【300℃の岩が降る鉄道】活火山の火口を登るロープウェイ 阿蘇山ロープウェー 仙酔峡ロープウェイ

今も度々爆発と噴火を繰り返し地元に大量 の火山売そして最大300度もある岩を雨 のように降らす勝花山その加工に日本も 世界記録を持つ空中鉄道を作った会社が 日本にあるのをご存知だろうかちなみに1 本目は開業2ヶ月後に大噴火が起きて駅 ごと吹き飛ばされたしかしその会社は撤退 するところかさらに立派で火山の爆発にも 耐えられる最強のロープウェイを作った そしてその反対側にも当時世界最大の ロープウェイをかけたものすごく攻める 会社だなと関心するがその火山は日本史上 最大の大噴火を起こした気象庁が必死に なって監視している第1級の勝火山である 爆発しまくったせいで世界レベルの巨大な カルデラまで作ったほどだちなみに復活し た最強のロープウェイはまた火山の大爆発 で行事破壊された背景の画像と話の内容 から大体の人が分かったと思いますが今回 は世界で初めてカツカザの加工に作った ロープウェイアさんロープウェと開業当時 世界最大の収容人数を誇ったロープウェイ 潜水教ロープウェイについて紹介します本 動画はこのような構成でお送りしますなお この動画のチャンネルは正確な言葉より 分かりやすさ面白さを優先して作ってい ますまだ参考とした資料を引用元は概要欄 に書いてい ます世界最大の火山アさはよく世界一 もしくは世界最大級のカルデラを持つ火山 だと紹介されますが本当は世界一でも なければ日本一でもないことをご存知 でしょうか世界最大のカルデラは インドネシアのスマトラ島にあるトバ火山 トバカルデラですなんとトバカルデラは縦 に100km横に30kmもの長さを持ち 面積は1130kmこれはusgaなら 220060個東京ディズニーランドC なら1130個は作れる企画外の面積でア カルデラの3倍はありますちなみに日本 最大のカルデラは北海道のクッチャロ湖 クッチャロカルデラですしかし南北に 25km東西に18km面積が380km もあるアソカルデラも日本第2位の カルデラとして世界有数の勝火山であるの は事実ですしかも火山の中心である中だけ の中には直径400mの強烈な流産ででき たカルデラ湖があり実際に鳥や豚を入れて みたところ30分で体が1/3まで溶けて なくなるあり様でし た二重にカルデラがありその1つは高濃度 の流産でできた湖を持つ麻さんそんな山が おとなしいはずはなく三素権の発表による と9万年前に起きたアさんの大爆発は日本 最大を記録し九州の北半分は全滅火龍は 170km離れた山口県の真ん中まで達し 火山バは日本熱湯横断北海道の東側帯広と いった場所にまで暑さ15cmの火山バが 降り積もりましたそして日本は世界最大の 火山地震津波大国ですそのためこれらの 学問も世界トップクラスに発達しています その代表期間である気象庁が麻さんはどれ だけ必死に調査監視してもが予想できない とお手あげ状態であることを発表している んですそんな超危険な山の加工見に行くの が中学旅行を中心とした日本人観光客で あり海外からの観光客なんですそして そんな彼らを毎年何十万人と運んだのが アサロープウェイそして潜水教ロープ ウェイでしたいずれも熊本を自慢とする バス会社九州参考が作った世界記録を持つ ロープウェイですまた最初に作ったアサン ローウイは開業2ヶ月でアさんの大爆発に より300°という高温状態の岩が雨の ように降り注いで駅ごと破壊されるなど 凄まじい歴史を持ってい ます九州参考の誕生今でこそ路線場所を 走らせたり電気の発電販売をするには国や 県からしっかりとした認可が必要ですが 戦前はかなり自由にできましたそのため 生活に直結するインフラなのに各社は競争 相手を潰すために赤地覚悟のダビングは 当たり前警察に捕まらないなら市営バスも 潰しにかかるある意味究極の自由な社会 でしたしかしそんなインフラ誰が見ても 問題ですそもそも当事者である交通業界が 加藤競争に疲れはて国に調整をお願いする 有り様でしたそのため大手企業から個人 経営レベルと大すぎた会社の合併調整が 始まりましたそんなさ中旧日本軍は政府の 命令を無視して中国大陸で戦争を始めます 日中戦争ですこれにより1937年から 石油といった軍事に直結する物資は少し ずつ買うのに制限がかかるようになりまし た結果加藤競争防ぎ同時に限られた ガソリンの効率化を図るための法律陸上 交通事業調整法が作られバスや運送会社は 1つの警察署館内に一社だけという形に まとまりますこうして1942年に生まれ たのが熊本を代表するバス会社九州参考 です開業投手は日中戦争どころか世界大戦 にも参戦し世界をまたいでの大戦争となっ た結果会社は苦労しますが戦争の混乱が 落ち着くと熊本最大のバス会社九州3校は 徹底的に経営を拡大させていきます 1967年にはバス停が36か所1日の 発着便数約6000台とという開業当時 アジア最大今でも日本最大という総合バス ターミナルを熊本の繁華街に作ったのです 旧熊本交通センター現在の熊本桜町バス ターミナルですもちろん鉄道のターミナル 駅と同じように地下には当時九州最大の 地下街を建設バスターミナルの上には敵 ビルならぬバスビルも作ってデパートや ホテルなどが入居しましたバス大国と言っ たら福岡の西鉄や神奈川県のカナ中が有名 ですが熊本も日本有数のバス大国なの です世界初の加工まで登るロープウェイ 日本どころか世界レベルの巨大バス ターミナルを60年前から作った九州3校 その攻めた姿勢は麻さんへも向けられまし たロープウェイや有料ドラができるまでの 朝さんは山の中腹までしか道がなく加工が 見える展望台まで行くには30分かけて 溶岩できた険しい山道を登る必要があり ました1955年からは高度経済成長期も 始まり九州3校は財務省や地元に役場と 激しく戦った結果1957年6月にアサン ロープウェイの建設免許を取得その年の8 月には建設を始め翌年の1958年4月 勝花山それも加工まで登るさらにゴンドラ も世界最大の広さと2つの世界記録を持っ たロープウェイアサンロープウェイを開業 させました九州参考が行ったのは単なる ロープウェイの建設ではありませんロープ ウェイが発着する駅事体も観光施設にし麻 さん一体をロープウェイを中心とした一大 観光エリアにしたのです火の山にかかる橋 と呼ばれた世界初のカツカ山の加工を登る ローブウェイ麻さんはいつ噴火爆発が起き てもおかしくない危険な山であるためアさ ロープウェイは約1万人がぶら下がっても 壊れない強靭な構造とし加工から出る訓 アリ酸ガスにも絶える特殊なガラスで観光 客を守る特別仕様で作りましたあまりに 立派なものを勢いよく作るため麻さんの 研究をしていた強大の観測研究所の機会が 工事の振動で壊れる有り様でしたしかし そんな世界初のロープウェイは開業から たったの2ヶ月で大災害を被り ます958年の爆発日本の山を見たら いろんな形をしているように噴火の仕方も いろんな種類があります富士山のように 普段は黙っているけどいざ爆発したら日本 が壊滅する火山鹿児島桜島のように1年に 最大1000回も爆発噴火を起こしている 元気な火山北アルプス焼けだのように明治 大小昭和平成と全ての年号で爆発噴火を 起こしている火山このこのようにいろんな 性格がある中アさんはヒステリックな性格 を持った人のようにいきなり爆発噴火 起こす不安定な火山と言われていますそれ がロープウイが開業した2ヶ月後爆発を 起こし最大半径1kmの範囲で最大数Tは ある岩の雨を降らせたのです1958年6 月に発生したアさんのバカ災害です麻一体 に大量の火山バが降り注いだのはもちろん のこと爆風は加工から1.2kmも離れた 道路標識をへしおるアさんの監視を行って いた速攻所には最大50°の熱風が 襲いかかり窓ガラスを全て破壊中の設備を 破壊し尽くしましたロープウェイも無事で はありません加工にある駅は再建不可能と も言われたほど破壊されロープウェイの 支柱工事をやっていた作業員6命と山頂に いた6名が爆発でなくなり重継勝者26名 を出す第3となったのですちなみに万が一 観光中に噴火が起きた際逃げるための退避 号には最大1mの穴が空いており全く役に 立っていませんでしたまた作業員には厚さ 300°の岩が降り注いだことが後々多作 で分かりました地震満々で作った世界初の ロープウェイをたったの2ヶ月で貴重な 人名ごと破壊された九州参考関係者は愕然 としますが噴気し同じような爆発が起きて も耐えられるむしろ観光客の避難号にも 使えるもっと強靭な駅とロープウェイを 作り直すことにしますそれは加工の駅の 天井を二重にし降ってくる岩にも耐え られるようにする加工側には厚さ2m高さ 3.5m全長55mという防風壁を作る ことでしたまた窓ガラスも今までの半分に 減らし明りの取り方も工夫して暗くなら ないようにしましたこうして復活した アサンロープウェイは同時にゴンドラも 新しく作り直し1959年3月復活を 果たし ます潜水橋ロープウェイ開業3ヶ月目にし て壊滅的な被害を受けたアサンロープウイ ですがその後はうまくいき麻さんの観光客 はうなぎ登りで増えていきますそんな中 世の中では1964年に東京オリンピック の開催が決まります後景期に上乗せする形 でさらなるスーパー後景域となった日本は 観光業もどんどん発展九州参考は熊本市や 空港から近いアサンの西側だけでなく反対 の東側にもドープウェイを作り本来は入る ことができない道路からアサン中だけの 加工を防爆仕様の特別バスから見学すると いうアさん収コース麻ハイラインを計画し ましたこの時作った東側のロープウェイが 潜水橋ロープウェイで特別なバスが マウントカーです潜水橋ロープウェイは 1964年8月に開業し火山団にもえる窓 が特徴的なバスマウントカーはその2ヶ月 後に開業麻ハイラインは大人気で毎年 200万人もの人が使いましたしかしその 繁栄は長続きしませんでしたなぜならア さんの紀元次第で状況が変わるからです そして1970年代後半になると中岳の 活動は活発かしついに1979年9月第1 加工が爆発噴火しても影響は少ない規制 除外区域とされていた潜水橋ロープウェイ の3上液は爆風で全損厚さ25cmの鉄筋 コンクリートの壁は火山団で穴だらけと なり死者3名重継勝者11名を出す第3次 となりましたしかも中岳の火山活動は 収まる気配がなかったため九州3は198 年にマウントカーと麻ハイラインを廃止し ましたそして噴火で壊れた潜水橋ロープ ウェイも無期限の運休としまし た苦戦する潜水教ロープウェイ1979年 の爆発以降アサ観光の中心はアサンロープ ウェイだけとなりますしかしアサンの周り の町は富士山などと同じように登山客を 中心とした観光で成り立っている地域です 潜水ロープウェイがある地元はなんとか 復活できないかと九州参考に相談しお修理 などのお金を切ロープウェイは町と九州3 考の共同出資いわゆる第3セクターで復活 させることが決まりましたこうして 1987年4月潜水橋ロープウェイは復活 しますしかし麻ハイラインもない麻さん 観光の裏口にあたる潜水橋ロープウェイの 利用者は少なく経営は赤字で借金が溜まっ て一方でしたそれでも2003年には ドープウイを新型に入れ替え駅も リニューアルしたりと頑張りましたただア さ観光の中心はアサロープウイのままです 経営が苦しかった第3セクター東麻生観光 開発は必要なメンテナンスもできません でしたそのため2004年ワイヤオープの 魔法が52か所も国が定めた交換基準を 超えていることが発覚しますローブウェイ のワイヤーは魔が5%を超えたら交換する ことが決められていますが東麻生観光開発 はお金がないからと10%を超えても使い 続けたのです報告を受けた九州運輸局は 現地へ急行し立ち入り検査潜水強ロープ ウェイは直すまで運休となりますが そもそもお金がなくて交換ができなかった 東麻生観光開発は何もできませんそのため 地元の一宮町が修理代3億3000万円を に出すことで決まりました各して2005 年5月潜水橋ロープウェイは8ヶ月ぶりに 運行再開を果たしますしかし利用者が 少ない観光には不便な場所にある事実は 変わりありません結果今度は2010年 モーターが壊れて動かなくなります地元の 麻市議会は赤字が続く潜水橋ロープウェイ をもう直すことはせず無期限の営業休止に すると発表しましたしかし最低限の維持管 にだけをしていたところ2016年4月に 熊本地震が発生ロープウェイへ行く唯一の アクセス道路が暴落しロープウェイも被災 再開する目でもない潜水橋ロープウェイは 維持するのも大変だと判断し1919年7 月熊本市は潜水教ロープウェイを解体する と決定同時に東麻生観光開発も解散が 決まりました途中コロナ禍で解体工事は 延期されましたが流行が落ち着くと工事は 再開ついに2022年12月中以外の前説 の解体が完了しまし た日本第4位潜水教の経営から早々に手を 引いたように九州参考はアサンロープ ウェイに全力を傾け1971年には年間 登山客が500万人と日本トップ4に入る 大人気ロープウイとして活躍しますそして 1982年にはロープウェイを新型に交換 したり2009年には流行りの見通化 デザインに変えるなど徹底的に進めます そして観光の多様化で日本人観光客が減っ ても代わりに外国人観光客が増えたりと 年間利用者60万人をキープ長い間日本大 4位の座を保ち続けましたしかしアさん ロープウェイにも欠点がありましたアさん の活動で入山規制がかかるとロープウイの 運行ができなくなることですこれはロープ ウェイを経営する93校だけの問題では なくアさの観光で経済が成り立っているア 地区全体の悩みでした1989年には1番 の書き入れ時である7月以降数ヶ月にわっ て噴火が続き夜には高さ50mの炎が 吹き上がるなど度々中だけの活動は地元に 大ダメージを与えましたそれでも活動が 収まると観光客が殺日本士の人気ロープ ウイの座は絶対に譲りませんでしたそして 2005年にはあまりに多すぎる有山規制 をゆくし危険度海外の観光客にも分かる よう5段階で名文化山頂には危険度を示す ランプも設置し加工の駅には看護師を配置 し万が一の事態にも対応できる体制を作り ましたこうして2013年に再び中竹が 活発化するまで麻さんの観光は発展します ダブルパンチ長い間大人しかった富士山も 2013年の終わり頃から再び活発化し 入山規制がかかりますこの入山規制は長く 続きその間に加工から出るアリサガスで ロープウェイのワイヤーは劣化アサン ロープウェイ自体も大きな修理が必要に なりますが2014年7月18日運行を 再開しますしかしこれがアサンロープベイ の最後の活躍となりました夏休みが ちょうど終わる8月31日アさんの警戒 レベルが再び上がり年単位の運休となった のです観光客からはついでいつ規制は解除 されるのかいつロープウェイは再開するの かという電話が来ますが規制が解除される どころか事態はどんどん悪化しました 2014年11月には高さ1000mと いう巨大な風が上がったりハワイのマウナ ケア山科と言いたくなるような真っ赤なが 動し続いたほどですその結果あまりに運休 が長く経営に困ったアさロープウイはア さんの火山売で作ったクモンのフィギュア を販売なんと速攻で完売する有り様でした 気象庁は麻さんの監視体制を大幅に増強し 監視をさらに強め異常時代に備え始めます その予想は当たり2015年9月に入ると 巨大な爆音ととに噴火が起きるようになり ますそして201年には最後のとがアさ ロープウェイに襲いかかります2016年 4月の熊本地震と10月の大噴火です地震 で大ダメージを追ってようやく復活したと 思ったら今度は中岳が大噴火を起こして 半径4kmの建物を破壊加工の近くにある ロープウェイの駅は天井に大きな穴が開き 中はめちゃくちゃロープウェはこれから どうしたらいいか分からないレベルの前 状態となりました アさんロープウイの終わりこの後中岳は 落ち着きを取り戻しますがいつまたひどく なるかわからない状態が続きますそもそも 火山ガスの建築機が爆発で全滅したため そういった安全装置の再整備から始める ことになりました2018年2月からは ASOさんの登山はできるようになりまし たがロープウェイはもう使えませんしかし 九州参考は諦めませんでした1958年の 噴火の時と同じように1度被災した施設を 全部解体そしてもう1度新しいロープ ウェイをかけようと動き出したのです 新しいロープウェイはどんなものになるか そのイメージも代々的に発表し地人祭も 行って工事も始めますが2019年独身 ぼっちには関係のない日12月24日 クリスマスイブニング九州参考は依然とし て中だけの動きが活発で全体工事ができ ないロプの予定値は盤が弱いことが判明 そしてまた噴火が起きて同じことが起きた 場合の経営リスクを考えると債権は危ない だからASOSサンロープウェイは再建を 断念すると発表しました世界記録を持つ ロープウェイが消えた瞬間でし た以上がアさんロープウェイと潜水橋 ロープウェイのお話ですそれでは動画の 場所とは違いますが撮影の際によった熊本 ラーメンを紹介して動画を終わりにしよう と思います何かの奇跡でこの動画に たどり着いた方高評価チャンネル登録 なんかをしてくれると嬉しいですそれでは 次回もお楽しみにバイバイ

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紹介したお店:天外天 菊陽本店 https://x.gd/mlCut
<参考文献、引用画像>
■阿蘇町史 第1巻 2004.8 p37─p39
■九州・鉄道の旅 2003.10 p158、p159
■くまもと経済 2019年8月号(VOL.458)p10~11「阿蘇山ロープウェー」、再建に着手 20年度再開へ 九州産交ツーリズム
■国会図書館デジタルコレクション 二十年のあゆみ 九州産業交通 1963年
■国会図書館デジタルコレクション 産交30年史 九州産業交通 1972年
■九州産交バス BJエディターズ 2014.9 p44
■九州産交グループポータルサイト 熊本交通センター・ターミナル・センタープラザ 思い出をつづる https://x.gd/8B5y9
■熊本日日新聞
・1958年(昭和33年)4月11日 朝刊5面 阿蘇山ロープウェー開通式 快適!火の山散歩
・1959年(昭和34年)3月21日 朝刊5面 ロープウェー復旧 阿蘇の傷跡なおる 九カ月ぶる新たな装いで
・2015年8月29日 朝刊3面 運行再開 一日も早く 中岳「阿蘇山ロープウェー」運休1年
・2018年11月14日 朝刊1面 阿蘇山ロープウェー いつの日か運行再開を
・2018年12月16日 朝刊19面 60年の歴史見納め 阿蘇山ロープウェー 22~24日 西駅舎解体前に見学会
・2018年12月24日 朝刊15面 阿蘇山ロープウェー解体進む
・2019年2月20日 朝刊26面 駅舎解体進む「阿蘇山ロープウェー」ゴンドラ保存断念 すいせい号
・2019年5月23日 朝刊1面 阿蘇山ロープウェー 20年度運行再開へ
・2019年5月30日 朝刊1面 駅舎の防災機能強化 ゴンドラ2両連結運行 阿蘇山ロープウェー来年度再開
・2019年5月31日 朝刊21面 被災の阿蘇山ロープウェー 施設再建へ地鎮祭
・1957年(昭和32年)5月13日 朝刊2面 火の山回る二つの冷戦 登山料金徴収とロープウェー建設
・1957年(昭和32年)12月24日 朝刊5面 火山の観測できぬ、ロープウェー工事の震動で、山上観測室
・1981年(昭和56年)9月7日 朝刊14面 連載「阿蘇火口観光(上)
・1982年(昭和57年)7月8日 朝刊20面 ロープウェーに新型ゴンドラ2台導入。9日から営業運転。4代目、91人乗り
・1986年(昭和61年)6月20日 朝刊20面 仙酔峡ロープウェー再開へ 来春運行めざす
・1986年(昭和61年)6月21日 朝刊18面 阿蘇・仙酔峡ロープウェー 来年4月に再開
・2004年9月29日 朝刊 一の宮町「仙酔峡ロープウェイ」運輸局立ち入り検査
・2004年10月5日 朝刊 基準超す摩耗52カ所で確認 仙酔峡ロープウェイ 九州運輸局が調査
・2004年10月14日 朝刊 摩耗したロープ交換へ 一の宮町・仙酔峡ロープウェイ
・2005年5月18日 朝刊 仙酔峡ロープウェイ再開 ”
・2019年12月25日 朝刊1面 阿蘇中岳 ロープウェー再建断念 火山活動で安全運営困難
・2019年12月25日 朝刊27面 「期待してたのに・・・」 阿蘇山ロープウェー再建断念
■朝日新聞
・2012/2/12 火の国をゆく 火山湖 湯の中に硫酸
・2014/10/6 噴火予測 九州でも難しさ
・2018/10/30 被災ロープウェー撤去開始
・2019/2/28 ロープウェー駅舎60年 再建へ解体開始
・2016/10/8 未明の噴火 一面灰色
・2016/10/11 衝撃まざまざ
・2017/2/9 灰色 埋もれた阿蘇
・2017/2/8 阿蘇 噴火の爪痕
・2017/2/9 被害あらわ
・2014/4/30 阿蘇山ロープウェー、運休続く 再開は7月下旬
・2005/5/18 8ヶ月ぶり運行を再開
・2014/11/27 噴煙上げる阿蘇・中岳 この日も観光客
・2014/11/28 阿蘇 夜通しの噴火
・2015/4/26 我輩は火山灰だモン 阿蘇山・ロープウェー駅、あすから販売
・2015/9/15 阿蘇噴火 観光客ら避難
・2015/9/16 阿蘇山 水蒸気噴火か
・1997/11/25 火山の怖さを再認識 阿蘇・中岳で死亡
・1998/7/17 阿蘇、不気味な静けさ 臨時火山情報、22カ月なく新記録
・2003/8/2 阿蘇火口へ誘う新ゴンドラ登場
・赤字3割超す 3法人が債務超過に 県内三セク147の法人
・2004/9/22 ロープウェーが運休 ワイヤの摩耗放置 阿蘇・仙酔峡
・2004/12/22 仙酔峡ロープウェー、町が損失補償 改修3億円 一の宮
・2010/12/8 仙酔峡ロープウェー、三セクが運営を断念 引き継ぎ業者公募へ
・2006/5/28 阿蘇火口規制 ガス濃度 基準緩和へ 安全対策は拡大
・2007/4/13 阿蘇山火山ガス 5ppm以上なら赤 4色点灯で危険度 中岳近く、運用開始
・2009/9/18 阿蘇山ロープウェーが27年ぶりに改装
・1989/8/28 よかトピアだけ突出 観光地は泣き笑い、夏休み総決算
・1989/10/9 阿蘇に炎、土産屋さんはボヤキ
・1992/8/21 関門海峡にロープウェー構想 山頂結び1.8キロ
・1999/4/17 輸送人員、10年連続日本一に 箱館山ロープウェイ
・2014/4/30 阿蘇山ロープウェー、運休続く 再開は7月下旬 火山ガス影響で改修
・2014/7/18 阿蘇山ロープウェーきょう再開
・2014/8/31 阿蘇山の警戒レベル引き上げ、長期化懸念の声も
・2014/10/1 阿蘇山活動、冷静に警戒 沈静化か活性化か 御嶽山噴火で観光に影響懸念
・2014/12/9 阿蘇山観測点、6カ所新設へ 福岡管区気象台
・2014/12/24 阿蘇観光、PR懸命 噴火1カ月、宿泊キャンセル1千人
・2015/3/7 火山防災予算の「ドル箱」ピンチ 阿蘇山公園道路、噴火で収入ゼロ 市が補正案
・2015/5/11 わが灰はくまモンだモン 阿蘇の火山灰使ったグッズ好評
■日経新聞
・2019/5/23 阿蘇山ロープウェー再建、来年度中再開へ 九州産交系
・2019/5/24 阿蘇山ロープウェー再建、来年度中再開へ、九州産交系、30日着工
・2019/12/25 阿蘇山ロープウェー再建断念 阿蘇山の火山活動踏まえ
■読売新聞
・2019/10/9 阿蘇山上観光 根強い需要 爆発的噴火3年
・2019/12/25 阿蘇山ロープウェー再建断念
■Wikipedia 阿蘇山ロープウェー、仙酔峡ロープウェイ、陸上交通事業調整法、マウントカー
■九州産交ツーリズム プレスリリース 『阿蘇山ロープウェー』建設中止のお知らせ(新たなバス旅客輸送等の検討へ)https://x.gd/ZK2TU
■阿蘇市集中改革プラン 平成18年3月 熊本県阿蘇市 https://x.gd/Rq3qb
■西日本新聞 「運行再開は困難」 仙酔峡ロープウエーで阿蘇市長 2011年12月6日 01:33 https://x.gd/uL9PK
■第三セクター等経営健全化方針 東阿蘇観光開発株式会社 https://x.gd/AA4wO
■国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 東濃地科学センター FAQ Q.気候や海水準はどの程度変化しますか? https://x.gd/5DpRB
■くまきゅー 熊本の阿蘇山は「世界一大きなカルデラ」じゃなかった!日本一でもなかった問題 https://x.gd/obOxE
■ニューズウィーク日本版 人類の進化に影響を与えた超巨大噴火、スマトラ島のトバ火山の謎 https://x.gd/K8GYe
■国立研究開発法人産業技術総合研究所 わが国最大の巨大噴火の全体像が明らかに https://x.gd/3wPvF
■日本火山学会 火山学者に聞いてみよう -トピック編- 身近の火山:北海道・千島
屈斜路カルデラ https://x.gd/0s3OJ
■阿蘇地域土砂災害対策検討委員会 第1回委員会 討議資料 https://x.gd/2A7CW
■九州産交ツーリズム株式会社 2019年5月30日 2020年度内完成めざし 新生『阿蘇山ロープウェー』建設着手! https://x.gd/fGoC3
■株式会社佐藤建設 ロープウェイ駅舎解体工事終わりました https://x.gd/CMj9x
■西日本新聞 阿蘇観光、消えゆく「昭和」 仙酔峡ロープウエーの2駅舎解体 2022/11/18 11:32 (2022/12/19 5:00 更新)  https://x.gd/MvIdP

<引用画像>
・STA3816 – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, https://x.gd/FuWKdによる
・小池 隆 – 投稿者自身による著作物, CC 表示 4.0, https://x.gd/3ufF7による
・hashi photo – hashi photo, CC 表示-継承 3.0, https://x.gd/a41cLによる
・STA3816 – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, https://x.gd/6fdYFによる
・Kitakyushuhamojiko – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://x.gd/HDEYDによる
・九州ラボ 熊本桜町バスターミナルは便利で楽しい!複合施設「SAKURA MACHI Kumamoto」の楽しみ方 https://x.gd/G6DXy
・Zaenulihsan91 – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://x.gd/1g8nOによる
・Nugraha – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://x.gd/WHdliによる

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49 Comments

  1. ロープウェイこんなことになってたんですね。しかもこんなすごい路線だったとは。子供の時1回だけ乗ったかどうかですが、もっと親にせがんでロープウェイのほうで火口まで行かせてもらえばよかったです。。

  2. 阿蘇を取り上げていただきありがとうございます。阿蘇を中心とした山地にはいろいろな遺構があるので探索するのが楽しいです。
    昭和40年代の終わりごろに初代のマウントカーに乗りました。トラックを改造したものだとあとで知りましたが戦車に乗ってるような閉鎖感と乗り心地でほんとすごい乗り物でした。

  3. ようこそ熊本へ^^詳細に調べられて大変関心致しました。
    ラーメン天外天は美味しかったでしょうか?
    今は菊陽町と熊本駅にありますが、以前は熊本市内の鶴屋百貨店の近くにあり、ラーメン説法という下ネタ満載の本を執筆した頑固親父が作ってた大変美味しいラーメンです。

  4. ▼九州産交が1956年頃に阿蘇山ロープウエイを計画し、免許取得に奮闘していた時、(東宝では「空の大怪獣ラドン」の撮影が行われ、1956年12月26日公開)
    阿蘇山の地下洞窟で誕生した2頭のラドンは、各地を飛行して破壊し、帰巣本能で阿蘇山に戻ってきたところで、大噴火に見舞われ、噴火する溶岩と火山弾の直撃で墜落する。
    落下した瀕死の2頭のラドンは、灼熱の溶岩に飲まれてドラマは終わる。
    ▼ラドン上映から1年半後の1958年4月に阿蘇山ロープウェイが開業、そして6月、阿蘇山の大噴火により、ラドンのように沈黙・・・・。
    そして不死鳥のごとく1959年3月、阿蘇山ロープウェイが復活。阿蘇山が観光メッカとして、外国人も訪れ、観光客で賑わう。
    ▼東京オリンピックの年1964年、阿蘇山火口に訪れた観光客の中に混ざっていた謎の男装の女性が、
    観光客に向かって、溶岩の中からラドンが復活することを予言する・・・すると、揺れる火口、小噴火、そしてラドン復活・・・
    それが1964年12月20日公開「三大怪獣 地球最大の決戦」のラドン復活シーンです。
    この作品で、三つ首の宇宙怪獣キングギドラが初登場し、地球の3大怪獣(ゴジラ、モスラ、ラドン)が迎え撃つ・・・・

    ◆阿蘇山と言えば「ラドン」と大噴火をイメージしてしまう私です。

  5. 阿蘇山は何度も行きました。仙酔峡ロープウェイは新しくて大きな印象でした。マウントバスは SF 的なイメージが斬新でした。熊本を離れて久しいので仙酔峡 ロープウエイの復活や両方の廃止は知りませんでした。

  6. 行ってみたいなあ。関東住みだから、なかなか九州に行けなくて😅
    もへじさんの説明とてもわかりやすいです。

  7. 復興に絡むならともかく観光オンリーの場所なのに 終戦してほんの10年ちょっとで作ったってのもすげぇよな まだ戦争に絡む物の技術者が沢山いた時期だから出来たってのもあったんだろうけど…… 航空機やトーチカの技術を持ってきたっぽいもんな 

    仙酔峡ってミヤマキリシマと言うツツジが有名で「あまりの花の美しさに仙人も酔う」って意味での仙酔峡と言う名前になってんだよね 5月が見頃になるからあとちょっとで見れるかな

    でも熊本に住んで半世紀以上になるけど仙酔峡って行ったことないんだよね やっぱ観光地が集中した中岳の方に行くんだよね

  8. 修学旅行は1973年頃かな。バスだったか火口近くまで行って、連続写真を撮影。見渡す限りがカルデラとの説明でびっくり。

  9. 地元のことですが、昔からの流れを世相を踏まえて説明していただき勉強になりました!以外と知らないものですね。
    地域の子供たちは、だいたいこんな感じだし懐こく可愛いのです!いいでしょう笑🥰

  10. 昭和53(1978)年5月に高校の修学旅行で、阿蘇山ロープウェーやマウントカーに乗車しました。
    当時は中岳火口がはっきり見えましたが、現在は湖になってしまって、湖面から煙が沸き出る眺めになっていますね。
    10年くらい前にテレビで観ましたが、近くの動物園から阿蘇山火口遊覧ヘリコプターが飛んでいました。現在、営業されているのかは不明です。

  11. いつも楽しく拝見しています。
    屈斜路湖はクッシャロ湖と読みます。
    クッチャロ湖は北海道北部にある別物です。

  12. ものすごいお金を生む観光地なのにこうも噴火が多すぎると再建費用がかかりすぎて赤字になりますよね。
    勿体無いけど仕方ない。

  13. ロープウェイ、幼少時に乗りました。写真が残ってます。阿蘇中岳はよく入山規制が掛かって火口付近が入れなくなります。怖いモノ見たさに活動が盛んな時に火口付近まで車で行って「ヤバい、地震だ」でダッシュで車で下山した事もあります。阿蘇山周辺は温泉に合宿、観光に大変お世話になってます。また火口を見に行きたいです😅

  14. 若かりし頃、添乗員として何度も大観峰や白川水源、高森の田楽、草千里には行きましたが、ロープウェイへは行かずでした。
    今でしたらリスク管理から避ける流れなのでしょうけれど、ロープウェイ利用とは言え、団体の人数から登頂に掛かる所要時間と周辺観光と昼食、夜の宴会を天秤に掛けて殆どが草千里迄でした。
    あのロープウェイはもう無いんですね。自然相手の難しさなんでしょうね。
    久しぶりに当時を思い出しました。編集ありがとうございました。
    m(_ _)m

  15. いつも楽しみにしています。
    ちょくちょくある、最後に本編とつながりが薄い画が出てくるのがもへじさんのユニークな面も感じられて、そこも何か楽しいです(笑)

  16. 阿蘇山ロープウェイは08年に寝台列車に乗って九州へ行き、その際に乗りましたね
    バスの時間や規制の兼ね合いであまり長居は出来ませんでしたが…噴火で壊れてたのを知った時は悲しくなりました

  17. 地元にいた頃で3−4回乗りましたねぇ大阪に来てからもカミさんと結婚前に帰って乗りましたな
    交通センターは出来た時地下のテナントの鮮魚店に祖母が働いてましたね、火山灰くまモン持ってますw
    良い動画ありがとうございました

  18. 阿蘇山ロープウェイに乗った事があります。感想は、短っです(笑)。仙酔峡のロープウェイの支柱の廃墟、凄くボロいので昔の物かと思ったら最近まで営業していたんですね、阿蘇市民ですが知りませんでした。どれだけ知名度が無いかお分かり頂ける事でしょう。

  19. 阿蘇山ロープウェイ無くなったの?!晴天の霹靂
    滅茶苦茶人も多くて大人気でもう何十回と乗った
    昔はガス出ても割りとゲホゲホ苦しみながら観光していたけど2000年過ぎてから?はガスのせいで運行したり止まったりが増えてなかなか乗れなかったりしたな
    昔は火口の周り散策出来たんだけど、裏のほうは誰も居ないからガスでカップルが死んでから厳しくなったときいた
    火口までの道路はあるんだから今度は装甲車にすれば?
    やっぱり火口は覗きたいよね!

  20. 屈斜路湖の読みは「くっしゃろこ」です。
    クッチャロ湖が有るのは稚内近辺のオホーツク海沿岸の浜頓別町です。
    それと13:30の子達かわいい (´ω`*)

  21. ロープウェーは昔乗りましたし、まえロープウェーの駅まで車でも登れました。昭和の雰囲気があって好きでした。懐かしい思い出です。今でも阿蘇は行きますが、草千里までですねぇ。県名紹介が面白すぎて噴き出しましたw

  22. もへじさんの調査力もすごいしちゃんと現地で走ってる映像もすごくて関心させられて頭が下がります。
    17:01の「心の清らかなひとには見える火口」は笑ってしまいました。

  23. 阿蘇山は修学旅行も含めて何回か行きましたが、山頂まで行けたのは2回だけでした。阿蘇市の隣の竹田市に住んでいたことがありましたが、阿蘇の火砕流の影響で地盤が一枚岩でできていました。爆発の凄さを実感できる風景でした。

  24. 4:40 という経緯があったので、戦後の岡社長は「運送業には規制が必要だ。でないと必ず過当競争になる。」と言ってました。
    そんな歴史があるのに小泉政権で規制緩和やって当然悪い事態になりました。
    ロープウエーのゴンドラは海外と世界最大競争やっててドンドン大きくなり、西口の91人乗りでトップの座を定着させましたが、
    1人差なのでまた抜かれないようにと東口に120人乗りを登場させました。その後の来客を見れば過剰投資でしたが。

  25. 噴火で壊れたなら更に強くして即直す!今の日本には無い勢いを感じました。
    日本にもかつてこの様な輝かしい時代があったのですね。

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