですよねで 最近はものすごく五眼とかそのま石垣とか ですね壁のり面を綺麗にするとかねそう いうのがこう技術が発達したわけですよせ やからもう小さい雨とかで崩れることて いうのはほとんどなくなったなくなったは いいけどそのでも蓄えた崩れるエネルギー ていうのは別に0になるわけではないんで いつか大噴火を起こすんですよねその エネルギーがねそやからそういうのが 集まって大きい力になって崖が崩れて しまうとその結果 大きい災害がなんか多いような気がするっ ていうねそういう風 な結果になしまってるんちゃうかっていう お話ですまあね異常気象異常気象って言う けどそんなだってねどんなに長生きしてる 人でもたった100年程度しか地球上の 変化なんか見てないわけや しほんまにこれがそんなに異常なんかって いうのも分かりませんよね比較的江戸時代 なんかは安定してたって言いますけどあの 時代であの時代はでも あのものすごく気温低くてね日本でも基金 いっぱいあったしヨーロッパでも基金 いっぱいあったみたいやしねそういう時代 もあったわけでなんかねそれを我々の 狭い判断で確実に温暖化の制野とかね異常 気象の制野っていうのもおかしいんちゃう かなというようなお話でし たまあうちはねあんまり温暖かどのって いうのは信用してないというかそれほんま かいなって思ってるんでそんな意見になり ます よあえっと次コメントありがとうござい ますガスコンロさん戸川村バイパスできて その区間は便利になったけど前の道の方が 好きですあそうですねあ戸川はねどんどん どんどん道綺麗になってまあ楽しく なくなってますよねで球道なんかを見てる と もう急に石こだらけになってほんまに走り にくくなります ね車が走ってるっていうのはそれだけで いかに道を綺麗にしてるかっていうのが よくわかり ますあそう言うたらさっき言うたあの戸川 の国道425の片方っていう地域が完全に 両側崖崩れで封鎖された話ですがあの時に あのライフラインに異常は期してません ちゃんと電気通ってますっていうような話 してたんですけどそもそもあの辺は水道は 簡易水道やからそれぞれの地域で用意し てるしガスは当然プロパンやからそれぞれ の家に用意してるし電線は崖の上を全部 通ってるから道が崩れても問題ないって いうこと でそうやってね電柱を崖の上通すことに よってライフラインが守られてんやなって 思うとなんか面白いですよねその結果我々 が電柱の点検するのものすごく大変になっ てるわけですけどもあれでもね道路沿いに 電柱下ろしてたら 多分崩れた時に電線切れてましたね結構な 崩れ方やったんでね あの小山店のところで崩れると何が困る かって言うとその奥にコモと西川でま 230件家があるんですけどそこら辺 に電気全部止まってしまうということに なるんでね小山手だけの話でもなくなるん でねそういう意味で言う と山の上を電線ポンポンポンポン飛ばして るっていうのは正しいんか正しくないんか 分かりませんけどねまものすごく大変です けどそういうこと があってねま災害には多少強いみたいです ねやっぱりああやって山の上を飛ばすとね ただやその山の上電柱飛ばすっていうのも やっぱりメンテナンスが大変なんで今徐々 にね道路沿いに柱を立て直し てえ道路沿いに柱を立て直してあのま メンテナンス楽にしてるところもあるん ですけどまそうやって下に下ろしたら 下ろしたやっぱり今回みたいな崖崩れが あるともうこっぱみじんになってしまうん でねなかなかそれも良し足あるなあと思い ますあえっとコメントありがとうござい ますえっと元のりさん降り立橋の手前から 左に登って行ったところ野平ですねえっと 国平はつい最近まで人住んでたんですけど 今はもう廃屋になってしまったっていう ことを聞いており ますよいしょじゃあ予定してた最後の話 行きますか集落の単位の話か ああそうですね集落の単位ねあの一応僕は ハイソ田房ということで村の単位での廃墟 軍っていうので回ってるんですがそのま その集落の単位って何やろっていうのは もう ずっとずっと悩みどころでもあって まあほんまに山の中にポツンと一軒屋が あったとしてそれが家単なる個人の家で そこにあるだけなのかそれを集落とみなす かっていうことの判断ですよねそこら辺は ずっとずっと迷ってても最近は その一見でもま昔何元かあったっていう ところねそういうのはもま間違いなく集落 でしょうでも何元かあったって言っても それが例えば全部お茶屋さんとか宿やっ たって言ったらそれを集落って言えるん かっていうような問題とかもあるんですが あそこら辺最近気にせずねそこにまとまり としての地名があったらもう集落でいいや と思って大体決めて ますところがですね最近そういうまとまり のある 地名があってもこれ集落ちゃうよなって 感じるような事例がいっぱい出てきました あの 特に川上 村川上村もまた調べ始めたんですが川上村 とかはね あの1つの集落があるとしますねそれで たまたまま道が7こ通ってるとその道の上 と下 でまあ上棒下棒とか言って分けたりとかし てるところがあるんです ね それ確かに上と下で分かれる道路挟んで 分かれるけどそれの上防集落下防集落って それ分けていいんかなっていうようなな ことですよ ねうこま新しくできた例えば開発した丘を 削って作ったような団地とか考えてもらっ たいいんですけどそこで例えば1区画でま 1丁目2丁目って言っていいんか分から へんのですけど1丁目の中の1番1丁目の 中の2番っていうのがそれこそ道路で囲ま れたところで1つ2つ3つ4つとかあっ たりしてねそれ1つを集落って言える かっていう話ですよねそれもそのその団地 全体がやっぱり1つの集落ちゃうのって いうような感じですよねその1つ1つって いうのはまあ多分隣組とか自治会みたいな まとまりになると思うんや けどねそういうことを考えますやからその ね凸凸川ちゃうわ川上村に多いんですけど 1つの集落でたまたまここに道があって その上と下とかここに国道走っててそっち のえ山側と川側とかでね上下とかま別れて たりするんですけどそれはもう集落ちゃう よなとか考えることもいっぱい出てきて ますであの応答でもちょっとあったんです けど応答町篠原っていう家自体は めちゃくちゃ多くて340件ぐらいパッと 見て家があるような集落あるんですけど それまこういう割と横長 なところなんですがそれが真ん中でまず1 つ分かれてその もう1つ分れてつまり1/4ずつポンポン ポンポンと真横に並んでる感じなんですね ほんでそのうちどっか一部だけが無人に なったらここは配送やって言えるかって 言うとえやっぱりなんかそれはちょっと 違うんちゃうかっていう気がするんですよ ねやっぱりこの1つのまとまりの中で たまたま便宜的に分かれてる4つの ものこれは集落として分けたらあかんのん ちゃうんかなっていうような感じがします うんだからねそういうところはもう やっぱりままとまって篠原やったらそれは 白原1つその中でえ何やったっけなあれ 上の町中野町下町で中野町が2つに分かれ てたんかななんかそんな分け方してるん です けどうんだからそういうところは1つの 集落として見なしとこうかなっていう感じ ですねただ同じ集落でも えここに火予想なんかもそうなんですけど 火予想っていうのは1つここにあってもう 1つ離れたところにちょっとあるんですね こういうような時は同じ秘素の中でも上し で別れてたらやっぱり別の集落扱いにして いいんちゃうかなと思ったりそんなことを 考えたりしてますねなかなか この集落っっていう単位まこれ自体が ね集落っていう単位自体 がなんていうか誰かが決めた正しいものっ ていうのがないわけですよね誰かがどこか で決めるしかないわけですよん でそしたらその行政が決めた単位が正しい んちゃうと思うかもしれませんけど行政が 決めた単位が正しいかでそんなわけがなく てですね行政も便宜的に分けるしかないん ですよだ管理のためにどこかで分けなしゃ ないんやったらどっかで分けるでしょって いう話です からだ から あのまこれ応答のひよで実際聞いてきたん ですけどひよの中でも実はあの下の2間は ひよちゃうんやみたいな話があってねそれ は昔その家と家の間に道が走ってたから そのその下の2間はひよちゃうんやって いう意識があるんですよねその素の中の人 の話によるとねただでも今の行政区分では そこも含めて全部秘なんですようんうんな それはどっちが正しいんかって言われると ちょっともう私には判断しようがない今の 行政単位でまとりあえず見ますかねみたい な感じにならざるを得ませんあ高さん コメントありがとうございます便宜上の ポイント集の名称と集落としての名称が別 にあったりします ね特に集落の範囲が広いと通称で分れて たりしますそうですね集落の範囲が広くて もう物理的にかなり区切れ目が分かってる ような場合はそれはもう別の集落扱いして いいんちゃうかなと思います例え一見でも ね例え一件でもっていうのは例えその一見 の 集落というか地名というかも結構見つけて きてまして まあとかに多いかなあと黒滝でも調べて たら茶や一見じやぽいところとかも いっぱいあるんでねその辺はい調べて ますただま行政が無理やり切った区分って いうの もずっとそうやって行政が無理やり切って しまったらそれがまたそれを根拠に別れて しまうっいうの も現実に起こり得 ます確かねえっとね名張と山添村とかに 同じ地名のとこがあるんですねクオやった かなあと大東大刀っていうかま奈良県の 五条と和歌山の橋本のところにもね似た ような名前たのとたただのとかオブとオブ 谷オブかななんかねそういうような似た ような地名のところが隣り合ってたりする んですよねそういうところもほんまに元々 別なんかあるいはほぼ同じ集落のわか分損 みたいなやったところにその県の境界線が 入ってしまったんかとかねそういうのは 分からんのですけどまあまあねただ一旦 行政がそうやって区切ってしまったら今後 もまそれが維持されてしまってそれが維持 されると今度は自分たちはあっちとは違う んやみたいな集落の中でも認識されるとま やっぱりまた別れてきてしまいますからね そや から何が原因で別れる何が原因でひつくっ ていうのはもうそれぞれにね え色々ありますねっていうことですねあと ちょっとTwitterの関係で誰かでに 調べてもらったんですがえとねわ和歌山と 戸川の南の方の境目のところにですね え石休みっていう配送があるんですね石 休みは今は和歌山の行政区画に入ってるん で私自身はま調査対象外なんですがえどう も調べてもらった人の話によると石休は 戸川の人が開いていった集落みたいですね まそういう感じでね物理的に近いところや からそうやって移住したけどまたまたま そこが現在の強制区画で言うと和歌山に なってるっていうだけのことそういうこと もあるんやなっていうこと ですまそんな感じですねあもう30分か よいしょ最後にねちょっと最近手に入れた 本とか見せて見せていこうかなとこんなん これは中賞関係って言うんですけど中章 っていうのはえ今で言うと奈良県吉野軍 吉野町の一部ですねこのねかなりま古いん ですけどなんか役に立つかなと思って買っ てみたけどまあまああんまりその配送関係 では役に立ちませんでし たそれ からよいしょ よさらにこれボロイんですけどえ1948 年ですよ奈良県吉野軍秋野村秋野村って いうのは現在で言うと 下市町 広橋になるんかなあの変なんですがもう これね手書きっぽいんですよねなんか全部 ねで手書きで分隊も古くて何書いてるんか よくわかれへんていうね はしたけどなんかあの農業とか林業関係の 資料みたいな感じでこれもま私の役には あんまり立ちませんでし た よいしょこんなねでもめっちゃんこ古い本 手に入れてボロボロにして待ってるんです けどこれどうやって処分したらいいやろ 処分するのもなんかもったいないんでどう したらいいんか分かれへんそれから よいしょこれえ戸川木川事業師戸川とか木 の川に関するところにダムを作るその調査 とか実際のダムの設計とかそういう話が 書いてありましたこれも残念ながら あんまり役に立たんかったかなっていう 印象 ですかなりあの難しすぎてついていけます でしたよいしょそれからこれ今までの ところ1番役に立ったのはこれかなえ京都 広橋市これは広橋っていうのは今で言 下市町下市町の中でも1番3幹部でえっと ねニ赤神社っていうのがあるんですがその 手前ぐらいですね黒滝村との境い目なん ですがこれそのかつてのいわゆる広橋村の ところに学校があってその関係者が同窓星 がこられた本なんですがものすごく情報量 が多くてしかも 深いかなり充実した内容ですこれは配送的 な意味であんまり役に立つようなもんでは ないんですがまあ広橋とかあの辺は一応 人口は減ってるんですけどそんなあの無人 がするほどではないんですねただあのあの 辺っていうのは黒滝から奥の天川泥川に 向けて のさんの手芸者が通ってた道とかね当時の 街道とかについて色々あるんでそういう 意味でですねこれはものすごく役に立ち ますこれに基づいて最近 あの下市とか結構歩いてますほんでその時 たまたま下市の人にあの前年男っていう 家人がいてるんですがそれ広橋出身の方 やったみたいでその方のことを教えて いただいてえ今ちょっと前年男さんのです ねエッセーとか集めてます結構ねその吉の 南側下市ありから黒滝あたりの古い時代の 話が書かれてるそう です はい よいしょあ古い本っていうのはそうですか 図書館とかに偽造したらいいんですねうん 偽造してもらってくれますかねとりあえず ねそのあの下市で広橋の学校を改良してっ ていうか利用してゲストハウスみたいな やってる方にお話聞けましていずれその前 年用関係も合わせてあの図書館的なものを 作りたいって言うてるんでそうですね まあまあなんか持っていけたら持って いこうかなと思いますまあね処分するより は誰かに渡す方がいいていうことですよね そうやって使っていただきたいと思い ますはあというわけでだいぶ長々てきまし たがよいしょ一応大きくこのね3つ下の 日常っていうのはよく分かりませんが最近 ま麻雀やってて全然動画編集する時間が ないとかねバイク暑くて辛いなとかそんな 話ばっかりになってしまうんでそれはまあ いいでしょうというわけでね今まちょうど 私3連休の間なんですが用事を入れ へんかったら雨予報でもあんまり雨降って なくてなんかなんかね今更バイク乗るのも あれやみたいな感じ でとりあえず明日天気良かったら戸川 行こうかなと思ってるんですけど多分この 予定をしてるから明日は大雨が降りますね まそんな感じですというわけで無事配信も できたし今回の配信これで終わりますまた ね突発的に思いついてなんか喋りたいなと 思ったら喋り出すかもしれませんという わけで今回の動画これで終わりますまたね 普通の動画でお会いしましょうバイバイ JA

4 Comments

  1. ライブ配信で聴きたかったです。アーカイブで聴かせていただきますね。
    久しぶりの裏庭放送ワクワクします。
    ありがとうございます。

  2. 楽しかったです。行政で区切られるはあるあるですね。北海道は川で分断されることが多いです。やはり十津川村は大きいので廃集落も多いから、これからも廃村探訪は続きそうで安心しました。今までのお話で狐?に騙されて電気を通してほしいというのが、1番興味深いですね。現代版昔話的な…これからも活躍応援してます。お疲れさまでした(^-^ゞ

  3. 大きな家の話でなんとなく思ったのですが、それは大家族だったということもあるのでしょうか(・・? 叔父さんや叔母さん、親戚の人なんかもいたとか・・・

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