東京から1本なのに衰退!40年間ずっと未完成の駅がスゴい…

さあ今東京秋葉原を出発して爆走列車 ツクバエクスプレスに乗ってますいや早い ねで今回焦点を当てていくのはこの終点 つばから先土浦方向茨城県の幻の鉄道です つばから先土浦の方までツクバ エクスプレスが伸びる計画がありますが 今回紹介する計画現実のものになっていれ ばもう一足先に今頃チラまで鉄道が伸びて いたのかもしれませんさつばは到着 はいそんなこんなでえ東京秋葉原から運賃 大体1200円ぐらいで到着ですスクバ エクスプレスの終点つば駅到着ですとでえ 今回の動画のタイトルなんですけどもま 東京から1本で来れるのにも関わらずえ 衰退をしてしまったとそして幻の鉄道計画 があったみたいなタイトルがついてるかと 思いますが今回注目していくのはこのつば とあとはここから少し東側の方に行った 常磐線の駅土浦このチーラをね重点的に見 ていきますでちょっと地図乗っけておき ますけどもあのこのツバエクスプレスもね 最近あの延伸計画のその延伸方向が決定し てですねえ筑波駅からこっちの地図東側の え常磐線のツーラの方までえ路線がね 伸ばされるみたいなことが決定したんです けども実はですねこの筑波からチーラの間 って昔1970年代ぐらいにはあの モノレールができる構想があってですねで その後も新交通システムだからあのゆり かもみたいな感じでこうゴムタイヤで走る ような鉄道の建設計画がずっとあってです ねでえ今から大体40年ぐらい前の 1985年にはつくば万博がねこの近くの 公園で開催されましたけどもその時ツクバ エクスプレスはなかったのでえ大体あの 常磐線の土浦とかあと万博中央駅ってのが ね常磐線の遠征に昔あったんですけどそこ から皆さんこっちの方までえバスを使って ですね会場に来るっていうことをやってた んですけどその時に土浦の辺りからこっち の筑波駅の方まで新しくね道路が整備され たりしたんですけどもその道路がですね その昔はあの万博に行くバス用に作られた んですけどもそれ後々その鉄道にあの転用 できるような構造になっていて今でもこれ ねあの車が通る道路として使われているん ですねなのでちょっとここから土浦の方 まで今から向かっていくんですけどもその 鉄道に転用されるはずだった道路の用地 なんかをね実際に見てえ巡っていきたいと 思いますんでこっからまずはえ津の方まで プラプラと歩きつつ様子をね観察していき たいと思いますんでよろしくお願いします でですねえここから土浦方向土浦の駅の 方向は東方向なんですけどもこの地図で いうこの辺りですねこういう風な感じで 伸びてるこの辺りの道路がですねあの万博 の方に向かうお客さんを輸送するために こう整備され道路なんかが含まれている ルートになってますでまず行くのはここ ですこのツクバからちょっと駅木がね まっすぐこう道路が伸びてるんですけど この辺りねちょこっととこう斜めに伸びて いるこの土浦とつばの主要道路を結ぶ バイパストンネルみたいなやつがあるん ですけどこのトンネルもですね90年代 ぐらいにできたんですけど後々その鉄道 用地というかその新交通システムに転用 できるようなえ構造になっているみたいな んですよね筑波大学の研究所めっちゃある のにこ東台もあるんかと思ったらこれは 違うわ東大通りではなく東大通りだったわ 紛らわしいで筑波駅から歩いて本当すぐの ところにトンネルの入り口がありますそ これがまず最初焦点を当てていくつば花村 トンネルここに鉄道を通す計画があった わけですしかもね中に1つ駅を作る計画も ありましたそのスペースが残ってますそん でですね1発目に入るトンネルがこちら もうすぐそこがつば駅になってるんです けどその真正面ですね本当100mいった ところにあるんですけど両サイドに2車線 2車線で道路地上の道はあるんですけども この片側1車線ずつここだけね地下にあの 入る道路が中央に設置されてるんですけど これがつば花トンネルって言ってちょっと 地図乗っけておきますけどもこのつば駅を 出て土浦方向に向かうあの道路とこう接続 をしているようなま地下でこうバイパス するような道路になってますあの高速道路 とかね特に有料道路とかではないんです けどなんかそういう風なね道路有料道路系 にありそうなこの標識とというか速度制限 も設けられていて40km制限だったり あとはね徒歩での通行とそれからチャリ チャリもね入ることができなくて確かに2 リしだてバイク系も入れなかった記憶が ありますけどもまそんな感じのトンネルに なってましてで万博開催されたのが85年 なんですけどもここのトンネルに関しては その後ですね万博が終わってで土浦からの 道路を整備しようってなった時に90年代 ぐらいにできたトンネルなんですけども これも後々その新交通システムへのこの 転換を想定した構造で作られてるんですで 面白いのがここから先道路は700m ぐらいでトンネルは終わっちゃうんです けどもそのトンネルの中にあの今バ声に なってるんですけどもあの駅としてね転用 を前提としたバス停っていうのが残ってる みたいでそこにねちょっと今から歩いて 入ります先にちょろっだけ触れておくと これからこのトンネルの後に向かうのが謎 の高架道路土浦ニューウェイていうところ でこ土浦のこう街中をですねこうブーっと こう土浦の首高って呼ばれているエリアに なってましてその土浦ニューウェイなんか も3kmに渡って非常に長いんですけども 将来的にはゆりかとかの進交通システムへ の転換が想定された構造になっているん ですよね常磐線とTXをつなぐバス荒川沖 行きとあと土浦行のバスなんか本当頻繁に この辺り取ってますね桜とのコントラスト 超綺麗 でつばはねこの街並を見ても景色のギャッ プっていうのがすごくてこの辺りとかね今 歩いてるエリアっていうのはこう新しい 一軒屋だったりとかこのマンションとかも 本当にもう見た感じに相当新しいような マンションがこう立ってるわけですよね これもあのツバエクスプレスが2000年 代にあの開業したのであの宅地カが進んで ですね新しくあの交通の便も良くなって 住みやすくなったんでえこういう風なね 新しい建物が立ったということなんです けども一方でこの道路挟んで反対側の方に 来るとここもなんかすごい年期の入った木 の門みたいなやつがもう南京場で閉められ ていてでその奥にはちょっと人が住んで なさそうなとか言って本当住んでたら めっちゃ申し訳ないんですけども結構その やっぱ正面のマンションと比べるとかなり 年期の入ったね住宅なんていうのも至る ところにあったりするんですよねこれもね 結構歴史が深くてですねこの辺りの住宅と いうかまと見て古るそうな集合住宅なんか は多分ですね1960年とか70年台 あたりにつばはその研究学園つまりはその 大学のあの研究所だったりとか大学の施設 なんかが多く立ってで開発をされることに なってでまだつばエクスプレスとかも伸び てなかったししかも万博も開催される前 注目浴びる前だったので住んでる人が 少なくこういう風なこう量みたいなもの あの学生量だったりとかあとはま社員料 みたいなものがこうたくさん立てられた らしいんですねでただその万博とそれから TXの開業とかもあってえ新しい住宅が こうポツポツと立つようになってきて そっちの住宅の方にあの家を移す方がね あの今になって増えてきてで昔の建物はま 立ち退きが行われたりとかあのサラになっ てであの民間に売却されるとかそういう こともね結構多いみたいでまただ解体され ずにそのまま残されているま昔のね団地 みたいな建物多いとのことなのであの本当 にマンションっていうかその建物の年代の ギャップってのはものすごいですねほら あれとかもものすごいちょっと遠目から 見ると分かんないですけど近くから見ると だいぶ年期の入ったマンションになって ますねいややばいちょっとこういうの 大好きすぎるんですけどこのさっきのね トンネルの入り口があったのここつば花 トンネルがこう点線のところこういう風に 通っててでこことここの道路をこうよ感じ になっててでバステがですねここにあるん ですよここだから僕が立っているこの右 斜め前ここの地下にバステがあ るってことだからねどういうことどっから どっから入ればいいのこれわあ綺麗だね いい感じのこの歩道とあと自転車道かな みたいな感じでここの歩行車用の道路もね 道路っていうか通路も整備されてますねで またちょっと後で触れますけどチラはあの 本当に鉄道パンからする非常に面白くて ですねまその鉄道店のルート今から紹介 するものもあればまツバエクスプレスの 延伸計画もあればまたあのつば鉄道って 言って昔は本当にあのつばさんの麓辺り まで土浦から分岐をしてえ伸びている鉄道 もあったんですよねもう廃止になってで そこの筑波鉄道の配線跡もその線路があっ たところがねこういう風に綺麗に自転車が 通れるような自転車道みたいな感じで整備 されてるんですよちょっとそれについても この後触れますこの辺りはねアズマって いう地名になっていてでアズマバステの 名前もアズマという風に言言うみたいです で右手には結構新しそうなマンションが あるんですけどもその一方でですねほら こっちですよマジではいはいきえ住んでる 人いるのかなこれチャリ置場があって一応 チャリが1台赤いやつが置かれているっち 置かれているんですけど直近で乗ったけ なんか掃除機のゴミがなんかこうぶっこま れちゃってて誰か乗った形跡はないしかも 落書きがすんげえことになってる管理会社 とかいたらあの共育機とか払うはずなんで あのこういうのもね清掃されるはず でしょうけどもね住人の方がいたらまこれ がそのままってことは人は住んでいないと いうことでしょうねああ多分そうですね 玄関も玄関でここの窓ガラスの部分にも こうね木の板みたいなやつがられててま窓 ガラスが割れるのこう防止してるん でしょうけどね人が住んでる気配はないな 僕の後ろに普通にあのこう通りになってい て人通りめっちゃ多いんですよ学生さんと かも歩いているような真横でこれですから ねまなんとなくこのちょっとこうま 色合わせてるだけかもしれないんですけど この淡いオレンジの色使いとかはなんか こうちょっと昭和を感じるような色になっ てるのかなと個人的には思いましたけど あとこの螺旋階段も結構こう錆びてて ちょっと恐ろしい恐ろしいというかあの 怖いような感じになっちゃってますね夜来 たらめっちゃ怖そうだけどもう階段の中も こういうのってあの肝試しとかで入る人多 そうすよねだからその対策なのか閉められ ちゃっているような感じになってるなこの 橋とかも昭和53年に作られてるのでえ 戦後30年ぐらいかなそうだから70年と か万博開催前に作られてる橋ですねだから 本当にここのマンションと作られた年代は 同じぐらいっぽいすよねうわあここ通りを 挟んでよ左側はもうめっちゃいい感じの おしゃれマンションですからねこの景色の ギャップよでちょっとバス停のすぐ近くに 来てるんですけどねここすぐ前の正面の 地下にバス停があるはずなんだが見当たら んぞどこにあるねんうわわわわあった こんなところにあったあそこですねなんか ちょっと公園遊具がある公園みたいなやつ があってそこの下にね伸びる謎のトンネル みたいなやつがこれで多分地下に入るんだ ななるほど分かった ぞまずねここのエリアには人がいない全然 人がいないんでねちょっと不気味さすら 感じますけどもなんかこれがもう後々その 新交通システムの駅に転用される前提で 作られたっていうことみたいですからねま でも確かにこも登り線とくり線みたいな 感じになっててでこれが最後さってこう いう風に外に出ててで駅前にはこう ちょっとねあの後々お見せしますけどちょ ロータリーっぽいようなちょっと駅前空間 が確保されてるんですよねで家も近いと もう同線とかこの周辺エリアはもう駅とし てはもう完璧って感じですよねうわうわ うわうわうわこんな感じになってますこれ がつば花村トンネルのえ内側1箇所だけ このトンネル700mぐらいなんですけど ここ1箇所にしかバス停がないということ ですねでここにはね関東鉄道のバス停が 設置されてますこれアズマバス停なんです けどなんかちょっとあか途中の名前が変更 になったのかな小松坂上っていうバ生だっ たのかな後からこう変更になってましてで ねバスのホスもこれだいぶ少なくてなんか もう直近でも運行終了したようなバスが あってですねだ土浦駅東口がやってきて いる他あとはこのTMライナーって言って これはあのつばとかツーラこの地域から 水戸まで一気に結ぶようなバスになってる んですけどでもこれもあれですわ平日の朝 1本投げだから通勤ラッシュに合わせて 運行されてるって感じなんでしょうね これしかバスは来てませんで土日は全部 つくばセンターの方だから駅側の方発着に なってるでしょうかここは経由しないま 経由しないかどうか分からないけどま停車 はしないような感じになってるみたいうわ 周りがあのコンクリートに覆われているの で結構この辺りだけひんやりとした空気で 夜とかに来たらこりゃ不気味そうですよね ちょっとだけこうなんか鉄道駅のような 感じでうイ線がこう設置されてるんですよ ねであバスもねバス停がこんな感じでバス 1両プラスアルファ分ぐらいのまその停留 場の用地が加工されてるんですけどもそっ から先もねバスが止まるだけだったら別に こっから先の用地って長さいらないと思う んですけどもちょっとこういう風にね余分 に確保されているのは進交通システム停車 を想定してちょっと長く確保したのかも しれないていうか多分そうですよねほら 向こう全く同じ 登り線く線も両方同じような感じでこう 白い車線が引かれてますけどこれ がちょっと余分に確保されてる用地ですね で歩行車は中トンネルの中通れないので 完全にやっぱトンネル内に歩行車通路は もうないような感じ省かれてるような感じ だ運転手さんからしたらこれいきなり なんか歩行者っていうか人間がここの空間 に現れた多分びっくりするだろうなしかも こう四角になってるんでねなんであいつ どうやって入ったんてなりそうですけどね 普通の電車とかだったら上に下線引いて上 から電気を仕入れる必要があるので天井を 確保しないといけないんですけど進交通 システムだったらゴムタイヤで走ってで 根元からね電気を仕入れることになるので そうなったらここだいぶあの空間ゆとりの ある駅になってたんじゃないかなとかこう 妄想をね膨らましつつ歩くこの待ち歩きっ てのたまんないですね本当にこのバスが 止まる用地だけ使ったとしたら多分進交通 システムだったらまギリ頑張って2両入る かなぐらいの用地になっちゃうんでここの 両端の部分含めたら4はギリ止まれそうな 感じもしますけどもねなからここの アスファルトの部分を取っ払ってこういう 風にここで分岐をさせて鉄道の駅にすると したら2面4線構造になるのかなあの新 幹線と同じような感じで真ん中に2本線の がボーっと折っててで停車する列車こう いう風に履けてこう横にこう入ってくよう な 感じになるんじゃないかなと思いますね 構造的にいやでも雰囲気は本当ちょっとし た廃墟こう歩いてるよう な感じですね落ち葉がツモっちゃっててま そもそもバス停の利用者もいるかわから ないのでこの辺りも黒墨がってあっていう ことを話していたさ中ですねどっかの業者 さんかなんかが すれ違っていきましたね何してんだろう 一応トンネル内にはなってるのでああいう 風に多分なんか車関係のあの機器なんかが こう設置をされてるのでそれの点検みたい ですねあとなんか機械粉みたいなやつも あるのでそれ関係のなんかお仕事なのかも しれないですけどびっくりしたマジで なんかやべえヤンキーとかが来てあのラガ してんかと思ったらねなんかあこれあれだ わあの落書きじゃないですねあの業務関係 のけですはヤンキーは多分こういう風な 感じ書かないでしょうからね多分ねいやで もわかんないなもしかしたらあの数学好き なインテリアキーが来たのかもしれない いや駅がこう設置されてたらどうなってた んですかねつば駅からはちょっと離れてる んでこっから歩いてアクセスみたいな感じ になってたのかなこうように駅降りて 改札口があってぱこの辺りも広々と整備さ れてるんですよねほらここの真下がね道路 になってるんですけどここの辺りも ちょっとねアスパルトこのエリア余分に 確保されていたりしていてだから何か駅は 設置されるとなったらここら辺に駅舎とか を建てる予定だったんじゃないのかな駅 設置されてたらこれもう最高の駅前になっ てたでしょうね桜が超いい感桜なきみたい な感じになってんですこはねしかも本当 犯罪が一見も大きなそうな超完成な住宅街 って感じでいいっすね平和でえさっきも見 たですねこのピンク色とそれからこの白色 の団地他のエリアにも結構あってですねで こっちの方は普通に人が入居してるっぽい んですよねこちらとかもそうですねさっき よりかはちょっと新しいのかなという感じ ですけどもエントランスの部分見ると自転 車が置かれていたりあと自動販売機とか エレベーターなんかが普通に稼働している みたいなので建物によってはねまだ人住ん でるところもえちらほらあるみたい さそしてさっきの花村トンネルのえ出口側 ですねこんな感じで道路のこの真ん中から 出てくるような形今僕が立っている古川橋 の左の方からぬめっとこうカーブでやって きてここから出るような形かなでやっぱね 奥の方見るとこのトンネル以降はえ片側3 車線ぐらいかなだいぶ線数多くなってい ますけどもでもしここ進行通システムが 通るえことになっていたらこの真ん中の2 車線かなえ片側1車線ずつとこの中央に あるこの下段部分が撤去されてえ進交通 システムがこう通るようになってたのかな 本当だから大阪メトロみ堂筋線の景色 そっくりになってたんじゃないかなさ そしてテクテクと浦方向に歩いていくと ちょっと面白い公園を見つけました ちょっと内容から派生しちゃうんですけど も行ってみたいと思いますこれ桜交通公園 かななんと公園内にどでかいSLが展示さ れて ますもうね遠目から見えて分かったんです けどこのね腕儀式信号機ね昔の信号機が こうもう道路側に置かれてるんでこれは なんじゃいと思ったんですけどこれは 面白いぞですごい昔ながらのちょっとバス も置かれてるんでちょっと見ていき ましょうかねすんごい年期の入った デゴイチがね置かれてますあちょっと やばい蚊が結構虫が多いのねボウフラ蚊が 沸きまくっちゃってたあれだけどこの機関 車はは12年に完成しましたなのでいや 本当日中戦争とか時30 1937年とか8年とかそれぐらいかな 元々山陽本線のえ姫路広島を走てへえそう なんだ西日本のエリアで活躍してからえ 戦後に北海道に移されて小樽チコ追分ご 旅客へ函館本線の辺りでえ活躍をしてで その間に走った距離が大体すげえ 287km走ったと地球から月までの距離 が38万kmなので月まで地球から月まで 3往復半端ねえなで交通公園っていうだけ あってこれね色々なこの道路標識がこう 描かれてるか設置されてるんですけども ここあのちっちゃい子が自転車のあの自転 車乗るあの練習とかでね来ることがだいぶ 多いみたいですねそうなのでちょっと ちっちゃいプ標識がたり自転車サイズのね こういう風な道路が設けられていてで しかもねここ貸自転車GOカートの サービスもあるみたいで普通の放置され てる公園ってよりかはこれ貸し出しがある んでねあの管理人によってしっかりと毎日 毎日管理をされてるような公園みたいです ねなから手札で来て自転車の練習をしたり もできんのかなてか普通に豪ガート乗って みたいな昔使われていた踏切もそのまま 残されてますね うわすごいなやっぱデゴイチは迫力あり ますよね他のあの蒸気機関車と比べても やっぱでかいし重たそうって感じごついっ ていうのがねあのデゴ1の印象ですけどね これが一昔前に使われていた腕儀式信号機 今ではもうデジタルでパッパッパッて色が 変わりますけどもこういう風なちょっと こう長細いやつで色がこういう風になんか セロファンみたいな感じでこう赤青黄色 みたいな感じになっててでこれを下の方の このこのねなんかレバーみたいなこの アイスクリームの棒みたいなやつがあり ますけどここをガチャガチャとあの係りの 方がこう操作することでこう色が変わって いくみたいな方式になってますちょっとね アナログタイプなんですよね今であの津軽 鉄道の方で使われてたかな青森の方であの 若干本当に本当にもうごく限られた鉄道 路線で使われてと思いますけどGRとかで はもうほとんどてかもう多分ねほぼなかっ たと思いますねおっとこちらはちょっとタ の味を感じますけどもね赤が駅舎になって ますなるほどねこれが公園の受付になっ てるみたいです自転車は50円で豪カート は100円なので安いいいね受付までも しっかりとちょっと鉄がこうグっとくる ような赤レンガのデザインになってます そして巨大なバスも展示されてますねこれ は年期が入ってるよ列車のような感じで ここワンマンの表示があってドリーム号 東京と書いてあります gnrのマークも表示されてるんですよね そうこれね国鉄が作ったバスみたいで透明 高速を走らせるように国鉄があの製造をま 発注してま作った製造本当に作ったところ は別の会社みたいなんですけども国鉄が 発注して作ったバスみたいですね うわあなかなか鉄道博物館とかだったら昔 の鉄道って見る機会ありますけどこの 1960年代ぐらいのバスって なかなか見る機会ないから新鮮だな折り戸 きになっててわ生理券とかの表記もねその まま残されてますね政権お取りくださいの 表記この行き先表示する辺りは本当にあの 東海道昔のあの東海道新幹線に似てますよ ねちょっと事態とかもこう丸くなってる この窓の中にこうくるくると回るね紙が 仕込まれててで自体もちょっとこう 丸っこいような感じっての鉄道にやっぱ 国鉄があの発注をしてるみたいなんで仕様 は似てますねうわあ国鉄のマークも ある昔のあの客車のグリーン車みたいな この黄色いモケットもねちゃんとそのまま 残されてるんですよね透明国鉄ハイウェイ パス地球1周が大体4万kmなのでこれ 合計でえ34回ぐらい回ったことになる みたいものすごい走行距離だ64年 デビューとかなのでだから本当東海道新 幹線開業と同年ぐらいのバス反世紀以上前 にできたものになってるみたいですいいね ここあの信号機もね設置されてるんです けど自転車練習用なのでこう合法的にね あの信号無視ができるというさあで結局 歩いてねつば行前に戻ってきましたって いうのもこのさっきの公園の近くに停留所 がなかったんですよね乗り込んだのは土浦 駅行きのバスここから大体30分ぐらい ですかねそうただねここのさっき入ったえ 花村トンネルここね大型車の通行は禁止ま 路線バスは入れるみたいなんですけども なぜかこのバスはここのルートを回避して ですねこうカクカクと進んででまたねこの 花村トンネルのこの出口のところでえこう 合流をするような感じになっていましたね なんでだろうこれ中入りたかったんだけど な通れずでですね今つばと津浦を結ぶ ルートとなっているのがこのえ今剣道の 24号線になってます片側2車線ずつの 道路でもこの辺りもね結構もう閉店して しまった店舗なんかもだいぶ多いみたいで だここをもう万博の時はあの連接バス なんかこうガンガンガンガンこう乗り入れ ていたってことになるんでしょうきっとね 当時を想像しつつ走りますでですねここ から先もう1つね行ってみたいものがあり ましてそれがツチウラニューウェイという 道路になってますこのツーラの東側の部分 がこうカーブをしてこっちの方までこう 伸びてきていてでちょうどこの川の辺り ですかねこの川を渡るか渡らないかぐらい まで伸びてるのが土浦ニューウェイという 高架道路スシーラ市内では非常に珍しい 効果ドロになっててこれも万博の時85年 にできてでその後その鉄道用の新交通 システムに転用が想定されて作られた構造 になっているとのことで高架道路内には3 つほどバス停があるみたいなんですけども そのバス停がもう駅の構造を想定して作ら れているみたいなんですよねほらこれ今ね マップありましたけど東口の方にワープ するんであればこの今ね分岐してるこれが 土浦ニューウェイですここに乗っていくと もう駅の東まであの信号とかを経由せずに 直で行くことができますでこのバスは土浦 上の方行くんかなと思ってたんですけど下 の方を行っちゃいましてこの下道で西口の 方にね出るバスだったみたいなので一旦は この下ま津浦ニウ下から眺めつつ西口まで 行ってでで今度タクシーに乗ってねこっち の実際にニウの方走ってみたいと思い ます当時万博開催時ということもあってま 各国の首脳だったりとか大さんがこう 集まるようなところだったので警官は相当 配慮されたらしいですねなのでこの脚の 部分なんかもこうワの字にこう分岐をして いるような1本のね綺麗なアーチ上の客で こう結ばれていましてでこれですよこれ これこれバス停の入り口なんですけども パっと見ちょっとね駅のような構造してる のが分かるかと思います新交通システムと かによくあるようなこういう風なあの階段 とエスカレーターがついていて地上から 登っていってでえ高架場まで出てそこから 鉄道に乗るみたいな感じあの日暮里ト ライナーとかニュシャトルとかの構造に似 たような感じですかねでこの辺りでで土浦 ニューウェイの方は左側にれるような形に なりますあこれもそうだ信号の辺りねここ もバス停の方に伸びるはごはごというかま 階段ですけども鉄道への転用が想定されて いたと西口がのロータリはこんな感じです 前なんか企画であの東京から郡山まで誰も 使わないルートで行くみたいな動画で チーラ来たそれぶりだったかなちなみに ツチウラもあの宇都宮なんかと同じくあの 自転車の街として知られていてですね貸 自転車が駅前にたくさんあります土浦の駅 構内はこんな感じですおちょっと珍しい 機関車止まってますよこれ家500の3一 500ってこれ東北方面で活躍する機関車 なんですけど本来こんな感じのようなあの 見た目の機関車が使われていてこの1番 最初に作られた本当古いやつだけちょっと ね色と形が異なってるんですよね試作者 って言うんですけどもお試しで作ったよう な感じになってるのででちょっとだけ テイストが異なっているちょっとね場所は 忘れてしまったんですけども1日に数本 貨物列車の発着があるみたいで今右に貨物 止まってますけどもコンテナをここでこう 貨車に積み込んで出発を待っているような 状態なんだと思います今オフレールコンテ ナって言ってあの貨物列車来なくなった けど貨物ターミナルだけそのまま使ってで 肝心の荷物はトラックで全部輸送する みたいな携帯が増えているのでちゃんと 貨物の取り扱いがある駅って結構ね最近 珍しくなってきてるんですよねまただ チーラもこの緑色のフェンスの1個手前側 多分線路があったんでしょうけどもそこも 線路撤去されちゃってますねで肝心の土浦 ニュウェイがこちらですよ土浦駅の 北側土浦なんてもう何度も何度も僕も来て たんですけどもこの企画というか動画を 撮るまで土浦ニュウの存在気づかずね ちょっとお恥ずですけどもこんなんあった んだと感心してしまいましたねでニュー ウェはこのえ東側のロータリー部分の方 まで伸びていて車もガンガンこのニュウの 方に入っているようなえ状態でしたね進行 通システムができていればだからこの東側 のところにえ乗り換え口が設けられていて こっちはねたくさんのお客さんで賑わって いたことなんでしょうけどもシ東川こんな 感じ西がメインで役所とかあるので ちょっとこっちは僕も初めて来たんです けど結構人少ないなという印象ですね こんな感じで地元のあの周遊バスかなえ羅 市のえバスなんかも運転をされていますま ただ色々観察してみたところこの市内の この巡回バスかなこれはそのニューウェの 方には入らないみたいなんですよねそうな ので時間帯的にどうしても乗りたい方はね タクシー使うのが良いんじゃないかなと 思いましたね成田空港行きバス乗り場の 手前にははこう広大なロータリーが広がっ てるんですけどもここもだからその万博の 名残りとかなのかな昔はここにたくさんの バスがこう発着をしていたとかそういう 感じなのか なそしてこちら正面これはなかなか面白い ですよね本当になんかちょっとした高速 道路というか有料道路の入り口っぽくなっ てますでこっちのニュウの方も結構制約の 多い道路になっていてえ確かですね 40km制限でで大型車とかのね制限侵入 制限なんかもあったと思います駅の 横っちょにあるこの看板これなんかね 怪しいの消されてるぞと思って拡大して みるとこれ多分国鉄ですね多分というか これ絶対そうだ国鉄時代からある看板JR 化に伴って多分ねこの文字が一生懸命こう 消されたんでしょうニューウェイの方は これ歩行車自転車それから2輪のバイク あとトラックなんかもえ通行が止みたい ですただこの津浦に結構長くてですね西側 の方本当駅から離れた3kmぐらいの ところまでずっと効果ででそれまで 出入り口とはないので駅の市街地駅周辺に 行くにはちょっと不便なので車通りは言う ほどめっちゃ多いという感じはなかった ですねでちょっとボケとしてて飛行機が 飛んできたんで拡大してみるとエアカナ ダって書いてありますねへえ一的に成田 空港こからカナダ行く便なのか なさあさあちょっとタクシーを捕まえまし てここから行きますシラニュウ僕も初めて 通ります地方都市の中心市街地に高架道路 を導入した全国初めての例だったそうです ね当時1985年チラの首とも呼ばれて いる路線みたいなんですよね一気にここで 土浦の常磐線の線路を上でえオーバー クロスしてですね奥の方に進んでいきます 今505の看板見えましたけどもこれです ねずっと左手の方にここの土浦ニウに沿う ような形で505mもの長い商店街が続い ていますその天井部分屋上部分に左側広告 がね設けられてるんですけどこの商店街も ちょっとね後で行ってみることにしたいと 思いますでここだけ見るとほああったあっ たったこの左手にまず1個目のバステが ありましたねで確かにこの駅寄りの数 100mぐらいは本当なんか首都走ってる ような感じちょっと首都の建物少なくした バージョンみたいな感じなんですよねただ そんなちょっと都会っぽい景色が続くのも 本当に12分程度でこの5で3kmある うちの西側2kmぐらいはもう割と高層 ビルなんかも少なくのどかな部分を走行し てくような感じになってますあここも2つ 目のバス停かな進交通システムだとまま 大体23両ぐらい停車できるかなぐらいの スペースはえ確保されているみたいです ねスクバ万博開催の時にはここも本当に何 のトラブルもなくこの駅の方からねエシラ の方からお客さんを輸送し大活躍でえ終了 したみたいなんですけども一方でやっぱ その後道路としてこういう風に一般的に 活躍するようになってからはですねその 市街地の方に途中で降りれなかったりする のでむしろ中心市街地の体がこう進んで しまったりだったりとか色々な問題もあっ たみたいですこちらが3つ目の駅ですね うんまただ路線場数自体も相当本数は 少ないみたいで僕は見た感じだとバステに 立ってるお客さんてのは0人一応その関東 鉄道のえバスのね運行系統18番かな スクバテクノパークの方に行くバスに乗る とですねここを経由するバス乗れるみたい ですでまタクシー乗って駅の方に戻ったん ですけどま生ぜ2000円ぐらいかなと 思ってたら普通に3500円ぐらいして 結構お金かかっちゃいましたねうんでえ この辺りでさっきのあの正面から眺めてい た地点ですねここで下に降りていくとはい そしてタクシーで土浦ニューウェイざーっ と通ってきてでまた駅の近くまで戻ってき たんですけどこれがですねえモール505 という商店街になってますここねかつては 日本一の商店街と言われた場所何が日本一 かというとこの長さですねこれはすごいよ ここの真上があの土浦ニューウェイになっ ててさっき通ったあの高架道路ですねで この上のね土浦ニュウもさっき解説した 通りつば万博と同じ年これね突貫行事で できたんですよね1年半ぐらいでツクバ 万博の直前でま万博の輸送ルートを確保 するためだったんでなんと間に合わせよ つって1年半で完成しでこのモール505 も85年このあのえ土浦ニュウこれができ た年に同時期に設置された商店街という ことになってますでなぜこれ当時日本一の 繁華街と言われていたかと言うと長さです あやばいこれ音楽入ってるなちょっと著作 権ややややややばいはいオッケーここまで くれば大丈夫でこれその長さなんですね 505っていうのはこれさっきの土浦方向 向こう土浦方向なんですけど土浦の方から この土浦ニューウェイに沿ってですね 505m続いているのでモール505この 通りがずっと続いてるということになって ますでその構造もすごくてですねこれ小天 街はこう真ん中こう通りのようになってて こ人間が歩く通りなんですけどこの横の ところこれね3階建て構造になってます この3階構造がずっとこれ奥の方まで続い ているんですよねねでどんなお店が入っ てるのかて気になったんですけど本当に 色々なお店が入ってますねこのねもじ焼き のお店でこっちベトナム料理で今ね流行り のcbdのお店ですねあのC社のお店なの かななんかも入ってたりしますけどもでも ねテナントもだいぶ多いみたいでやっぱ 人間のアクセスあああ猫カフェなんかも ある人間のアクセス的にやっぱり階段使っ ていけるこの1階部分2階部分に結構あの テナが入っててで3階部分はね結構お店の 数は少なくなってるかなという感じになっ てます子供の日間近ということでね ゴールデンウィーク手前なのであのこの前 行った川越とかと同様にあの鯉のぼりがね こう飾られてますけどあこの辺りももう なんか空屋というかねもうお店が出て しまっていて看板だけが取り下げられてる ようなお店もだいぶ多いみたいですね一方 で今風のお店まつ毛美容駅松葉とかかな そういうちょっとこう女性人気高そうなね おっしゃれなお店なんかも入っていると いう感じですねうんで商店街観はこういう 風にありますねこうなんかアーケードまで いかないこうアーチのようなものがあって ですねいかにも商店街っていう感じはする んですけど人通りはマジで少ないですねで エスカレーターと階段もありましてここを 登っていくとですねえ向こうの2階部分の 方に繋がっているみたいですけどスレたは もうこれ うわやばいいっすねこれもう埃がかぶっ ちゃって てガム 落ち葉もうだいぶ稼働してない感が伝わっ てきますね本当こう時が止まったような 感じだわ当分の間エスカレーターの運転を 吸収しますと2000年2010年ぐらい まで稼働してたみたいなんですけども今で はね階段のみという感じになっちゃって ますねいやありましたよこれですよこの 土浦ニューウェイには3つバス停があって さっきもねあの車乗ってて3つ見えたと 思いますけどもこの下から見た図ですね こういう風に階段が設置されていて上に 入れるような構造になってますこれもだ からそのモノレールですねモノレールと いうか新交通システムかそれを作る際に 鉄道の駅に転用できるような感じでねこう 設置したんだと思います本当構造が駅にて てかあれあのあれですあの埼玉の大宮から ね内宿まで走ってるニューシャトルのえ駅 の構造にめっちゃ似てますねこう両サイド から入っていって一旦ここで中間が繋がっ ててさらに上の方に上がっていくみたいな そんな感じうわあすごいわこれは ちょっとこっち側もね下からの出口が多分 続いていたんでしょうけども向こう閉鎖さ れちゃってわでタイルもだいぶ黒ずみが ひどいことになっていてここもそもそも 立ち入り禁止の看板だったんでしょうけど それさえももう風で投倒されちゃってます ね ええここもエスカレーターはもうだいぶ昔 に止まったままって感じですねあゴミが めっちゃ投げ入れられてる わこりゃすごいわ ええここ多分立ち入れ禁止だと思うてか 向こうの方にはロープが払れて入れない ようになってますけどこう看板投げ倒すれ てなんか入れなくはないような感じになっ ちゃってるけどなま一応っていうかうん ちょっと怖いんでここから入るやめておき ますけどすごいなそんでここの通路はね駅 からこう駅ってかまここのバス停部分から 向こうのあの商店街の中直結になってる みたいですねだからここずっと最盛紀の頃 には多分向こう人たくさんこう賑わってて でそこから人がこういう風に来てそのまま あのこっちの方来てねあのバスに乗れたん だと思います福万博の時はどうだったん だろうそこのつばの方に行くバスなんかも ここに止まってたのかなちょっとねそこ までは調べたいでわかんないんですけどま 定理所あるってことはここから万博方向に もねバスが止まってそのまま乗ってつばの 方に行けたのかもしれないですよねいや マジで面白いこれチューラの首都だっけ 茨城の首都だっけなそういう風に言われて いた理由が分かりますよねここ辺り本当に この土浦の駅側は高層ビルの中をこう走っ てくような感じにえなってるので首都の 景色ちょっと建物少なくした首都の景色に 似てるシコも絶対こういう風にあの道路の 中ね立ち入れないんでこれは面白いでこれ がえバス製ですね関東鉄道の今でもねえ バス停が設置されてますけどこれバス来ん のかなあやっぱ来ないよねさっきのあれだ あそこのトンネルの中ね行きましたけども つばの辺りのそれと多分同じバスなのかな 朝1本のみ休日はバスは全く運転されて ないようなえ状況になってます 正面には謎の建物この天井部分というかね 上の方はもう黒ずんじゃってて正直もう 営業してるのか分からないような感じに なって ますこれも新交通システムが仮にできるん だとしたら2面4000っぽいですよね 構造がこう来て線路真ん中2本外に2本 ずつま2本2本で停車する列車がこういう 風に来てこう止まっていたとなやっぱバス が停車するにやっぱここもねちょっとね 長いですよねここの停車エリアこれもだ から進交通システムを停車させるのこ想定 したんでしょうねきっとこれねヒッチ ハイクはねちょっとしやすいかもしれない ですねこヒチのコツってこういう風にこう こういう風に偶サインするじゃないですか でこの後のところ自分の後方にこう停車 スペースがあると運転手さんはここにね車 止めることができるんでちゃく成功し やすいんですよまでもバス停なんで ちょっとやるのはまずいでしょうけどもで も結構車を止まってくれそうなのまリチっ て感じですかねま整備されたのが85年と かでもう40年前とかなのであの エレベーターなんかもね設置されてないん ですよね上の方に行くエスカレーターしか ないのでちょっとバリアフリー的な観点 からすると駅として転用するのもう今から だと難しいのかもしれないですよねで結構 下の方にはこう緑なんかがこうおいしげっ ていてですねこう自然豊かな雰囲気になっ てます鯉のぼりが 気持ちよさそうにこう泳いでますけども 人気は本当に少ないですねモール505も こうつば方面とそれから土浦方面こう伸び てるんですけどもやっぱ土浦駅の方面の方 が色々テナント入っていたりするんです けどもつば方面だからちょっと遠い方に 行ったりするとあのテナントていうかお店 入ってる箇所っての少なくて空屋だったり とかカ倉庫がえ目立つような感じになって ますこの辺りも多分ね水が流れてたと思う んですけども今コケが生えちゃってて あそことかもちょっとねこ人間が渡れる ようにこう踏み台みたいな石のようなもの が設けられてますけど水はもう取らなく なっちゃってるみたいです ねこの道路に向けて広告を設置するんで あればこの3階の上の部分にねこう設置を するのが一番こう合理的というかねいい 感じだったんでしょうけども3階部分の方 にもね誰かが立ち入ってこう落書きされた 痕跡なんかがたくさんあるような感じに なってました モール505はちょっと蛇のようにこう上 から見るとこんな感じでこううねうねと うねるような感じになってるんですけども これ元々川口側っていうんですかねあの川 が通っていたみたいででその跡地に設置さ れているのでこういう風なちょっとくねっ とした構造になっているみたいそしてここ もねなんかちょステージみたいな感じに なっていて正面の方にはこう椅子というか こう3段ぐらいのね客席なんかも設けられ ていてま土日とか祝日になるとここでなん かイベントかなんかが当時行われていたの か なそして土浦方向に歩き終わるとここで 常磐線とぶつかることになりますでここ 以前ねうちのチャンネルでも紹介したん ですけどここの根っこの部分に本当常磐線 海洋当時明治時代くらいからのあのレガ 済みのねこの兄弟みたいなやつが残ってい たりあとここですね昔はここから左方向に こう分岐をしてつば鉄道っていうのがあの 筑波駅の本当つばさんの麓の方まで伸びて いてそれこそあの上野方向からのねgrr からの直通列車なんかもあったりしていや まさかねここの上通ってた高架道路に そんな歴史があったとはねまたねちょっと 新しい発見があってね嬉しかったですけど でこの辺りはえイベントホールになってて ですねこの中に多分大きいホールがあるん でしょうけどももうだいぶ長いこと使われ ていないみたいですねシャッターも閉め られてしまっていて昔なんか開催した演劇 かなんかのあの広告がこうペタペタとこう 貼られたまんまになっちゃってます ね1番土浦側にはえモール505のマップ もありましたねつばよりがA頭になってい てこっちがねイトABCDEによって構成 されているみたいでやっぱ1回2階はねお 店の数は割と多いみたいなんですけど3階 がね結構倉庫とかになっていてやっぱり つば方面に行くと空室はかなり目立って いるような状況なんかで見たんですけども あの出率みたいなあの秋率は大体45% から50%とかそれぐらいになっていたと 思いますやっぱこの寄りの1階とかには 結構ねこう店が入ってますねこの 辺りエスカレーターも止まっていてそれ からエレベーターもねほぼま一応あ るっちゃあるみたいなんですけど台数自体 はね非常に少ないみたいなのでご恒例の方 が上の方にこう登るよりするのもだいぶ 厳しいでしょうからね至るところにその スケボ禁止の看板が貼ってあってま夜は 多分若い子たちのたまり場になってるん じゃないかなと思います

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②【1日目】各駅停車だけで日本縦断の旅 〜重大トラブル発生!〜
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45 Comments

  1. 土浦亀城公園横にある、かめ屋のカツ丼が美味いです。
    あれ、1988年くらいは土浦ニューウェイオートバイ走れたな。
    それで常磐道行ったもん

  2. 昔々つくばに住んでいました.色々懐かしかったです.
    花室トンネルも土浦ニューウェイも鉄道と関連した歴史があったとは,,,初知りでした.
    人口衰退が進む土浦にTXが延伸した際の街づくりに期待ですね
    (TX沿線はまだしも,つくば市はうまく行ってなさそうなので)

  3. 土浦駅周辺も85年を境に下り坂ですが、90年代前半くらいまではまだ人通りが多くにぎやかだったんですけどね・・90年代後半以降に丸井、西友、小網屋(地元資本の百貨店)、ヨーカドー、駅ビルWING等々、続々撤退していきましたね・・・駅ビルは今も自転車の施設として残ってますが、昔はいっぱいテナントが入っていてにぎやかでした。

  4. つくば市中心部の現代風の街並みになってる地区でも、多くはもともと70年代竣工の官舎が建っていました。
    今は新旧混在している中心部も、TX開業前までは完全な”昭和のニュータウン”状態で、そこに研究者や大学職員の家族が入居し、非常に活気がありましたよ。
    今は過渡期で、段階的に官舎を閉鎖・解体している最中で、黎明期の筑波研究学園都市の象徴だった「昭和の団地」もこの10年でずいぶん姿を消してしまいました。
    現在は廃墟のような姿を晒している官舎群も、いずれすべて解体されて民間に売却され、今どきの高層マンションや建売住宅に置き換わることでしょう。

  5. つくばと土浦は昔1時間に1本くらいニューウェイ経由の急行便がありました つくばに電車がなかったので土浦(荒川沖、ひたち野うしく)への路線バスが走っていました テクノパーク大穂(工業団地)や高エネ研への通勤需要をさばいていた名残で路線維持のため土浦駅行き残ってます それ以外はつくばセンターで系統分離されてます 主力は高速バスであの鹿島線より多かった!2階建てバスも投入されてました

  6. 官舎は大学や研究所の独法化で持ち分が細切れになってしまい維持に四苦八苦です 建て直せないので古い方から閉鎖してます いずれ民間に土地が売られますが、一気に放出すると老朽化も一気にくること、継続的に供給しないとならないこと、なにより地価が下がってしまうので順を追って売り払われる予定です

  7. TX延伸は政治マターで石岡→茨城空港→水戸で空港アクセスを大強化する案もありました 土浦延伸の方針になったのは「距離が短い分赤字が少ない」だけです 土浦とつくばの栄えっぷりをみるだけでもとてもペイするとは思えません もしどうしても投資するなら都の臨海地下鉄構想とつないだ方がずっとマシですが茨城県としては県内延伸したいんでしょうね

  8. 歩行者は入れないって認識したのだから入らないで周辺から紹介する。
    極めて当たりまえのことなんだけど、なんでこういうことができない人間が
    存在するのだろうかなあ。と思った。

    こう書くと、読解力の無いヤツがひろき氏への批判と勝手に誤読するのが
    沸くのもうんざりする

  9. ニュータウンの近代的な街並みに鉄道の廃駅建物、蒸気機関車、腕木式信号機があるのが何とも言えない光景ですね。
    東名高速バスの車両は昭和感満載です。実は僕の出身大学は最寄り駅からのバス路線は国鉄バス(後のJR東海バス)での移動でした。一般路線バスでしたが、東名高速バスの車体と何となく雰囲気が似ていて懐かしかったです。
    TVの旅番組や街並み紹介番組とは違った着眼点で作成されたとても素晴らしい動画だと思います。今後も楽しみにしております。

  10. 1:08 TXの土浦方面延伸は決定ではなくあくまで茨城県の希望という形になります。
    TXとしては東京延伸が最優先で、その他方面は各県が自費で賄うと決められていますので。
    ただ、茨城県単独ではお金が出せないので3都県にも負担させようと画策している状況です。

  11. 1985年つくば博覧会の当時私は大学3年でした。どうしても行って見たがったんですか学生は旅券も出ない時代だったので父が代わりに日本に行って案内のビデオテープを買って持って来てそれを見ました。素晴らしい電子技術が色々ありましたね。私も電子工学科の人でしたので日本に留学したいという決心をその時出来たと思います。

  12. 土浦の高架橋は有名だけどつくばにも遺構があるのか。
    桃花台のピーチライナーは廃線後に高架橋を自動車道路に転用する構想あったけど実現した世界線が土浦で見られる。

  13. ぎゃあ、悔しい! GWにふらっとつくば行って土浦まで歩いたのですよ。事前に知ってたらこっちのルート歩いたのに……

  14. 地元土浦つくば来たならもっと案内してあげたのにー。
    まだ鉄道系YouTuber誰も取り上げてない所あるのにー。
    地元取り上げてくれて嬉しいです!

  15. 交通標識のラミネートが剥がれ落ちて識別不能になっている、、、
    筑波研究学園都市って学術研究の一大拠点にするっていう政府の肝入りで造った町だよね?

  16. ニューウェーイにはもう一つ歴史があります 日本ではじめて連節バスがハシった道です ツクバ博シャトルバスとして

  17. いつも楽しく拝見しております。
    弊社のタクシーをご利用頂きありがとうございました。
    駅の先頭に映っていて、まさかお乗りになるとは思っていませんでした。
    社名も映っており、良い宣伝になります。(笑)
    最近、荒廃ネタで盛り上がっておりますが、土浦は良い街ですよ。
    今度はもっと明るい話題で取り上げて頂きたいですね!

  18. 首都移転計画のなれのはて。中途半端な移転でつくばと東京間の移動を頻繁に行う大学や研究所などの人は大変。ど田舎すぎてバスも鉄道も少ないから車がないと悲惨。

  19. 37:05 函館山ロープウェイのサイトのアドレスも、函館山の標高に因んだものになっていますね。
    なので、アドレスだけ見ると某大手私鉄との関係性が気になってしまいます。

  20. 他の方が詳しくコメントされていますが、自分の知っている、つくば、は原野に立派な道路が通り、その所々に真新しい研究所や大学が設置されていて、そこで働く人のための中層アパート群が点在するという、本当に何もない所でした。研究者や教員は当然として、学生の多くも車を所有していましたね、必要に迫られ。ですから、交通事故が多かったですし、夜は暗いので、女性が襲われるなど、治安が良くなかったです。土曜日の午後になると、大学からは人気がなくなります。教員も学生も、東京の自宅へ帰るからです。そして、月曜の午前中に戻ってくる、という状態でした。当時の研究学園都市には、一戸建てが立ち並ぶような整備された住宅街などなく、あるのは研究施設と何の風情もない整然と建てられたアパート群だけでした。でも、筑波鉄道沿線は筑波山を背景に日本の原風景が広がり、とても風情がありました。朝焼けで赤紫に染まる筑波山は絶景でした。今回の動画で紹介されたものなど全く無かった時代ですけど。現在も、相変わらず、妙に立派な道路と、中途半端な町並みのようですね。近代的な箱物を作れば何とかなる、という考えだったようです、官僚になった先輩で企画に携わった人の話では。

  21. 人口が増えているつくば市も、実は公(おおやけ)の目論見は大失敗だったという貴重なレポート

  22. こうして見るとあとは線路ひくだけくらいまで出来ていたのですね。TXより先に完成していれば少しは光が見えていたかも…

  23. 廃線になって道路に転用された路線は数あれど。
    軌道を敷設することを前提に建設された道路というのは珍しいですね😯
    つくば万博の頃は環境問題への関心が高まり、輸送手段としての鉄道の価値が見直されそうになった時代でした。
    今ではコスパのバランスが難しく、延伸には慎重にならざるを得ないようです。
    鉄道復権の狼煙となればいいですね😀

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