【2ch旅スレ】中山道の宿場町巡り!東京から軽井沢まで徒歩で行くのだ!! -後編- 【ずんだもん】【ゆっくり】【旅行】

今回は東京から軽井沢まで歩くの だ僕が行った場所以外にもおすすめがあっ たらコメント欄で教えて欲しいの だジペは初日から3日目までの旅路で道中 は観光やおいしい食事を楽しみながら新 しまできたのじゃじゃがアシによる疲れと 足の疲労が徐々に溜まっているようなの じゃさてどうなることか なズンズン旅だ東京から軽井沢まで歩いて 行ってきたのだ 中仙道 後編4日目新町宿からあんな賢なのだ天気 晴れなのだ4日目の朝は部活にも1時間 ほど寝坊してしまったのだAM7時半過ぎ に宿を出発なのだこの美しげる緑と高い空 の青とのコントラストなのだ熱いけど日本 の真夏は色彩豊かなのだ川沿いの サイクリングロードを歩いた後はその カラス川を渡るのだ川を渡ってクラガノ スクへの球道を歩いていくのだ寝坊して しまったおかげでしょっぱなから暑くて たまらんのだ日光道とのおいなのだ長野党 があるのだAM9じ頃クラガノに着いたの だクガの本陣跡なの だこちらは脇本人跡なのだ地蔵とか祠とか 石碑とか好きなん俺は一度はまったこと あるな特にこだわりを持ってたつもりは ないのだけれども宿場町踏みとか本人後日 は見つけるたびに撮影してたのだただ はまる人の気持ちはとてもよくわかるのだ 球道から少しそれて立ち寄ったクガの神社 なの だ少しここで休憩なのだ俺が七子さんやっ た神社だわ おおマジですかなお邪魔してきたのだ静か で誠に綺麗な神社だったのだ8月7日に 七夕祭りがあるそうで僕が訪れたのは4日 本殿のお賽銭箱の脇に短冊が置いてあり せかなのでめさせてもらうことにしたのだ へえ不正ありますねそうなのだこの旅で 短冊を書くとは思わなかったがさてクガ から高崎へ向けて歩くのだこの日は朝から とても暑かったのださすがにこの日は暑さ でかなり体力を消耗したのだ途中の自販機 で水を買って腕やら首やらをよく冷やして たのだ途中お花屋さんのお姉さんやケラ中 のお周りさんとか何人かの方が心配して声 をかけてくれたのだ11時になる頃 ようやく高崎の市街地へたどり着いたのだ 高崎に着いたら涼しいところに入ってネを 食おと思っていただが球道から駅前に出る のが非常にめんどくさく何よりあまり食欲 がなかったため道端の日陰で小止するだけ にしたのだコンビニで休憩を取り体を 冷やしつつ負を進めるのだ薄いはの土手に 出たのだほいなの だ千夜に大雨が降った影響だろうかかなり の水量の濁流が流れる薄い側なのだ パノラマ撮影をしてみたのだそろそろ あんな帰りかなこの辺りから山が近くなっ てきますねそうなのだ警官の変化がとても 楽しかったのだしかしあんなかしって広い んだな軽い沢の手前まであんなかしだよな そういえばやたと8万で同じ字を書くよな こんな土手なんかは市街地に比べて日陰 などゼに等しいはずなのに市街地や住宅街 を歩く時より調も体調も軽やかなのはなぜ これからしばらく世話になるあんなかしに 到達なのだほいなの だ高塚なの だ1番暑い時間帯のはずなのに何やら きっとも疲れなくなってきていたのだ ランナーズはならぬウォーカー杯かほいな のだ [音楽] いつの間にか板話に入っていたようなの だ足壊れそう人間そう簡単には壊れたりは しないんだぜなのだ痛くてたまらんかった けどな知らないうちに熱中症にという話も 聞くので無理をせずこの公園で休憩を取る のだ小風にぐ風が本当に気持ちよかったの だ公園ではマッサージしたりのびのびと ストレッチしたりトイレの水道で水浴びし たりしてリフレッシュしたのだまた歩き 出すのだとは言っても強明け真夏の群馬な のだ歩くのは黒く硬いアスファルトなのだ 頼れるのは基本己れのみなのだその背中に は約8kmのザックなのだ歩き続けて4日 目なのだボトルに水はまだいっぱいあるが ほぼお湯になってしまったのだそんな思考 がよぎるたにに熱く息苦しく足も重くなっ てくるのだ先ほど土手を歩いた薄いドを 渡るの だ手元の温度計が暴走し始めたのだそして 安中駅方面へ向かう途中しばらくぼーっと しながら歩いてたように思うのだ途中あ この景色夢で見たことあるぞを見開いたの は覚えているのだけれどそれがどんな情景 だったのか全く記憶にないのだコンビニで 氷とアイスと水を買うところで割れに帰る 感覚があったのだ今思えば熱中症で 危なかったのかなあの白チームは何だった んだろうぶっ倒れる寸前じゃないですか ああやっぱりそうなのかな反省してるのだ まあこの時よりもワラクへのピンチが翌日 に待っているのだがな翌日は薄い峠かゴブ で体をよく冷やしてザックを背負いなし 改めて出発なのだ工場マニアには有名な 東方亜鉛の工場が見えてきたのだ給料の 斜面に立てられているので要塞感が半端 ないのだ夜にも見てみたいのだライト アップみたいになるのかなあんな駅なの だあんなか本人跡なの だ市街地を抜けひたすら道をて行くのだ しばらく行くとこんな杉な道 が腹考察は後なの だホイなの だこういうの本当に素敵心が叫びたがって いるんだっていう映画みたいな感じ青春を こういう場所で送ることができたら良かっ たのにって思う緑と青と太陽に彩られた 青春時代の夏なのだなんか涙が出そうに なるのだ俺も夏アニメを見ると涙出るぜ いろんな意味であの感覚は何なんだろうな 田舎の景色っていいよね危う倒れかけた僕 を救ってくれたコンビニから歩くこと約3 時間なのだようやくこの日の宿に到着した のだ部屋数は少ないひっそりとした予感な のだ小さめの部屋だったがだからこそ 落ち着くのだ洗濯機も無用で貸してもらえ 洗剤まで無料なのだ部屋の風呂にはバブ までサービスなのだこりゃあ腹にゃーなの だ部屋からの景色なのだ静かでとても 涼しいのだこの日の夕食は宿でいただくの だポークステーキ本西の味噌汁タコと トマトの酢の物冷ややっこなのだどれも 本当にうまかったのだ最初に手をつけた 味噌汁の温かさが未だに忘れられないのだ よそのおりにご飯を及ばれしてるみたいな のだここのオーナーがとてもいい方だった のだのんびりテレビを見ながら身したり マッサージしたりなのだ翌日は軽い沢に 向けて遠でも超えるので入念に準備をする のだなんだかとてもくつろげる部屋だった のだガブを解いたお湯に使ってゆっくり 休んだのだ今日の走行マップ 5日目あんなかしから軽いざしなのだ天気 晴れとどくもりなのだ大体1日に1つ 増える豆を今日も補強なのだ宿のオーナー に励まされ5時半頃に宿を出発なのだまず は松井田へ割とすぐだがちょっと脇道を 通ってみ [音楽] たり苗さんが大くそびえてるのだしばらく はこの山を左に眺めながら進んでいくのだ 松井の市街地に到着なの [音楽] だ松八幡宮に立ち寄ってご挨拶なの [音楽] だ松田を歩いていると朝の散歩されている 方に声をかけてもらったのだ聞けばその方 は以前に長崎からこの松まで歩かれたのだ というのだかかったそうなのだびっっくり して思わず口をパクパクしてしまったのだ なんだかお互い楽しくなって5分くらい 立ち話をさせてもらったのだ当時のことを 嬉しそうに話す彼の目はとてもキラキラし ていたように思うのだ楽しかったんだろう な大先輩の旅人に励まされ旅の楽しさを 改めて実感しつつまた元気に歩き出すのだ 江戸代みたいな人やな今日の宿を出て薄い 峠までのの長い道のりずっと登り坂なのだ 暑さに気をつけて頑張ろうちょいちょい 新越線の線路沿いに出るの だホイなの [音楽] だ歩いていくにつれ明りの山がその表情を 少しずつ変えていくのだホイなの だ5五両のチャヤ本陣跡なの だチや本人ってのは本人と同じように大名 薬に利用されていたが本人と違って宿泊 施設ではなく食事や休憩に使われていた ところなのだここの茶屋本人は2件あり それぞれ牡ひしおにと呼ばれていたのだ ホイなのだ 警報ランプが球体なのだリモみたいなの だしばらく歩いて再び本道を出るの [音楽] だほいなの [音楽] だ線路の脇に佇む薄い神社を訪れるのだ ホイなのだ 回復ポイント発見なのだ氷で首や頭を 冷やしたり水を腕にかけたりと入念に体を 冷やすのだこんなアイスも買って食った けど喉が余計に乾くのだ美味しかったけど やめときゃよかったのだコンビニでトイレ も借りてすっきりなのだバイク乗りの人と 少し立ち話をしてミネラルウォーターで 乾杯なのだリフレッシュしてまた登って いくのだほいなの [音楽] だ線路を超えて球道を進むの [音楽] だもうすぐ横側駅なのだ回復ポイントの 西武音から歩くこと約40分AM9時半を 過ぎた頃坂本宿の横側に到着したのだ駅の 周辺を少しくるっと歩くのだ日本ざの親子 がひっと目の前を横断していったのだ 懐かしいの だホイなの [音楽] だえ風景やなこういうの泣きそうになる さて横側に来たなあれ食わなきゃかまなの だうまかっ た峠のかですね子供のの頃翌家族で軽い沢 へ山歩きに行ったがその時に必ず食った ものなのだクと安子を最後の楽しみに残し てたのだ大人になってわさび漬けも食べ られるようになりより一層味を楽しめるの だ昔は確か600円くらいだったな今は JR新越線の執着駅となってしまった横川 駅なのだ以前は薄い峠を超えて軽い沢まで 走っていたが急勾配のために機関車を連結 して走行していたのだその連結シーンを 見るのも1つの楽しみだったのだその路線 も今は廃止となってしまったがかつての 線路が駅前に残ってるのだ売店のおば ちゃんとお話しながらかめを頂いた後駅前 にある薄い鉄道文化村見立ち寄ったのだ 国鉄時代の車両や機関車はいっぱい展示さ れていたのだホイなのだ [音楽] ホイなの [音楽] だよく家族でこの緑色の浅間二のって山に 行ったな久しぶりなのだボロボロに錆び ちゃっているけどまたあえて嬉しいのだ明 の山をバックに撮影なのだ薄峠での店員に 活躍したE63という機関者なのだお金を 払って講習を受けると運転実が受けられる そうなのだちょうど警笛を鳴らして ゆっくりと走り出したところだったの ださて軽い沢へ向けて出発なのだ球道を 進み峠への道を歩どか配線となった線路が 夕歩道として整理された悪との道を進むか 実はギリギリまで悩んでいたのだが参道や 休憩者向きの靴を履いてきていないことも あり今回はアトの道を行くことにしたのだ アトの道を進む前に薄井の席書に行って くるのだ先ほどの薄井鉄道文化村に別れを 告げるのだ薄の席書なの だ悪の道を進むの だかつての線路に夕歩道が作られているの だ左の線路は観光葉のトロッコが走る線路 で途中ゆっくり走るそのトロッコと すれ違ったのだ上品越戸を くぐり口かけた信号機を横目に見て旧丸山 変電書跡が見えてきたのだ子供の頃車窓 から見えたこの廃墟がずっと気になって たっけななんか写真ホイなの [音楽] だ30分ほど歩くと峠の湯という新しめな 施設ができてたのだボトルに水が補給 できるので助かったのだメガネマシをもし てるんだ な立ち寄り湯やお土産の売店が建物の前に は綺麗に手入れされたてがあったのだ悪と の道おさに進んでいくのだトンネル内は とても涼しいの [音楽] だ好きだなこの 写真ホイなの [音楽] だしばらく歩いていくと 薄いプに出たの だ峠道に雑貨屋さん がまた大将いくつものトンネルを 通り抜けるのだアの道をゆっくり歩いて約 2 時間薄い第3料通称メガネ橋2到着なのだ 本当は下から見上げてみたかったんだ けれどもメガをっていくの だ新玉橋梁が見えるのだ新幹線が開通して からここも配線なのだこのまま熊の平まで 行くことにしたの だまたトンネルを抜けていくの だスカイツリーーと同じ高さの標高まで来 たのだもういやってほど見てるこの一分な のだそしてひきは長いトンネルを抜け当て た場所に出たのだ 慰霊費と祠があるのだかつて山崩れが起き 作業員とそのご家族が犠牲になる事故が あったそうなの だトンネルをいくつも抜けた先の悪との道 の執着点は悲しい事故の記憶が残る旧駅 だったのだクマの平駅なの だホイなのだ [音楽] ゴールまでもうすぐじゃん雨にあった運 よく雨には合わなかったのだそうもうすぐ ゴールなのだ口はてた配線と液夏の青い空 と白い雲も美味しげる草と咲き誇る花々 そこにたった1人いる自分なのだいろんな 景色と感情が混ざり合ってうまく言葉に できないんだけどなんかちょっと涙が出 そうになったのだ薄と峠のとこの真横に トロッコ走る道言ったことあるな熊と雨に 合わなくて何より一致は今思い出して泣い てんのかすまんちょっと電話してたのだ 軽い沢は月のの生息地だからね雨もタッチ の差で合わなかったりと本当に運が良かっ たのだここから階段で国道に下るのだ車の 走行の妨にならないよう注意して登って いくのだほいなのだ ここから標高作役に150mをひたすら 登っていくのだ峠を攻める車に戦線強し いろんな虫に耐当たりされ霊によって足は 痛みなしたのだ殺そとロードバイクで降り てくるおじさんたちのお疲れ頑張れという ありがたい励ましにイースと必死で答えた のだそれにしてもよく声かけられるな そんな時なのだスズメ町が現れたどうする 僕戦う防御逃げる固まるいちピンチ目の前 をブオンブオンとえい刃を立てて絡んでき たのだ暴れちゃいかんとか走っちゃいかん とか色々ゆが本当に固まってしまったのだ 奴が視界から消えた時早歩きでスタコラ さっさしてこと泣きを得たのだすごく変な 歩き方だったことでしょう足早にその場を 立ち去ってなんとかやり過ごしたのだ発か をつけてたのがこうそうしたかあと麦わら 帽子をかぶっててよかったのだ標高 800mまで登ってきたの だそれはよかった刺されたら旅が台無しだ おかげ様で助かったのだこんな山中じゃ 迅速に病院にも行けないしやばかったのだ 900mなのだもう少しなのだ雲が増えて 雷が鳴り始めたのだ夕立ちが来る前になん とか峠を超えたいのだゴロゴロ突然視界が 開け薄い峠の石組みが現れたのだ長かった のだそして国道に出て2時間横川の駅前で かめを食ってからおよそ5時間ついにおお イエーイついに軽車は突入か看板見ると なんかテンション上がるよなとうと長野県 に入ったのだ宿までももうすぐなのだ 頑張った甲があって雨にも降られず16時 頃にテンションに到着なのだ素敵な テンションだったの [音楽] だ素泊まりプランだったので晩飯は外に 食いに出たのだ駅前の大通りなの だ無事に軽い沢入りを果たしたさやかなお 祝いと夕食は少々奮発することにしたのだ カントリーミュージックの流れる不思議な 和食ダイニングでいただくことになったの だ幕の内そばご前で ござるあと野沢に食後にグラスワインを 頼んだのだ宿へ戻って荷造りを済ませふ テレビの下を覗くとこんなノートがあった のだ122房室に止まったこれまでの宿泊 客が綴ってきたノートだったのだ子供さん のはさし絵を交えて一生懸命描いたページ やなぜかわからんが萌えで埋め尽くされた ページ小さな文字でびっしりと旅の思い出 が綴られたページなどがあったのだ女性3 人で卒業旅行に来て友情を確かめ合った こと夏休みに家族で来て大雨に降られここ のお風呂が温かかったこと朝ご飯が 美味しかったことテンションの方が入れて くれたコーヒーが美味しかったことなどが 書かれていたのだここの部屋にとた たくさんの人の思い出が詰まっていたのだ そして僕も新しいページに筆を落としたの だ旅の締めくくりの宿に心が温かくなった のだなんだか体の疲れが心地よかったのを 覚えてるのだ以上で軽井沢までの全工程は 終了なのだ今日の走行 マップ悪の道終わりから薄までのこの エ実に帰宅だけれど軽いざを少しだけ散策 してきたので案外変的にアップしていくの だ6日目軽い沢から東京なのだ天気晴れな のだペンションで美味しい朝ご飯を いただきくぼ宿を後にしたのだ宿の方に 行ってらっしゃいと声をかけてもらいなん だかほっこりしたのだ宿の近くにある公園 に立ち寄ったのだ前の日は雲が多くこの日 も午前中にしか見えなかったのだうっすら 見えたのだ浅山なのだ軽い沢駅なの だ昔の駅舎が残されていたのだ軽井沢駅は このイメージだな駅前にあるこの建物なの だ実は個人的に思い出があるのだ昔ここの 2階だったと思うにピエロという喫茶店風 のレストランがあったのだ将の頃翌家族と 軽い沢へ山歩きに訪れていたのだけれど 帰りの電車に乗る前ほぼ必ずここで遅い 昼食を取っていたのだ僕は大体カレーを 注文していたように思うのだ父は大抵 ナポリタンとビールをグラス1杯頼んでい たのだ母がお土産に買ったブルーベリー ジャムの瓶を嬉しそうに眺めていたのも 覚えているのだ家族で行った旅行は ほとんどがアウトドアだったけれど こんな些細な昼食も山での時間もとても 貴重で優しい時間が流れていたのだと大人 になったいつくづく思うのだあの レストランが時代の流れで消えてしまった ことをしそんな思い出が旅の最終日に突如 として喚起されたのだ少々自分語りが過ぎ たのだごめんなさいなのだ僕にとって 軽井沢は秘書地でも別荘地でもない大変 思い出深い場所なのだそんな思いにふけり キカ銀座あたりにでも繰り出そうかと ロータリーへの階段を降りていた時ついに ふくらはぎが釣ったのだよもま5日間も 耐えてくれたものなのだ4日目に少し小村 返りしたがよりによって最終日の朝ふはが 派手に悲鳴をあげたのだこの日もいい天気 なの だ標高1000m近いので非常に涼しいの だけれども日差しはじりじり照りつけるの だどなのだ僕の入たちを見てか店の 兄ちゃんがありがとうございましたどこか 歩かれるんですか東京からここまで歩いて きたのだ今日電車で帰るのだ え大体期待通りの反応をいただけるのだ ほいなの だ少し森の方へ行ってみるのだ開放のご 挨拶なの だ美しいピアノの寝が聞こえるのだ解放さ れていたのでお邪魔してみたのだここでお 昼にしたの だ鬼下ろしそばなのだあい大根おろしと汁 に味噌と出しを解いていただくのだ うまかったのだそば湯がまた欲合うのだ駅 へ戻る途中立ち寄った土産物屋で軽い沢の 山中で生れぞ録音した自然音のCDを買っ てみたのだお店の方としばらくお話しして 楽しかったのだコーヒーまで出してもらっ ちゃって負けにもまで頂いてしまったのだ せっかくなのでアウトレット側もちょっと お散歩なのだアウトレットは御殿場にしか 行ったことないのだ別の機会に来てみたい なしかし人は本当に多いのださて帰ろうな の だ初めてい7に乗車するのだお分かり でしょうがここからは本当にあっさりなの だよ1は6日帰りは1時間何とも言えない 気持ちになりそうですね文明力の偉大さに 反復するやら切なやら車内ではずっと遠い 目をしていたと思うおっしゃる通りこの僕 が5日間かけて踏み倒した道のりだな1 時間半1時間半なのだよ涙なのだ不思議で も何でもないのだがこんな金属の箱が 300kmでかっ飛ばすのが異常なのか5 日間もかけて長野県まで歩くことがあれな のかモヤモヤするくらいに東京は暑いのだ 歩いてすご我れながら結構な1台イベント だったのだ苦しい時も当然あったけど 楽しかったのだついに終わりか楽しかった ですいつか自分も歩いてみたいです見て くれてどうもありがとう歩くなら真夏は やめた方が良いのだ切な旅日記にサボまで 付き合ってくれて本当にありがとう最後に 旅の相棒たちを紹介してまくとさせて いただくのだメレルのトレッキング シューズなのだ硬い道から足を守ってくれ てありがとうなのだこれからまたどこかに 行く時はよろしくなのだインナーソールな のだ足の豆を最小限に抑えてくれたのは君 とウールソックスのおかげだよなミレット のザなのだちょうどいいきさで助かったの だ8kg近い荷物を背負ってるとは思え ないくらい体に合ってたのだストックは 少しでも荷物を軽くしようと1本だけしか 連れていかなかったのだ薄い峠では助かっ たのだ麦笑防止あなたがいなければ僕は 倒れていたかもしれないのだいや100% 倒れていたでしょう1Lのボトルと コンバーチューブなのだ補給時は面倒だっ たが中大助かりだったのだチューブが ブラブラしないようにマグネットをテープ で固定したのだこれも地味にこをそうした んだよなノースフェイスのチェストバッグ なのだスマホ財布ノート行動色地図など すぐ取り出したいものは基本ここに入れて たのだ出発直前に買ってきたが判断は 正しかったのだ無印の足指パッドなのだ1 日終わりの足のリフレッシュに一役も2役 も買ってくたのだこれをつけて足を高くし て横になりフもよく解消できたのだ100 均の財布なのだペラペラなのだ軽いのだ 助かったのだアウトドアにはこいう財布に 限るのだスポンジなのだ100均で購入し た普通の食器洗い用のスポンジなのだ首や 腕を水で冷やしたい時に役に立ったのだは ゆなのだ虫除けようとしてアトマイザーに 入れて持っていったのだ吹きつける場所に 気をつけないと大変なことになるのだ スズメバチさんから守ってくれたのかな そう信じておこなのだ直接肌につつける なら希釈しないとダメなのだクッション シートなのだ道で足をマッサージしたり 座ったりする時に役立ったのだ軽いし重宝 をするのだ主な相棒アイテムはこんな ところなのだ以上のカーテンコールで旅 日記を終了させていただくのだ僕自身この 旅日記や皆さんとのやり取りは何度も 見返したいのでしょっちゅうと思うのだな のでご質問があれば遠慮なくどうぞなのだ お疲れ様いやあ150km以上歩いてるぜ 実際地図で見るのと実際歩くのじゃ全然 距離違うからな特に参道はマンポ系つけて たら250km行ってたと思うやっぱり そうだよな我れながらよくま歩いたものな のだ帰って来てから思ったけどマンポケ つけてりゃよかったのだ宿って旅出発前に 1日分予約してるのそうなのだ大体2週間 前には全て予約完了してたのだ軽い沢の 比較て安価な宿を探すのに偉い苦労をした のだホテル代込みでいくらかかった1日目 大宮65002日目熊50003日目藤岡 58004日目半中65005日目軽いざ 7000こんな感じ思ったより安いなこれ でゆっくり歩いてるのそれとも早め早くは 歩いていないかなかといってそれほど のんびりでもなく普段の歩みが結構 ゆっくりだから歩行ケースとしては ゆっくり目かもしれないのだカメラは何 使ってるの一眼は我慢してコンデジを持っ て言ったのだオリンパスのスタイラスなの だ毎日すごく楽しく見させてもらったよ ありがとうがっつり俺の地元を歩いてくれ たななんか嬉しいわお疲れ様でしたお疲れ みんなどうもありがとうなのだいろんな人 たちに見てもらえて嬉しいのだ楽しかった のだ少しでも楽しかった旅の思い出のお 裾分けができれば嬉しく思うのだ季節 国内外問わずみにも素敵旅の時間が訪れ ますようになのだそして旅好きなあなたと どこかで会えたりできたら嬉しいのだバイ バイなの だ次の旅行の参考になったかなチャンネル 登録と他の動画もよろしくなのだ

今回の旅は、年一回の1週間休暇を使って、徒歩で一人旅をしてきたのだ。

5日間歩いて、東京から軽井沢まで、中山道の宿場町巡りをしたのだ。

歩きながらついでに史跡巡りもしたのだ。

後編は熱中症になりかけたり、山である生き物に遭遇したり、山あり谷ありなのだ。果たして無事にゴールできたのかな?

★前編はこちら★

◎5チャンネル引用元スレッドのタイトル
引用元:【中山道】東京から軽井沢まで歩いてきた【5日間】

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神様のいたずらによって、ずんだもんに変身しちゃったイッチが主役なのだ。

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◎使わせていただいた声
VOICEVOX:ずんだもん
VOICEVOX:ちび式じい

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