Gospel Fellowship2024(2) あかし 神山みさ、Chiyo(サルーキ=)、KUZUHA 5/3夜

[音楽] [音楽] た [音楽] [音楽] よいしょ [音楽] K あどうも皆さんこんばんはこんばんは ゆっくりお過ごしになられましたでしょう かはいはいえっとひのえっと集会が始まり ますえゴスペルフェローシップ 2024え夜の時間は証の時間ですえ 私たち見えない神様どういう風に知るかと いうと神様を信じている方々の体験談とか どんな風に神様とお会いしたかとかそう いうことを聞きながらあそうか自分もそう だなと思ったりあそんな神様なんだと思っ た 本当いろんなことを通して私たちますます 神様の素晴らしさを知っていくことができ ます今日は3名の方にその証し者え体験団 と言いましょうかね本ご自分の生涯の中に どんな風に神様が働いてくださったか どんな風に語ってこられたかどんな風に 触れてくださったかということをお聞きし ながら神様の豊かさ素晴らしさを私たち もっともっと知りたいと思っていますので 本当に楽しみにこの時間をご一緒に過ごし たいと思いますじゃ最初に神様に賛美をお 捧げいたしましょうえっとで はよろしくお願いします え鹿のようにというえ賛美皆さんご存知 でしょうかえま本当よく歌われる曲ですえ 谷側の流れを慕う鹿のように主よ我が魂 あなたを慕うあなたこそ我が盾あなたこそ 我が力あなたこそ我が望み我は死を仰ぐと いうそういう歌詞ですねではご一緒に2回 繰り返してりたいと思いますよろしくお 願いし [音楽] ます [音楽] 谷川の 誰もしたしかのよ に 主 はがし あなた押し たる あなた [音楽] こて あなたこ我が 力 わたこそは 我は 主 神川の 流れをしたしかのよに 主はが たし あなた 欲し たる あなたこそはが 立て あなたこそはが 力 あなたこそは 我 [音楽] はありがとうございましたえ素晴らしい神 様に3秒を捧げいたしましたえではえこの 集会が本当に祝福されるように3人の方 神山みさんそして千代さん葛子さんのお証 が本当に神様に用いられるように一言お 祈りを捧げいたし ましょう神様ありがとうございます 素晴らしい神様の皆を褒めたえますえ今日 の良き日にまたこの夜の時間まで神様がお 1人お1人に大切なあ時間を与えて くださったこと本当に感謝しますいろんな 交わりがあったでしょうしまた神様から 触れられたことがあったかもしれません あるいは日々のまたお仕事であったりお家 のことであったりお忙しく過ごしられた方 もいらっしゃるかもしれませんけれども今 あなたの見前にそしてあなたが歌て くださった3名の方々のお沸を通して神様 の豊かさを聞こうそして私たちもその神様 をもっと知りたいという思いでこの場にえ 集っております主をどうぞあなたの助けを 必要としていますどうぞお1人お1人に 本当にあなたがしてくださったことなお 豊かに生き生きと思い起こさせてくださっ てそしてお1人1人の言葉を通してあなた が証しされてまいりますように主を よろしくお願い申し上げますまたこのこと に耳を傾けられるお1人お1人にも神様の 豊かな愛が注がれてそしてえ私は決して あなたを離れずあなたを捨てないと おっしゃる神様がお1人お1人に触れて くださる時間となるようによろしくお願い 申し上げます全てのことをあなたの見てに お任せいたします尊い主イエス様の名前を 通して信じてお祈りいたしますあん あありがとうございますえっとそれではえ ま順番にお1人ずつえまたお立ちいただき たいと思いますけどまずは神山みささんに お願いしたいと思いますよろしくお願い いたします拍手でお願いしたいと思い [拍手] ます こんばんはご飯を食べて眠い時間なんじゃ ないかなと思うんですがえなんとね証3 本立てということでもう耐久レースのよう なあの眠らないようにあの話のこのね 私たちのあの技術というかたと問われるな と思うんですが精一杯あの技術はないです ねあのえなんでしょうね試されますねはい そう実はですね今日あのま先ほど コンサート終わってほっとしたんですが私 ですね実は今日あの20分しか寝てないん ですよ何があったと思いますか分からない あのね夫のちお君ともあの同じ同じ部屋で 寝てるわけなんですけどあのちょうどま 昨日1時半ぐらいに多分眠ににつく私も間 もなく眠るっていう瞬間ですねあれって 思ったんですよあの あれギター持ってきたかなって いう えあれギター入れたかなってあの記憶が ないことに気づいたの1時半にでいやうん まもしなかったとしてもなんとかなるここ にはギターがきっといっぱいあるでも待て よて配信があるからちゃんとあの繋がない といけないかなとかね色々考え始めたら ちょっと心配になってきまして夜足で車に 行って見たらなかったんです よそれ でまでもきっとなんとかなるね船田先生に ちょっとメッセージ入れてみたりとかあの あのねクハに連絡してみたりとかしたんだ けどでもねももう目が冴えちゃって私あの これ目がララしちゃったんですねこれ寝れ ない寝れないって思った時に取りに行こう と思ってですね夜中あの走って取ってきた んですよでで取りに行く中でもあのあれも 忘れたなこれも忘れたなちょ色々忘れた ことを色々思い出してま全部持ってきたん ですけどあのなんかやっぱりちょっと最近 ちょっと考えることいっぱいありまして あのギ置いてきそう初めて人生で初めて あの音楽人生の中で初めてギターを置いて きてこのまま私はギターがなくても奉仕を できる人になるのかいや今日私は取りに 行くのかでま結局取りに行けちゃってで コンサートもなん歌えてあの力も与えられ てなんとかなったんですがま今日ここで皆 さんにこれ話した目覚めるかなと思って ちょっとネタにさせてもらっいや普通は やらないと思うんですけど私もなんかもう 6時間6時間走ってですねだから途中20 分だけ寝てはい寝てる間にそうそう せっかくなんで夫のギターもついでに持っ てきたつかなかったんです けど入れてないよねそうだ本当にこんな ことも人生の中で起こるんですけどあので もまこう時間を計算した時に間に合うなと 思ったりしてあのま行けちゃったなんです けどでも間に合わない時もきっとあると 思うんでそういう時はもうあるものであの 精一杯やるしかないと思うんですけどあの 今日はそんな感じで信じられない1日をま 過ごしましてまでもなんか思ってる元気に 過ごせたんですけどあのま本当にね私 なんか割と無理するタイプなんですねあの 本当にあの結構ギリギリまであの動い ちゃうタイプでまそれは本当にあの気を つけなきゃいけないと思うんですけど たまにこうやって昔もですね私はあの5人 兄弟なんですねであの牧の子供であの上川 2番目で兄弟5人のうちの2番目なんです けどすぐえっと下に弟がいてでその下に妹 がいて4つ下だったんですねで私当時6歳 ぐらいの時にえ妹が2歳ぐらいだったかな それであの一緒に公園に行くんですけどま 2歳だと使えちゃうじゃないですかそう するともう6歳の女の子が2歳の子を ずっと背負って15分ぐらいこかけて家 まで帰るっていうで私もなんか覚えてて6 歳の時のその自分をそうあの大変あの重い し下ろしたいでもお姉ちゃん頑張んなきゃ みたいな感じで結構無理をするした記憶が あるわけですよねだからこういう風にあの まお姉ちゃんとして育ったっていう部分も あってこう無理をするタイプなんですけど まそれ私のま音楽人生の中にもそうま今も 今日もそうなんですがああ本当に節々無理 をして喉を壊したりま体を壊したり今も肩 がちょっと凝りやすくなっちゃったりとか あるんですよねでもあのこれはもうま無理 は本当はしない方がいいと思うんですが 目的があのあってそれでそれをやるために あの精一杯の方法としてまやってきたのか なと思って今日もやっぱ精一杯自分のあの 引きたギターでできればねに1回ぐらい2 回ぐらいしか来れないスでこうできたら いいなっていうのがま思いましてですね あの取りにいたわけなんですけどはいはい あ褒めていただいてあしますいやまこれは 真似しなくてもいいんですけどねまま そんなわけなんですけど私はま元々その 牧師の子供としてうまい育って あのこういうお姉ちゃんとして育ったん ですがただそれは家の中ではしっかりした お姉ちゃんだったんですけど学校に行くと あのすごい人と比べられるのが苦手でそれ で本当にこうあの自信がなくて失敗したく なくてこうチャレンジとかするタイプじゃ 元々なかったんですよそれであのだから 本当に私ってなんてあの人の前に立つのが 苦手なんだろうって子供の時からずっと 思ってたんですけどそんな私がまこのよう に歌を歌う人生に神様を導くわけなんです よねでまきっかけはモスバーガーの コンテストでえこっそりとあのカに当時 録音してこっそり送ったらそれがま グランプリをもらったことをきっかけにま その審査位だった人が私をま見い出して くださって東京に来て一緒に音楽をやろ うっていう風にま言ってくださったんです ねまそれが21歳だったんですけどもえ ちょっと話が戻りますが私はま クリスチャンホームの中で育ちながら神様 をここを見ながらずっと生きてきましたえ 5人兄弟中ま上の3人はなんとか洗礼を 受けて弟は牧師になってんですけど下の 2人はまだあのま洗礼までは受けてないえ ちょっと自由に生きてるというか教会には まだ来てないまそんなほ5人いるんです けどみんなそれぞれの人生を過ごしている んですねで私は私と弟は割と真っすぐこう 神様を見ながらもっと神様を知りたい もっとちゃんと信じたいって思いながらあ 歩んできたんです子供の時でまある日 あのあのね私もクリスチャンホームだし 周りにはま教会の知り合いの人とか いろんな牧師さんとかがいてえある時みさ ちゃんいつ洗礼受けるのって言われたん ですよねそう中学生ぐらいだったんです けどで洗礼かあの洗礼受けたいけどまだ はっきりなんか信じてるかちょっとよく わからない信じたいけど信じてるのか わかんないっていうそういうあの私の中 正直な思いがあってそれを言ったらじゃ みさちゃんねはっきりと信じてるって確信 を持てる時が来るから大丈夫だから焦らず にその時を待とうねって言われてそれでえ それから待ってたんですいつはっきりする んだろういつ確信っていうのが来るんだろ うってずっと思ってましたでもですね中 学校卒業し高校も卒業 し大あの大学行ってないですけど19歳 フリータになってえその時にですねも そろそろ 洗礼受けたいなと周りのクリスチャン友達 みんな洗礼受けてくんで私だけなんか残さ れてまだ確信ないけどでも洗礼受けたい 洗礼受けたら生産式もできるし クリスチャンですってはっきりこうせ宣言 できるでしょそうなのでま父に相談して 19歳の時に洗礼を受けたいまだはっきり は信じてないけど受けたいて言ったら じゃあ洗礼の学びをしてそして準備して 洗礼受けようということで19歳の時に 洗礼を受けましたで晴れてクリスチャンに えなったんですけどもえそれが199歳 だったんですがその2年後21歳私が音楽 を始める年なんですが始めるちょっと前え 私はなんかこう確信がないまま洗礼を受け たのでえもっと知りたいもっとちゃんと 信じたいっていうのずっと思ってたんです ねそれで えあの自分の中のま解決法というかはえ新 学校に行って聖書を勉強する聖書学校に 行ったらいいんじゃないかなそしたら もっと分かるんじゃないかなって思ったん ですがまなべこう人の目を気にするような 性格だったのでこう牧師の知り合いの先生 たちには教わりたくないそれでえで海外に 行ったら誰も知らないところでマイペース に聖書の学び神様のこともっとあのマイ ペースに学べるんじゃないかと思ってえ イギリスにあの自分で貯金をして 100万円貯まってから行くわけなんです がまそれがモスバーガーのコンテストで 優勝した後まだ私は音楽をあの目指すか 迷ってる頃え賞金が30万円もらったので それも足して100万円になったので イギリス行ってきますっていうことであの イレスに行ったんですねただまだすぐには 聖書の勉強できなくてまず英語を学ば なきゃいけないというとこであの語学学校 にロンドンでて行っていましたま最終的に 半年間その語学留学をするんです がその留学中にあのある日空を見ていて 今日の清々しいような青空が広がっていて でこうイギリスの青空建物も美しい 青空も美しくてああ美しいな美しい日だな 神様想像主の神様素晴らしいなって思い ましたでもあ次の瞬間ですね待ってよとま 想像主の神様は確かにおられると私は信じ てる確信があるでもイエスキリストは本当 に本当にいたんだろう か私子供の時から実はこのイエス様て本当 にいたのかこれを考えないようにしてきた んですよねでも実はずっとそれがどこかで ずっと疑問だったんですもしかして ウルトラマンとかねあのスーパーマンとか そういう感じの架空の人物だったりするん じゃないんかなってねそのえ スーパースターみたいなそんな存在なだけ で本当はいなかったんじゃないかなとか そんな風 にその時心からそう思ってしまったんです ねやっぱりイエス様信じていないという ことがはっきり私の中でしてしまったん ですねその時にさーっとなんか青ざめたと いうかあ私イエス様信じてない家族ま クリスチャンと友みんな違う世界の人に 思えましたそして自分だけがポツンと なんかここう掘り出されたような本当に こう信仰が分かんなくなってしまったん ですねでその時から本当に不安になってで も疑1度疑った以上これはもうどうしよう もないだから想像主のこの神様全てを作っ た神様という存在この私はこの存在疑いを もなかったので神様は全てを知っている から神様あなたが真実を教えてください 本当のことね嘘のことじゃなくて本当の ことを教えてくださいて神様にこう祈った んです毎日毎日祈ってその間はなんか すごく本当に不安でこのまま日本に帰るの もどうしようという 状況でいましたえ神様をもっと知りたくて イギリスに来たのに私はその信仰がわかん なくなってしまったんです ねでそういう中でであの音楽に行くあの 進む道も開かれながらでもこんな状態で私 は日本に帰って音楽できないね聖書の学び もあのちょっとストップとか色々思えても いろんなことがごちゃごちゃになってどう したらいいかわかんなくなっていたんです けどこの全てを作られた神様に答えを ずっと求めましたそんな中でもうお金も 尽きてきて日本に帰んなければいけなく なってそして音楽に進もうとま思い始めて いた時 に神様は聖書の言葉を通して私に答えて くださいましたそれはえヘブルびの手紙 12章2 節信仰の導師者であり完成者であるイエス から目を離さないでなさいという 言葉イエス様イエス様から目を離さないで なさいという言葉が私の中に本当にこう 響いてきました あそうだったわ私子供の時からイエス様を 見て生きてきたんだったでも今親から離れ て1人になった時にイエス様から目を離し てしまったんですねそしたらそのどう戻し ていいかわかんなかったんですねでも神様 はこの聖書の言葉を通してイエス様にもう 1回目を焦点を合わせなさいイエス様を見 なさいそしてイエス様から目を話さないで いなさいってそういう風に私の本当に心の 奥に答えてくださったんですねその時私は はあそうでしたってなんか目が覚めたよう な気がしてああそうでした私はイエス様 からもう目を話しませんとその聖書の言葉 を通して神様に答えることができました そしてその日から私はこう不安になったり 信仰がのこうぎそうになってもその御言葉 に戻ってイエス様から目を話しませんね そこにいつも立つことができるようになり ましたこの御言葉は本当に緩がないから私 が由来でもその言葉に帰る時にいつも神様 私をね信仰に本当に戻してくださるんです ね本当にそのことは今でも私の中で本当に 新鮮な思いとしてえ生きていますまその後 えやっとねこう確信を得てであの日本に 帰ってきてすぐに東京に状況するんです けどその中でもあの本当に最初はただ自分 のその人に言えないような思いとかえそう いうものを歌にしているま消化してるよう なそういう歌が多かったんですけど だんだんこの私が歌ってる理由は何ですか と神様に聞いた時にこの自分の体を持って 神様の栄光を表しなさいというえその言葉 をまた神様はくださってあこの自分の体 自分の人生えこ私ができることを通して神 様の素晴らしさを表すために歌うのかと それがまた心の中にこう腑落ちた時にあ私 は自分のためじゃなくて神様の栄光のため に神様の素晴らしいこと様が褒めたたえ られるために歌っていくんだとそのように 本当に思うことができてそれもまた私のあ 歌を歌う中での力となってきました えま現在は本当にあのもうそれから24年 目ぐらいなんですけどえそういう御言葉に 本当支えられて進んできたんですけどまた 今私は今年からですねずっとまこのシオン の丘に来たのも元々は3.11の震災後の え集まりに参加したことからこの世に来る ことになっているんですがえその3.11 の震災以降私の中に神様が与えてくださっ た本当にその支援する思い1人のために えー励ますためにね元気づけるために そして神様を伝えるためにえそれをし なさいと神様な私の中に思いを与えて くださっていつも弱り果てて弱りそうに なってもそれをまた神様新しくその思いを 立て直してくださってで今年はえ月に1回 東京でチャリティコンサートまた再び やろうということで仲間たちと立ち上がっ ていますで私はま音楽をそのように始め ましたで24年経ちました改めてねこう こんな本当に自信のなかった私が神様に よってこう背中押されて音楽をやるように な のもま神様の栄光を表すためでもありまた こういうえ被災地支援のための働きのため にもあったのかなとかそんな風に思っても ますます自分のこの人生を当に神様が導か れるままに捧げていくことができたらいい なと思うんですねまそれは音楽だけじゃ なくて本当に私の人生を通して音楽だけ じゃない神様がこれをやってほしいという 風にれることをあの喜んでえ時々無理し ちゃうんですけどえせいっぱい喜んでえ 自分の人生を捧げていくことができたら いいなと願っていますえまた皆さんと再開 してえ新しい歌もお届けできることをえ 楽しみにしています本当にえ今日のこの 時間感謝しますえ神山みでしたありがとう ございます あどうもおありがとうございましたいや 本当に色々びっくりしましたまさかずっと いらっしゃると思ったのにいらっしゃら なかったとはいや本当にびっくりしました けれども本当にまま無理なさらないで一生 懸命だということはとても本当にあのよく わかって本当にあのゴスペル フェローシップずっとこうあのななんです かねあの一緒にしてくださった時も本当に こうスタッフの一員となってですねもう いつももう無茶なこともやずっとやり続け てくださったのは本当にでも衣メさんな方 だなというのはすごくよく分かっており ましたけれども本当にありがとうござい ましたでも本当にご真実な証でま私たちの 神様はきっとあの疑っちゃだめとかそんな こと考えちゃだめとかそんなこと全くなく てむしろ真実なお方だから私たちのうちに あるやっぱり弱さとかちょっとこう疑って しまう気持ちとか本当のところどうなのか なとかそういうことも多分喜んで受け取っ てくださるというかそしてみささんにそう してくださったように本当答えてくださる 求めて求めてそして神様ご自身の言葉とし て本当に目を話さないで私があなたを あなたがずっとこう幼い頃からね本当に 愛してきたそして支えてきた私も見て ごらんもう1度見てごらんと声をかけて くださったのかな本当愛の言葉だなと思っ てとても励まされました本当にありがとう ございますでも本当にますますまもっと いろんなこと聞きたいなということはあり ました皆さんもあったと思いますけれども 後でご質問なさるかまた次の機会を待つか あそんなことを待ちたいと思います本当に ありがとうございましたまず感謝を持っ てきたいと思いますありがとうございます で次はではご主人の千代さんにお願いし たいと思いますでは拍手を持ってえしたい と思います千さんよろしくお願いし ます元気ですかて ね元気がなくても大丈夫っていうねそう いう世界に今生きてますけどえそれはね恵 の世界で生きてるからなですね僕はどっち かっていうとまあ多くの日本人がそうだと 思うけどもう努力こそ1番みたいなねもう 努力すりゃいいんだっていうね努力したら なんとかなるんだっていうま世界である 意味な日本の教育ってあると思うんですよ ね僕のお父さんていう人はあの島根県の あのすごく田舎ですけどね島根県って日本 で人口が2番目に少ないって知ってました 1番少ないのは鳥取県なんですよだけどね 人口密度が1番少ないのは島なんですよま そういうところでね待車みたいなことして て僕歯社の息子として育ったんですよねで あの小学校の時はですね結構あの何 でしょうねもう全て蝶がつくことでやって ました例えば児童会長とかスポーツ少年団 会長とかなんかなんかもうめちゃくちゃ 調子になってましたねだけどねなんか だんだんこう子春期が近づいてくるでしょ そしたらあのバレンタインチョコを もらえる男の子とかが現れて俺も絶対 もらえると思ったらもらえなかったことが あったんですよねままずちょっとブルース それが僕のブルースですよねなぜみたいな なぜくれないみたいななりましてねそして あのに入りますねま僕あの当然あの剣道部 だったのであの中学も剣道部に入るわけ ですけどもだけどなんかあの怪我とかする とですねなんかレギュラーから外され ちゃったりとかしてですねで僕はあの 大好きだった相撲もですねだんだんあのな 相撲ダサいみたいな感じになって相撲取っ てくれる相手がいなくなってしまってです ねあのなんていうか僕結構53連勝とかし てたんですけど あのま名前も千代のですけどね当時は千代 の富って流行ってね ねねありがとうございますね持っ てるまあまあいいねけどもういつキリスト の話になるのかってみんな心配してるかも しれないけどまこれ枕だからねいいんです けどまそんなことでやっぱりね人間って いうのはねいい時ばっかりじゃダメなん だっていうねやっぱブルースが大事なんだ と思うわけですよね思ったように全てが うまくいってる時って別に神様とか必要と しないわけで中学になってだんだんなんか 勉強とかもねめどくさいになってきてうち の親父にもう勉強なんかもやりたくない よっつったらいやお前ね勉強できないやつ はねあの人の3倍やればできるようになる んだとか言われながらねもうそういう 思い込んだら試練の道を行く男の根性 みたいなそういう歌もあったけど昔ね巨人 の星だよねまそういうその昭和のまうちの 親父もあの1945あの昭和20年まこう ね野原終戦からはい上がってきた男です からねまそういう感じだったわけまその 世代の価値観ってあるじゃないですかでま そうかと思いながらま俺も3倍やらなかっ たけどもなんかこうねちょっといい高校と か入るわけそれでそうするとまた次の ブルースがやってきてですねもう進学校 あの神じゃないよあの進む方の進学校に 入ったらもうその町の偉い人たちがこう 集まるような高校それで僕なんかも一気に そこであの劣等星なるんですよねそれで あのそこで僕あのねよりによってロック ロールに出会うわけだけどももう何のため 勉強してるか分からなくなるよとねもう豊 とか聞き始めてもう盗んだバイクで走り 出してやろかみたいなもう放課の窓ガラス 割りに行ったけどあのいや割に行っても 意味ないなと思って帰りましたけどねま 一歩手前まで行ったりねまその自分のその アイデンティティに目覚めるわけだよね俺 何のためこれ生きてるんだとか何のために 勉強するんだそ勉強すればいいってもん じゃないんだよって勉強したその先の夢が 大事なんだ俺何なりたいんだろとか思って ねでその頃にま僕もほらあのチョコレート もらえなたでしょでなんかまちょっと話 前後する中二の時に修学旅行に行ったら たまたまなんかそのバス3台とか走らせて 奈良とか京都とか行くわけだけどあのそこ であの僕長渕強しの乾杯を歌ったわけ1人 1曲歌わなきゃ歌わしてくださいとかじゃ ない歌わなきゃいけなかったので僕は じゃあま長渕強しが好きだったから硬い絆 にとか言て歌ってたけ思いよよ歌えるね 語りつくせぬて書て歌ったけちょっとモナ みたいな感じよし血のうまいねみたいに なったんですよねあなんかいいねみたいに なってちょっと僕のあの落ち目になってた 日記が回復したんですよそこでそれで俺 これしかないなみたいになったんですよね それで中3の時になんかこれギター引いて 歌ったらもっと持てるかもしんないなと 思ってであの親にギターを買ってもらった わけでねだから僕の音楽っていうのは結局 その最初はその自分の価値とかあのなんて いう自己承認欲求って言うんですか今そう いう言い方するけどそういうことのために やってたわけですよまモテたいとかねで 高校に入るとねま落大生になって学校とか まんま行かなくなったけどだけど友達が 1人そのギターを弾けるやつがいたんです よねあの同じクラスにでその桑原君てやつ が俺にあのいや千のぶと俺もギターやっ てるけどあの高校2年生の夏になったら あの夏秋かなあの文化祭に出れるかもしん ないからあのねそれに向けてちょっと なんかやらないかというオファーが来たん ですよねほんで夏休みね練習するわけです よねでちょっとあの周りはもう ガチャガチャうるさいロコやってるわけ ですよあのもうなんかあのXJAPANと かねなんかそういうやつやってるけどだ けども高校生演奏うまくないからもう なんかボリュームとかもうるさすぎて何 歌ってるかわかんないみたいな感じなん ですよもう音でかけいってじゃないんだ よっていうねで僕らはその アコースティックギター2本であの歌とか もちょっとハモりながら しかも英語の曲を歌ってたんですよ あのそうしたらねモテ たねでそのもらえなかったラブレターが もうその学園祭終わって2週間ぐらいです か毎日なんかこうロッカーにあのラブレタ が入ってくるんでこれはいいぞ と来年のあの学園祭まで1年あるけど そんな待ってられないよとていうのはね3 週間ぐらいするとラブレータがもらえなく なってきただんだん忘れ去られていくと もう早く次のコンサートやられともう なんかこれじゃだめだと思ってそれであの 僕島根県でもうとにかく日本一田舎の チベットみたいなとこいましたからあの ライブハウスとかないんですよねそうする とねどうするかって言うとま市民会館は あるんですよそういうところに行って高校 生なのに市民会館の中ホールとか借りてだ けどほ一応新学校進む方の新学校行ってる から学校の先生にその許可とかを取ってね ででも大体ロックとかやってるやつはあの 不良であのタバコ吸ってるかもしんない からとか言って先生が見回りに行きたりと かするんですそういう時は絶対吸わないん ですけどねま影で吸ったりとかしてるん ですけどねまそういうなんかこう高校生活 てまそれはそれですごく楽しかったですだ けど音楽すごい好きだったけどやっぱり プロになるとかならないとかそんなねこと はやっぱりそんなのはもう大それたことは やりませんよねで僕お父さんさみたように 歯医者さんでで高校3年生ぐらいになっ たらすごいなんかこう現実的になって いやもう俺もサザの桑田さんみたいに青学 の文学部とか行きたいけどやっぱり市学部 行った方がいいかなみたいな感じになって ちょっと半年ぐらいこう一生懸命勉強し たらあの受かったんですよその歯医者の 学校にねそんであのま入るわけですでもう とにかく大学入ったらこっちのもんで僕は 別に歯医者になりたいわけじゃなくてその 資格が欲しいだけだと食い泊れないために その免許を取りに行くんだっていう いわゆる不純な思いで入るわけですよね そしても当然入ったらもう瞬間的にも軽音 学部とかに入るわけですよねであの結構 あの先輩とかに可愛がられるタイプなんで あのもう先輩とかにねバンドを誘ってくれ ていやうちであの歌ってくれとか言われて ハードロックバンドとかね色々こうやって ましただけど音楽やればやるほど勉強は手 につかないで結構ね 歯医者通いのもやっぱ半端ないわけ結構肌 ののことやるのかなと思ってたら死体解剖 とかするんですよ実は体全体のこともやる のそれ終わらないと帰れないんですよで 最初はなんかこうホルマリン付けの死体 みたいなのが運ばれてきてうわ気持ち悪い なんつって怖いとかってやってるけどもう そのうち慣れるんですねもう1時間もする とほれでもうなんか7時間も8時間も なんかあのいろんなことやるんですかあま 言うとちょっとね血の気が引く人もいるか もしんないから言わないけどだからもう 早く帰りたいなみたいな感じで結構やって ましたでだけど僕はもうその軽音学部の 活動に飽きたりずそのうちこう街のライブ ハウスとかにちょっと出始めたりとかねで 自分で曲作るようになったりとかするん ですよだけどその店に出たらサラリーマン みたいな人が聞きにくるようなお店でね僕 はなんて言うのもうそのなんていう親の 仕送りとかで食ってるような身分であの 自分で歌とか歌ってるけども自分が1番 よくわかってるわけ自分の人生が1番こう 薄っぺらいっていうことがだから こんなね1日働いて帰ってきてあのような 人にね僕のそのメッセージソングみたいな のをぶつけたとしてもね多分ね全然説得力 ないんだろうなっていうのはうう気づいて たけどそういう活動してましたでまあ さっきも言ったけど人生ってやっぱりこう ある日突然ねまさかの坂っていう聞いた ことあるそのまさかの坂ってあるのようん うちの近所にもあるんだけどね本当にって のがあるんだけどまざっって言うんだけど ねあのそこで迷ったこと思いますけど まさかのそやってきたのは僕ある日大学2 年生の時だったと思いますけど夜中自分の アパートで寝てたら夜中の3時ぐらいです かねあの電話かかってきましたほんで出 たらなんかよくわかんないこと言ってる わけあの実家からの電話でうんうちの お母さんだったかなおばあちゃんだったか ななんかあのうちのお父さんがまその開業 位でやってるんだけどあの要はだから僕に あれですよ勉強できないんだったらやば できるようになるんで努力で人生ってのは もうなんとかなるんだっていうようなま 優しい人でしたけど割とそういうねあの骨 っぽいとこがある方でしたま努力を信じ てるあの親父がね玄関先で動かなくなっ たっていうんだよびっくりともうこの感じ になってしかもなんか寝てるとかじゃなく てなんかこういう感じらしいっていう何を 言ってんだとそんなことあるわけない じゃんと思ってガチャンと切ってまた僕は 寝てました馬鹿だからで次の日朝なんか 学校行かなきいけないからま学校もあんま 行ったり行かなかったりだったけど起きた なんか昨日夜中に夢だったのかな変な電話 があったなと思って一応確認しとこうと 思って実家に電話したら本当だったんです よあのなんかこうなんて言うんですかねま いわゆるその真面目で努力型のお父さんが なんかその結局いろんなやっぱりま悩みが あるんですよねそのやっぱり歯医者さんだ からと言って別にその楽に生きていける わけじゃなくてやっぱりその自分で開業し てるわけだからその経営者でもあるわけ ですよねそれがやっぱりうまく回っていか ないとかまいろんなことがま後から分かる わけですけどだけど彼はまなんかその努力 でこう勝ち取ってきた人ですからまその 自分のまひょっとしたここからま僕のその 想像ですけども経験やまたひょっとしたら そのまプライドもあったかもしれないです よねその悩みを 誰にも相談できなかったわけ ねそうするとなんか もう結局どうにもならなくなってもう本当 コンピューターがもう固まってフリーズ するかのようにその玄関先で動かなくなっ て結局それはうつ病って診断されるんです けどただ当時今もううつ病なんてもう何人 に1人みたいなもうポピュラーな言葉に なりましたけどもう当時まもう25年8年 前ぐらいだけど あのそういう時はもうちょっとそう精神病 みたいな感じでしかもあのうちなんか田舎 だしあの噂とかもすぐ広まるしそんな うつ病の歯医者さんに誰もね治療とかして 欲しくないからそのなんかそういうの隠し ながらやってたと思うけどでもいよいよ もうその病院をそのなんて言うのかなでき なくなったんですよでそのまあ大の先生と かに来てもらいながらやるけどあの僕も 結構その医療系の大学ってお金がかかるん ですよね自習とかもほんで僕は僕でなんか そのなんて言うんでしょう自分の人生がま 全然まだクリスチャンじゃないですけどね あの1度切りしかないなで僕はその不純な 同期でこう入ったけどなんかこうどっち つかずな感じでこうやってたんですよね そんな時にそういうことが起こってま僕は すごく悩んだんですよねなんかま親父の ことも悩んだけど自分の人生のことでも 悩んだりまいろんなことがこう一気にこう 吹き出してた時期でしたねそしてもう早い 話が僕はそのもうなんかノイローゼみたい になってあの自分が人生でやりたいことを あの20個ぐらい書いたことがあります ノートにねだけどこれは全部叶わないなと 思って3つまで絞ろうと思ったんですよね そうしたらね今でも覚えてるけど僕は人生 でやりたいこと3つやりたいことっていう か欲しいこと3つっていうのはその当時 まず音楽だったんですよねあとね2つ何 かって言ったら言うのも恥ずかしいけどお 金と安定だったんですよねだけどもう音楽 の道を選んだ時点でその安定はないしま 成功したらお金あるかもしれないけど大体 の人がデビューとかもできないですから まあ本当にその自分もなんかこうこのまま 大学をやめてあのその音楽を目指すけどま ほとんどのね9910%の人がデビュー できなかったりまデビューできたとしても そっ食えなくなったりとかするわけです からまあのダメになってこう前のめりに 倒れてなんかやっぱりあの時大学続けとけ ばよかったなとかってこう後悔するのか あるいはここでま踏みとどまって大学に 残るけどああ自分がね60歳ぐらいになっ た時にねいやあの時ちょっと人生1回切り だったけどチャレンジしてみれば良かった なっていう後ろ向きに倒れてまあなんか こう後悔するのかって結構悩んだですよね でだけど僕はもうなんかなんかそんな時に こうテレビ見てたらまあなんか全然聖書 関係ないかもしれないけど犬が出てきたん ですよねでそれがサルーキーっていう犬 だったんですよでサルーキーっていう犬 知ってる人いますあのほい感じのねあの エジプトかあの中東の犬なんですよねで 多分あの世界最古の犬って書いてあるから 多分聖書で出てくる犬ってあれ全部 サルーキーだと思うんですけどひょっとし たらうんサルーキかアフガンハウンド どっちかだと思うんだけどあのそういう 感じでねとにかくその僕はノイロイズなり そうになった時にその犬がテレビに出てき てもう犬がねもう前しか見てないですよね なんかこう性感な感じで迷いがないって いうかあのリンとした佇まいでもうその うじうじうじうじしてる僕のめめしい心に そのサウがこう入ってきたんですねほんで なんかまそれだけじゃないけどまそこ インスパイアされてよし俺はもうちょっと 自分の人生1回切りだとそれでこう ちょっとかけてみようみたいなこう感じで やめることを決断するんですよねそうし たらもう周りの先生教授あるいは先輩同級 生もう100%みんないやそやあの止めて くるんですよねあのそんなもったいないよ とうん別に国にお金借りてでも大学続けて 絶対あの免許取った方がいいよとかて言う んですよだけどあの歯医者の大学6年ある しあとインターンとかも含めてやっぱ10 年12年ぐらいやんないと1万ならない ですよねそしたらもう30歳とかなるわけ ですよねそこからロックはできないなとま 思ったわけです僕はでま僕本当にま自分で も不思議だけど1年発起でこう飛び出すん ですね完全に人生ドロップアウトね今まで ある程度敷かれたレール来ましたそして まあ何でしょうそこであのアルバイトを するんですね僕福岡にいたんですけどその 時ほんであの色々1年アルバイトして自分 の持ってる金目のものをま全部売るんです よねバイクとかカジャンとかそれで全部 七夜に入れたりとかしでまお金を貯めて うん東京に出て くるそこでもう俺の話が長いからもう だいぶはらないとこれ終わりまでいかない からはりたいんですけどあのやっぱりそう いう状態でね東京に出てくるとあの不安な んですよ当たり前だけど僕の先輩が大学 辞める時になんて言ったかものすごいあの なんて言うのかな博多弁で言うんですけど 仕のぶつってあのお前歯車やめてうん東京 行くとか言っとるかもしれんけどもみたい なこと言ってくるんですねそんなことして お前失敗したらあのホームレスなるぜとか 言うんですよねもうそういうなんか脅し じゃないけどよかれと思って言ってくれ てるんですけどねだから僕はもうその音楽 にかけてるわけだからもうその大路を立っ てるわけそのもう中退してるからだから もう戻れないでも親も病気働けないしそう いうところでまその自分がそのどこから キャリアを始めていこうかなと思うけど僕 剣道やってたでしょそれで剣道部のやつが 1人いること思い出して日体代のに行った やつがいると思ってそいつに電話したら あの居酒屋で今バイトしてるんだ自由がか のでそこに結構歌手とかが来て流しみたい なことやってるからお前来て歌ったら みたいこと言ってそれでそこに行って歌う んですけど別にね歌を聞きに来てるような 場所じゃないからみんなもうなんか乾杯と かてずっとやってるわけですよね僕はもう 真面目に歌を歌うけど1曲歌っても2曲 歌っても3曲歌っても誰も聞いてくれない んですよねでそこでものすごく鍛えられる わけですけどなんかあのもうだんだんそこ から客いじりとか覚えてくるわけですけど もうお客さんこっちが絡んでいかないと誰 も歌なんて聞いてくれないからねででも そんなこと続けててもしょうがないわけ プロになれないでしょだけどもうそれで ようやくその当時カセットテープ オーディションっていうのがあって カセットテープを送り付けたらその吉子の ライブハウスがやっと出れるようになる わけ ですそれであのま当時家伝の留守番電話に 受かりましたなん入ってきてよしやっと ちゃんとしたライブハウスで歌を歌うこと ができてここで一等賞になればひょっとし たらデビューの道も開かれるかもしれない と思うじゃないですかまそれが頭の道だ からねだけどハウスに出たら出たで新しい 問題が出てきたとそれはなぜかて言ったら 黙っててもお客さん来ないんですよ自分で チケット売らなきゃいけないわけですよね で自分は東京に出ていったけど僕のこと 知ってるやなんて誰もいないんですよそれ までの人生はそのある意味親が敷いた人生 であってま必然的に出会う人はいましたね 同級生とか先輩とかだけどもう本当にその 東京っというところ僕にとって荒野でした ねたくさんはいるけどもう誰も僕のこと 知らないもうその自由学校で居酒屋してし てたやしか知らないみたいなそして僕は そのライブハウスのチケットを売るために またその居酒屋に舞い戻ってですねそこの お客さんにチケット買ってもらうってこと を始めたんですだけど友達がチケットを 買ってくれるというのはまあ多くても2回 か3回までなんだよねそうすると必要に 責められて僕あのストリートに出るわけ ですよねれでも渋谷の駅前に立ってギター で歌うんですけど もうギターを取り出すまでに30分ギター を構えて歌うまでに緊張してるからねもう 俺ここで歌ったらなんか変な人っと思わ れるかもしれないとかあのもうなんか当時 流行ってたあの不良のチーマーとかに 絡まれたらどうしようとかねなんかヤザが やってきたらどうしようとかねなんかそう いうことがあるわけもうビビってるわけ 完全にだけど俺はもうこのままじゃあの 田舎にも帰れないしと思ってものすごい 心細いけどもうやるしかないからねその もう夢掴むしかないからと思ってやって まし た夢はあったよだけど心の中不安で いっぱいでしたで友達はま無理やり作って たけどもうそのなんて言うのかな自分の その置かれてる状況に対して悩みを聞いて くれる人とかもいなくてもういるとしたら もういわゆるパーティーピーポていうかあ 飲んで飲んでんみたいな人しかいないわけ もうその居酒屋にはでも俺もその テンションに合わせて行かないと友達い ないと死ぬなと思ったからそこであの一生 懸命友達を作ってたんですよねだけど 心細かったですだけど心細いなんて言え ませんだけどね僕はその後まあ何年後かに クリスチャンになっていくわけだけども神 様っていうのはね僕は今でも思うけど完璧 な タイミングそして完璧なキャスティング キャスティンググって言ったらあれだけど 今で言ったらマッチングかな出会いとまた この時を用意してくれてたんですよねそれ がライブハウスに出る出るようになってま 昼のオーディション受かって夜のライブ やってそれでやっとなんか月曜日から 歌えるようになってみたいなこう順番が あったんですよ当時はねそして週末まで たどり着いたら最後ワンマンライブできる ようになったらなんか事務所がやってきて スカウトされてみたいななんかそういう なんとな思い描いてるイメージがあった けどもうそこにたどり着くまでも大変だっ たですよねまず自分のファンを掴まないと いけないからねだからその日ステージに 立ったら3組か4組かでやるんだけどまず 1等書になんなきゃいけないんですよだ から僕はどんな感じだったかていうと 襟巻きとかみたいな感じで言ったけその 自分の実力以上にこう自分を大きく見せ るっていうその被いていかないともう掴め ないからそういう感じで言ってたわけで 周りもそういう人だったもうギラギラし てんのもう本当心細いんだよ本当心細い けどここで1番ならともう俺未来ないな 死ぬなと思ってたからだけどねある日3回 目のライブの時だったですけど出会いが あったんですよねなんかそのまその日も3 組でやる1組目はま1組はまあ今思うと そうですね僕の年ぐらいかもっともう ちょっと若かったかもしんないけど40歳 ぐらいの大阪から来てるバンドおじま俺は おじさんだと思思ってたけど本人たちは おじさんと思ってないかもしんないけどね ま俺ぐらいの年の2人組の人たちが わざわざ大阪から東京まで来てライブやる ぐらいだから気合が入ってんですよもう 長年やってるからそういう2人組の人たち で僕がままだサウ組むまでピンでやってた でもう1組女の子だったんですよでその3 組でその日やりましょうっていう日でした よだけどそのね女性のそのアーティストが ねなんかどうこずっと見てるんだけどね 全然ギラギラしてないんですよねでなんか すごく普通の感じの人だったんですよね なんでこんな地下室のライブハウスに こんな素朴で普通な人がいるんだろうか しかもえ歌うの今からみたいな感じの人 だったんですよそれが神山みさちゃんだっ たんですよ ねでもう逆に目立ってるっていうか エリマキとかばっかりなのにとかげじゃ ないのねで俺そのもう学ものライブハウス でしたけどもう多分こういうきっかけした かわかんないけどあなた何なんですすかっ て聞いたんですよそしたらまこういう答え 方してなかったかもしれないです私 クリスチャンですとお父さん牧ですみたい なうんあなた何なんですかそうです私は クリスチャンですみたいな感じっていうか 変なおじさんじゃないよみたいな ねいやでねクリスチャンっていう言葉も こちは分からないけどクリスチャン ラッセンとかクリスチャンディオールし てるくクリスチャンて何みたいなええ ひょっとして天草史郎とかあれですか みたいななんか小学校4年生の時に社会の 授業で習って切りしたんて言いたけどえ あれちょっと言葉に似てますけどあれです か牧師ってあのあれですかみたいなあの 新婦みたいなあれですかみたい なそれまでクリスチャンに会ったこと なかったからねその島根県で15歳まで 行ってそれであ18歳目で行てで大学は 福岡でしたけども本当に神様を信じてる人 に出会ったのが僕は23歳で彼女がさっき の証聞きました神様信じたの本当に信じた の19で宣伝受けたけど21で信じたって 言ったでしょ僕と出会った時21歳なん ですよ信じた ばっかりだけど私クリスチャンですみたい なねええみたいな逆算したらびっくりです けどこれが神様なんですよねそしてま僕は ねなんか知らないけどま結構凄んで生活し てたと思うけどあのなんか自分っていう ものがねこのまま行くとねまだ クリスチャンじゃないですよこのまま行く と滅びるなと思ったんですよねでなんか この人があまりにも普通の人でなんか僕の 周りにいないような普通の人でなんか知ら ないけどちょっと信頼できそうと思ったん ですよねなんかこの人にだったらなんか何 でも話しても良さそうと思ったんですよ ねでなんかま友達になったんですけどで僕 歌た居酒屋とかにもあの見に来てようなん つって友達と見に来てくれたりねでこの人 はも結構普通な感じしてるけど結構あの ドコン上ガルみたいなところがあってま さっきもねだって普通帰らないよねギター 取りにね6時間かかんだよね高速台今2倍 かかるからねねもう なんかもう当時からもうストリートライプ やってましたよねで聞いたら同じぐらいの 時期に出てきてうんいやすごいなとか思っ てでなんかそのやっぱり普通なんだけど やっぱちょっと違うなっていう違和感です よねなんか俺は襟巻きとかみたいにすごく 威嚇してるけど心の中を不安でいっぱいだ けどこの人は普通の格好しなから堂々と歌 歌ってんですよありのままの自分でありの ままの自分でステージに立って歌えない なっと思いましたねなんかうんもっと被い ていかないとなんかそんなことできないな と思いましたねだけど何なんだろう俺には ないもの持ってるなって思ったから多分 そのさっきのあなた何なんですかっていう 質問になったと思うんですよね今思うとね その結局ま僕も今クリスチャンになってま 話まこの話の続きあの僕本売ってますから そそこで1000円で売ってるからまだ たくさんあるから買って欲しいんだけどね 結局神様って目に見えないけど信じてる人 のうちに住んでるんですよでもちろん天の お父さんですよでその天の父の右の座に イエスキリストが指してるって書いてある からそうだと思うだけどもう1つの3一体 の神っての精霊の神助け主の神っていうの はじゃどこにいるんでかて言ったら信じる 人のここにいるんですよね僕クリスチャン になった時にやっぱり自分の身内にも イエスキリストのこと伝動したくてねその 88歳のおばあちゃんにね伝動してたの 島根入るたびにでもうずっとイエス様の ことを素晴らしさをずっと語るわけですよ で話聞いてくれるんですよ10分とか15 分とかでおばあちゃんが15分ぐらい話 聞いた後に返しがすごいんですよおばあ ちゃんの返しがじゃあその素晴らしい イエスキリストを今ここに見せてく れっていわけですよ見さら信じるって言う んですよここへ出してくれって言うんです よねで俺はその開始にもう鳩が豆鉄砲 みたいな顔になってなあってなってなんて 答えていいかわからないってなったんです けどおばあちゃんをクリスチャンじゃない ですよだけどおばあちゃんがその後言った 一言がすごくて最近その言葉僕思い出して たんです けどちょっと目に涙を浮かべながら僕の胸 を叩きながらお前が信じてる神ここにおる だろって僕の胸えた のだから その神様目に見えないけど神様目に見え ない神をどう伝えるんですかって言った時 に結局もう私を見てくださいって言うしか ないんですよそれおこがましい意味じゃ なくてねそのもう私とイエスキリスト共に いるからそれまみさちゃん言わなかったか もしれないけど僕はそれをなんか違和感と して今考えたら感じてたんだと思うんだよ ねだから何なんだろうこの人はま クリスチャンだったら皆さんそうだと思う んですけどこの世の常識じゃなくて天の 常識で生きてるわけですよ天の常識で生き てるけど実際自分の体があるのはこの世に いるある意味気流者としているやがて天に 帰るでもこの世の人っていうのはこの世の 常識で生きてるんですよえお金なかったら どうすんのとか ねそれビューシャンの夢あるかもしれない けど失敗したどうすんのホームレスになる ぜとかうんそういうことがあるわけまうち の親父もそうでしたけどもうそんなの努力 ですじゃ努力できなくなったらどうするの ってことですよだけど神様っていうのは 信じる人と共にいる神だって聖書に書いて あるでしょでその神様に何でも祈って いいって書いてるですよでその天で行っ てることが結局この地に起こる主の祈りね 天に増します我らの父を願うか皆を崇め させため三国を来らせた前見の天になる ごとく地にもらさせた前地ってどこです かって僕よく思うんですけどここじゃない かなと思ってですねそれをやっぱ結局祈り やそして宣言してるわけですよね神様来て ください今日も俺と共に生きてください神 様事の方を今日も与えてください1日分の 命注いでくださいってことですよね明日の 心配すんなっていうんですよってなんて ロックなんでしょう明日の審判社するか 今日1日分のロックは十分ありますまず 明日のことじゃなくて目の前のことを ちゃんとやるよと神様言ってくれるわけ です僕らにで僕らはま例えば歌手とかやっ てるとしたらもうこんな一生懸命歌ったら 明日も現場あるのに声出ないかもなって ひょっとしたら思うとするじゃないですか それダメなんですよね1日のことをやりき るってことなですよじゃないと明日見えて こないんですよねでもそれ歌手だけじゃ なくてひょっとしたらその全ての仕事が そうであってねあの神のその天の常識で 生きるっていうことの中にまいろんなこと があると思うんですけどもまあのこれ以上 喋っててもしょうがないので次のね アンカーにバトンタッチしようかなと思も 閉めてくれると思いますけども本当に あのその神を信じる人たちがもちろん それぞれの教会に行ってるかもしれないだ けどじゃあ月曜日から土曜日それぞれの 場所にわされていく時にいや1人1人が 教会なんだと神様どこにいるんですかいや 私と共にいるんだとそして私を通してもう 1人1人がまある意味ミニキリストになっ てこの三国をこの地に解き放っていくんだ とじゃ三国をこの字に解き放っていくって どういうことかって言ったらこの地上に 生きて地上の常識で生きてる人たちに対し て僕ら自身が天の常識で生き るっていうことを やった時に初めて伝わるものがあるんじゃ ないかなって思います僕らの世界は僕より 歌のうまい人やまた僕より演奏のうまい人 やバンドやたくさんいるんですねもう僕ら より早くデビューした人とかもたくさん いるんですよだけど今僕47歳なんです けど その多くの人たちが今もう音楽やってない んですよもうヒットしたような人もねだ けど僕なぜか実力とかじゃなくてただ神の 恵みによって今この活動もう24年やって んですよサルーキーとしてねだから神様 不思議な方ですよこの世の愚者を用いて この世の知者を恥ずかしめるって書いて あるじゃないですかこれ僕の能力でやって たらこれ僕の栄光ですよねいや俺が才能が あるんだよみたいなこそういう世界ある けどそうじゃなくて ジースの世界ですからねこうじゃないから ねこうだからねだからそのなんていうの 不思議な世界この恵みで生きるってことね 神様に頼りながら今日も神様なんて喋って かわかんない何歌ってるかわかんないけど 祈りますよね神様助けてくださいでじゃ ないと僕が僕のことやってもうそれ以上で もそれ以下でもないことしかできないです けど神様にと神様働いてくれるんですよね だからもうそのこと信じてもう1日1日 やるだけですそしてどんな未来が待ってる かわからないだけどこのまクリスチャン なって21年ぐらい経ったけどま今回本 出したけどこれ本書いてなんか読み終えた 時に振り返った時にいや神 様ねまさかこんな未来が待ってたなんてて 今思いますとあんなみたいだった俺が神様 に拾われて今全国の教会になんか行って 年間120本ぐらいコンサートやってん ですけどもう別に教団共和とか関係ない ですよ呼ばれたらどこでも行きますしもう いろんな布団で寝ますしいろんな 環境出ますけどま鍛えられるんですけどだ けどねもうブラジルとか行った時もねその 最初すごく豪華ななんかこんなところで寝 ていいんですかみたいななんかもうお 金持ちのクリスチャンの家でもうなんかも 一等まるまる借りてもうプール付きの なんかこう一軒屋みたいなとでわーなん つって晴れるやとかっやってたら次のあの ブラジリアっていうところに行ったら今日 ここで寝てくださいって言ったらまず床が なくて土なの ねそれでなんかタオルケット1枚あって そこで寝るんですけど窓ガラスに見たら ガラスが張ってないのねほでブラジルです からあの昼暑いんですけど夜寒いのね めちゃくちゃでそこでガタガタ震ながら 寝れないけど寝るしかないみたいなでそこ で語られた御言葉今日も歌ったけどいつも 喜んでいないですいつもず祈りなさい全て のことについて感謝しなさい感謝できるん ですか俺みたいなあのお金持ちのクリシン の家でプール飛び込みわいなんつってやっ てた時は感謝できますよねだけどこの状況 で感謝できますかこのジェットコースター のような人生もうそのミニチュア版の ブラジルツアーでしたね3箇所回ったけど ねまその3箇所面はま割と普通の マンションでしたけどそのブラジリアの時 が本当試されましたよねほでも寒いからお 湯のシャワーとか浴びてけど水しか出ない とかねもういわゆるあのワイワムっていう とこのあのねもう世界中あの選挙手 送り出してるその卵を要請するようなとこ でしたけどももうそこでなんかねまなんか 本当鍛えられましたけどだ けどそういうことなんだなとだってねいい 状況で喜ぶいい状況で感謝するで悪い状況 になったら不平不満を言うなんだ俺の人生 こんなのみたいないうのっ てこの世の常識ですよね何も変わらないだ けど神様と共に生きるねイエス様がこの十 字間に着く時に言ったこと覚えてますか いよいよ人の子が栄光を受ける時来まし たって言ったんですよねいや栄光受けるっ て今から痛い目に合うんですよひどい目に 合うんですよねだって栄光を受け るってどういうこともうそんなのいっぱい やってきてたじゃんイエス様4000人の 給食5000人の給食あれぞ栄光受けた でしょイエス様すごいなみたいなみんなの こと詳してみたいなねだけどイエス様は もう全然違うねもうひたすら自分が死んで みんなを生かすために十字架についたわけ ですけどそれが自分にとっていよいよ人の 声栄光を受ける時が来ましたって言ったん だ って思った時に神の国の常識で生き るってどういうことなんだろう人は必ず 死にますだけど僕ら残された人生もう今日 残された人生がちょっとテーマみたいに なってるけどねなんかもう若い時は色々ね もうあれが欲しいこれが欲しいこういう風 になったらいいなとかつってもうテイカー で生きてきたけどある意味受けるより 与える方が幸いですって聖書に書いてある けど何か何でもいいですよねもうイエス様 さのレベルはもうはるか高いけどもう何か 自分ができることで何か人に与えることが できたらきっとそれってね自分が召される 時に幸せな人生になるんじゃないかなと ちょっとずつ思い始めた47歳の夜でした ありがとうございまし [拍手] たはいどうもありがとうございましたもう お腹いっぱい色々聞かしていただいて本当 でも神様のね本当なさった本当に時と 出合いと素晴らしいま生涯一緒にイエス様 を見上げていかれる方とので出会いも与え てくださったました永遠の命と新しい使命 と本当に神様のなさることって本当に 素晴らしいなということを教えていただき ましたしまたま人がね羨ましく思うのと また人によって違うんですねなんかすごく 魅力的に思うのがね派手派手な人いいなと 思うことてありますけれども本当ね普通の 人すごく魅力を感じたいやその中に いらっしゃるイエス様に魅力を感じたって いうの本当に素敵なお沸でしたありがとう ございました感謝して拍手したいと思い ますありがとうござい ますそれではえアンカーということでえで はク美子さんにお任しをしていただきます よろしくお願いいたします [拍手] まずその巻きとか本当だよさにだ よこの時間こんなにヒヤヒヤしてんの私 ぐらいだと思います皆さん大丈夫ですか あの大丈夫ですかちょっとその場所で ちょっと伸びたりします かねあの立ってくださっても大丈夫です ここで大丈夫ですか立ち位ははいえ私の どうしようってことあんまり考えないよう に聞いてました心からあのこの方々に 起こった恵みあのその出会いは本当 キャスティングとか時はパーフェクトだっ てことを私も一緒に追体験したかったので 自分の出番のこと一生懸命考えないように しましたのでえ祈りつつえやりたいと思い ます私クズハと言いますえゴスペル シンガーソングライターですと言い始めて まだわずかですねえ洗礼を受けたのは 2002年なんですけれどもその後 いろんなことがあってだんだんだんだん 作風が変えられていきましたえ自分の書い てる曲をですねゴスペルですとか賛美で すっていうのはこれは実は勇気がいること です悩んでらっしゃる方いっぱい いらっしゃいますかこの自分の体験談 みたいな歌が誰かのためになるって転換 するってすごいことだと思うんですねそれ を悩みを突破するのにゴスペルですって いうのもですねなんかおこがましい気がし ましたしそれで教会に呼ばれるとかあなん と言ってもシレをいただくとかあ本当に その時間をいただくとかま実はその教団に よっては牧師先生が教団に新しい人を立て るってこともとても大きなことだっていう 風に聞いていますそれを考えるとなんで 歌い手とか賛美者はすーっといっちゃうん だろうって思ってらっしゃってえそのこと を気にされてる人もきっといるかもしれ ないし未だか未だにそういうことがとても ととても重い扉な教団とかそういう体質を 持ってるところもあると思いますそれは 仕方のないことですえーそれもすごく 受け入れます自分も表現する側としても 様々な葛藤がありながらあ今日も元気な曲 も優しい曲も言葉が強い曲も言葉が強いっ ていうのは神様に対して信仰を持ってこ 宣言するような曲の時もあるし誰かに 寄り添う受け入れる曲もあるしまどの局長 に対してもですねま私たちみんなそうなん ですけど現場に合わせてその方々がどんな ことを受け取れるかを考えてえ言ってい ますまそれは神様にもちろん聞きながらな んですけれどもなんとかして神様のこと 伝えたいなって思う本当に謙遜な気持ち みたいなものはえその場所その場所に行き ながら神様から直接教えられた気がします それで今私はそのシンガーソングライター やゴスペルのクワイヤのディレクターあの ゴスペルを教える指導者ですねもしてい たりまたボイストレーナーをしてるんです けれどもえ私のとろに来る生徒さんたちは まだんだんクリスチャンが増えてきました クリスチャンに習いたいという人が増えた んでしょうねやっぱり増えたというか多い んですねえなので遠くからでも何でもオン ラインでも何でも受けたりするんですけど そういうことをお伝えする時にですね なんでいつからゴスペルシンガーって 言えるようになったんだろうえーそのこと をいつも気にしていますあのどんな風に 伝えたらこの人のためになるかなと思って でその決定的にここからですって言えない んです よ言えないんですでいつも今日も思うん ですけれども自分みたいなものがさっき犬 って表現してましたけど野良犬だった私も 野良猫みたいなもんだったんですけど猫 でしたツンデレ系のすごいなかなかこう ギュってできない大好きって言えないあの 自分に大丈夫だよって言えない猫でした ずぶ濡れでしたそれもえそんな感じだった んですけどなその自分がですね えそんなものが自分が作った歌をま自分の 歌であってもですねその歌を表現するに たる人物かどう かこれはいつも試されるんですとっても え試されませんか牧師先生方 も立つということはで歌で立つという時も 同じですでも え取り扱われてきましたちょっとその話を ちょっと遡ってしたいと思います私はえ クリスチャンホームでもなく聖書を読んだ こともなくそういう幼稚園や学校に行った こともなくえ州のえ葛葉という名前は美 苗字なんですけれども石川県の白衣という ところまこ最近のの大変なことありました けどそのギリギリねまだちょっとまだ 大丈夫だった方のえ白衣というところが私 の父の本石だったんですけれどもえその 出身でま父も母も東京で出会ってるので私 は田舎でちょっと帰ったぐらいのあクハの 本家との出会いだったんですけれどもえ派 というのはすごくえ古い家計で武士の家計 ですごく式たりがえ北陸の生まれでえ とても強かったですねでも本当に聖書とか クリスチャンとか無縁なものでしたでも父 はですねその当時え段階の世代ですから ロックやってれば本当に不良と言われる 時代え本気でバンド活動やっていて ベンチャーズとかあの辺の世代です本気で プロになろうとしていたあ東京でえバンド をやってたものです元々はベーシストでで でも私が知ってるお父さんはですねえ家族 にお家に反対されてそれをなくなく断念し た存在でで最終的には不動産屋さんをやっ てたんですけれども えとにかく私は生まれた時からずっと ずっとお家にえ生演奏が流れていました父 が基本を引いて歌って曲も作ってで当時 珍しい打ち込みをやってましたカセット テープに4トラックでこうダビングした ダビングするダビングしたものをダビング するっていう懐かしい時代があったんです けどそうそうそうピンポン録音してたそれ を私ちっちゃい頃から経験してですね えっと幼少期を過ごしますもうあの小学校 低学年ぐらいでビートルズ100局は 歌えるみたいな子供であのもう弟も勘が 良くてずっとこう家族でハモっているとか とにかくえスティービーワンダーから カーペンターズからビートルズからビーチ ボイズからも全部あるみたいなお家で どちらかというと日本の火曜局あんまり 知りませんでしたでそんな環境で育って ですねま昔話から入っちゃったんです けれども私の音楽の人生のスタートは そんな感じでしたでも両親が不でですね うちの父はとても破天荒でたくさんえま何 でしょうね男子にも男性にも女性にも好か れる方で本当にいろんなことがあったん ですねえ配信があるのであれなんです けれどもあのいろんなことがあってですね うちは私は棒兄弟が何人もいますで私は2 番目の家庭ででも父と1番長く暮らした 王子ですでえ最初はその夢のような楽しい 父歌もうくて魅力的な父えに本当に大好き だったんですけれども えー本当両親の不なシをたくさん見てきて 育ってしまいましたでその後ですね両親 頑張ったんですけれどもえ中1ぐらいの時 にえ離婚しますでえうちの家の中から完全 に音楽というものがえてでそれまでは父と 母が喧嘩してても私一緒に歌を歌って父が 寂しそうなので一緒に歌ってでもお母さん のことをずっと伺ってるようなあ人生だっ たんですねなので私にとって音楽って人を つぐものであり何でしょうねこうこう すごい色々複雑なんですねで1時期え なくなるんですけれども音が消えるんです けども高校生になりますえ中学生の時は 本当に母に気い使ってそこから女で1つで 一生懸命育てる母に答えるべく長女として えー本当に優秀な子だったと思いますえで そして親戚10にも何でしょうねちゃんと 育っててるよって母は示したいんですよ その一部になろうとしていましたえー本当 に辛い時に笑おうとしてたしでその一生 懸命母頑張ってたんであのほなん言うのね 大丈夫だよっていうことを忘れてしまった 女性なんですねあの自分にも厳しいし子供 たちにも特に長女の私には厳しかったです ねそういう環境で育ってきてでも高校の時 にですね警音学部に会うんですよで私は ちっちゃい頃からあの知らず知らずのうち にもうバンド活動を家の中でしてて初めて 慶音学部見た時になんだこれそれはバンド じゃないみたいなことをちょっと生にも 思ってしまってちょっとマイクを貸し なさいとか言って思ったレベルでしたあの 先輩ががやっていてもなんか最初の音楽外 でやったきっかけって本当その フラストレーションというかやらないと 気持ちが悪いわっていうところが強くて ですね本当ま生意気なんですけれどもでも みんながこうお化粧してコピーをしてるの を見てていや本当はそういうんじゃない バンドドってこういう風に出会ってこう いう風に出会って音をこうやって紡いで ここが生音で素敵でここは人間性を出す ところでとか言って父がずっと私に 語りかけてたバンド論をずっと聞いつてき たんですよえ本当に音楽愛していたし人を 愛していたし音楽の作品を愛していたので いろんなアーティストのどこが素敵なのか を死の素敵さとかも全部私入ってるんです よねなんかそんな不思議なあ環境で育って きたので もう他でやってるのを見た時に私は本当は こうやりたいのにっていうのがバーって出 てきてその新入生歓迎会の1ヶ月後にもう ライブハウスでブッキングしてるんですよ ねすごいエネルギーだったと思うんです けれども先輩方集めてま最初はコピー バンドですけれどもでもみんながやってる ようにやり始めました母親に隠れてやり 始めましたでさやってるんですけれども それで食べていけるわけじゃないしえでも もっとうまくなりたいと思ったので音楽の 専門学校見に行ったり色々したんです けれどもあのとても自分の経済じゃでき なくてコピーライターの専門学校に入り ますでもそのお金がを作ったのはその在学 中からちょっと時給の高いえしましてま この話ぜひしてって言われたので包み隠さ ず軽く言うとそういうえアルバイトをし ながらですね全ての学費やボイス トレーニング代とか外で活動する全ての ものを自分で賄ってえそこから16歳か 17歳ぐらいの時から母に何かをもらう ことは一切しないで私の人生私の好きな ようにさせてくれみたいな感じで えもう手に入れてきましたなんとかして 資金を作ってこう動かしいましたもうその 時代からで母ももうなめられないように 生きていたしその流れに乗って男なんか 信じな状態でえ生きてきたのですごいあの 鉄の女に鉄の女が育ったみたいな感じのあ そんな雰囲気で高校時代を行っていたので 私はその時の友達あんまりいないんですよ ねやっぱり他人に対してすごい厳しいん ですよ全てのことを親に出してもらう友達 と友達になれないですよまそのような感じ で行きますで卒業してから音楽に大学に 行きたかったり専門学校行きたかったけど 私は自分にできることとしてコピーライト せめて死がうまくなりたかったんですね コピーライターの専門学校に行って ちょっとその学費がちっちゃいえのにも 行ってで自分のバンド活動をたくさんやっ てデビューしようデビューしようってやっ てるんですけれどもま食べられないのでで もそのコピーライターの方から1回は雑誌 の制作の仕事につきます でえその仕事が面白くてでその雑誌の制作 もクリエイティブな仕事なのですごく喜び があってそしてそこでも音楽をやってる人 がとても多い現場だったんですね職場だっ たんですね尊敬できる人とたくさん出会っ て仕事が面白くてまとにかくガツガツし てる人もう学習の雑誌だったんですけど すごい目しスパンで動いて週夜10時の ミーティングなんて当時当たり前って感じ でえそう24時間使って働いていましたで まだ全然神様に出会ってませんけれども その時にですねまた1回そのやって音楽 からを1番にする生活からちょっと離れた かに見せる見せかけてまたそこでも音楽 やってる人にライブを行くことを誘われて 行った時にやっぱりマイクを貸してって いうこう衝動がまたやってくんですやっぱ ややらないでいけないやらないでもう生き られないって思ってえある程度順調に行っ たんですけど5年ぐらいでちょっとシフト チェンジしてでですねあのアルバイトに 変わって大路を立って私やっぱりもう1回 プロになりたいと思ってシンガー ソングライターあシンガーソングライター というかバンド活動を復活しますえ アシッドジャズとかジャズとかソウルとか R&Pとかいろんなジャンルを片っ端から 自分を探すように勉強しましたもちろん 実際頃からやってたロックもえその時 流行ってたハードロックもあいろんな ジャンルその頃はもR&Bが入ってきた ばっかの90年代でしたでこういうのが やりたいこうのがやりたいってえ探してき てでブラックミュージックに出会うんです ねうわなんだこのジャンルと思ってでその いう仲間が揃えますファンクとかできる ジャズとかできるそういう仲間がだんだん 揃ってくる時にノンクリスチャンの ミュージシャンたちに言われるんです スティービーワンダーとかアレサ フランクリンとかみんな教会をルーツにし てるとだから1回はゴスペル習ってみたら どって言われてアメリカに行くんですよね で1番最初にまアメリカといえばみんな もうそこに行けば何か夢が叶うってなんか 幻想を持ってるので喜んでいきます ニューヨークに行ったりえ西海岸の方に 行ったりするんですけどそこで初めて ゴスペル音楽というものに触れて最初はま 蓋開けてみたら大勢で歌う礼拝じゃない かっていうものだったのでそっかこんな 感じかと思ってま衝撃だったですけどでも 何でしょうね私が知ってる私も襟巻とかの 世界を知ってるんですよさん オーディション受けてその1個のマイクを 勝ち取るためにみんなでこうこれを 勝ち取るためにって歌い方をするのでどう だっていう衣装を着て私もま今もちょっと ちょっと名残りある気がするんです けどだみんな笑っ たと思うんですけどやっぱねあのかくと いうか本当に威嚇をするというかあの私に 価値があるよっていうね歌え方をするそう いうことから考えるとそこから知っていく ゴスペルクワイアやの指導者たち派手なん ですけどどっか違うんですよねま派手です よま私も派手ですけど未だにねでもなんか 違うんですよ中心に いるものがで私はそれまで今まで何にも 知らなかったあものだったんですけれども そのアメリカで体験したものをきっかけに 日本に帰ってきたらある時に原付で私バイ クって言ってもこんな大きいバイクを想像 されるタイプなんですけど原付です原付で こうやってやってたらあの死後待ちして たらプラってチラシがこう2回ぐらい車輪 の跡ついて引かれたようなチラシがここに そばにあってであゴスペルって見えるん ですねついこの間体験したばっかりのそれ をこんななり ながら原付でこうなるのって危ないんです よなんだけど一生懸命取ってこんな汚く なってるやつを取った時に実はそれ今も 指導してるグループなんですけど今指導し てるえアビコのグループなんですけどその 昔の形のグループの柏え坂西ゴスペル クワイヤっていうグループのチラシがあっ てそこでワークショップをやるとでその時 1999年え日本にゴスペルブームがあ いよいよなんスタートするみたいな時です ねえその時にワークショップをやりますと でそののえ行って日本で初めて試しに行っ てみてこんなのありながら見に行ってこう いう感じで襟巻きとかがね行ってまギラッ としてる人がいってその最近聞いた話に なると私が見学しに来たのをその牧師先生 覚えてるらしいですなんかすごい人来た みたいなちょっと派手な人来たなみたいな 覚えてるらしくてで今こうなってるよって どなたか報告してすごい感動されてたそう なんですけどそこで体験しましたでまずは あの自分地に1番近いところだったんです けどその後しっかり通ったのは今自分が 通ってる教会のかあの教会でえ青野恵さん ていう人が新しくあのゴスペルクワイアを 立ち上げるから私はそこにも行こうとして るっていうえっと見学者がよくこう自己 紹介をする時にあの喋ることで聞いてでア の恵さんて人はご主人もピアノ工事さんっ て人で音楽業界でもとても有名な人だった んですね私にとって知ってる人だったので あ今度そっちに行ってみようと思って行く ようになりますでそれが2000年のこと です最初はですねゴスペルブーム始まった 頃で大勢の人が1回1回のリハーサルに すごい来られてえ30人ぐらい普通でした 本当に当たり前のように信頼者が来てで すごい盛り上がってるんですねで英語の歌 をほとんど歌ってで詳しくそこは教会で やるゴスペルクワイヤの2個目その泡の恵 さんたちがやって2個目のまだ生まれた ばっかりのグループでその教会が主催をし てるというグループでは初だったんですよ 主催という意味で場所学史ではいますよ 主催をしてるグループはかあが本当に最初 でその後いろんなクワイヤのリーダーが見 に来たぐらいだったんですねえっと教会と コミットしてやるというグループだったの で何しろ毎回十字な話するんですよ本当に 私が中をすごいやっぱアピールしてるのに も関わら ず絶対十字な話するんですよもう耳にタコ だよってすごい思ってなこの下りなんとか ならないの絶対あ推しが強いと思ってこう いうこと言わない方が人がもっと溢れるの にって思いましたもうそういうこと言わ ないでもっと当たりの柔らかいこと言っ てる方がもっとここのグループもっと有名 なるよぐらいに思ってたんです私はあの 襟巻きとかですから思ってたんですねねで なんですけど絶対その覚えるぐらいこっち が参加者が全ての下りを覚えるぐらい福音 について十字の話イエス様の話えーま許さ れてる話とか全部そこのこの人を信じれば 神様のとろに行けるよっていう福音のこと を必ず必ず言う教会でしたそして私は最初 は他人ごとにそうやってもうやめてって いうほどもう無関係って思うようになった んですけれどもま私歌上手なんで多分で あのソロとか頼まれるんですよあの歌って くれとそうするとまたずぐんぐん来るん ですねこの歌詞はこういう意味でねクさん こういうつもりで歌って欲しくてね図しい ですよねただで歌ってるんです よこうやって言ってきてもう徹底指導が 入ったりあとまそういうケアがねたくさん その厳しいこと言われるだけじゃなくてあ よく来たね本当に来てくれてありがとう 今日一緒にご飯食べて帰ろうとか本当に 関係を持とうとみんながしてくれましたで その中でですねだんだんと私の自分の音楽 人生を話すようになりますどうしてそん私 は最初ですねクワイヤの皆さんの集まって くる皆さんがあまりにも練習しないし あまりにも自主練してこなくて歌がちっと も上手にならないんですよでもうやってる ことはブラックゴスペルなのでちょっと 難しい難しいからもうちょっと自主練が 必要でしょって私はま1メンバーなんです けどみんなにすごい辛口なこと言う人に なっていくんですねこんなんでステージ 出るのどういうつもりなのとかかこから 振る舞いからあの音楽的なレベルから最初 はもうなんて言うんでしょうもう反抗的に もいいとこっていうぐらい言って世話も 焼いてたんですけどでもみんな私のこと 大事にしてくれるのですごくだんだんいい 関係ができてきますあの喧嘩するんじゃ なくてだんだんあのクズハの気持ちも 分かるけどこういうみんな気持ちで来てて さってそのみんなの気持ちを大便する人も いるし逆にクはどうしてどうして歌を歌っ てるのってすごく突っ込んでくるんです ね何でそのデビューしてななんでデビュー したいのとかいや成功したいんだってその 成功って何クハにとっての人生の成功って って私だって言われたらよそれわかんない よっていうようなことを皆さんが突っ込ん でくるんですねその うち残っていくんですよなんで歌ってるの クズにとっての成功って何だと思ってる のって言ってたクリスチャンのセリフが 痛くて痛くてゴスペル歌いながら涙が出て くるようになるんですよねだって持って ないから答え をその上神様が私たち は神の喜びのために作られたとかその まんまでも愛されてると かクを歌がうまくて素晴らしい けどたえこの通りに歌えなくっても神様は あなたのことを許してるしそのまま 受け入れてるって言うようになるんですよ ねちょっと待って私一生懸命この英語の 長いその黒人が歌難しいそ勉強してきたの にそれいらないっていうのってちょっと ちょっと失礼くないって思ったりしたこと もありますね一生懸命勉強してきたこと人 のことをそれ実は1番大事じゃなくてさて 言うようになるんですねだから私はなんで こうやって自分の人生を立上げていくこと を努力して積み上げていくことがなんで そんなに価値がないみたい2番目とか3番 目みたいな言い方をするんだって頭に来て 本当にそこからもう真剣勝負でまお互いを 大事に思いでした けどそうそこからは大事に思い合いながら 喧嘩しました すごく自分で努力して人生を作っていく ことの何がダメなんだと言ったんです けれどもその頃クリスチャンの皆さん本当 に祈って私の対応されてたんだと思います たくさん言葉を選んでたくさんそのメール の返答も祈りながら書いてたと思い ますそうやって自分の人生を一生懸命探し てるクが大好きだよって言ってくるんです よそんなあなたがそのまんままた泣い ちゃうじゃないですかそのだ私ねそのE メール が今でも撮ってますそれをプリントアウト してまだアルバイトしてたその制作会社で えプリントアウトして今でも劣化しない袋 に入れ て取ってあり ますそのぐらい嬉しかったうんっていうの 彼らのスタミナ愛のスタミナに本当に驚愕 しましたえその頃デビューの話とかま本当 に毎日デモテープ出してたので本当に 365本デモテープ出したことがあるん ですねで最終先行に残ったたりしたのは 10本近くありますそれはすごい確率なん ですけれどもで何度となく最終先行に 受かってでもどう考えても私のバンドや私 の質がだと誰もが見ても拍手を聞いても 思うのにもう決まってたりするんですよ ちゃんとでそのレールの無しさにも打ちれ てて自分の周りには素晴らしい ミュージシャンがいたんですよ私のために ただでもやってくれるミュージシャンが 周りにいたのに彼らに給料を払ってあげる ことができないあの立場でそれも悔しかっ たしみんなの人生背負ってやってたので そういう意味でも本当に体力の限界まで オーディションに出しアピールし襟巻き とかげって本当今でこそ笑っていますけど その時はすごく必死で自分の人生を作って いました何もかも自分で作ってたんですね なんですけれどもその入ったゴスペルの 世界でそれが1番ではなくてあなたの人生 を作ってくださる神様にあなたの人生を 委ねてみるみたらっていうようなことを 言われ 始めこう泣いてしまったりイラってしたり しながらそれでもですねゴスペルクから 離れることがなぜかできないんですよで 周りの人たちは競争特に女性はねあの ミュージシャンは男性が多かったんです けど特に女性は競争相手になってしまうの でやっとデビューが決まったって思った時 に報告にしに行ける身近な女友達がほぼい なかったですそのことを突きつけられまし たでデビュー決まったっていう時にその時 も2500枚の予約をあの作ってデ ビューっていうまたそれも努力型デビュー だったんですけどそれもストリートライブ をやりながらなんとか作ったんですねもう 顔10ボコボコでしち体を壊してで教会 そのクヤに入ってたんですけど本当に げっそり痩せてたしえかなり病気がちでし たでやっとデビューが決まった時も報告し に行ったのはクワイヤのクリスチャンたち でし たそういう方法を通して神様はま昔の言い 方で言うと足向けて寝れない状態にしまし たでその頃からですね真剣に神様のことを 語ってるゴスペルの歌詞を真剣に え捉えるように なり喧嘩ばっかしてきましたけれども ゴスペルやクリスチャンやその愛を示して くる相手に対して喧嘩越しでしたけれども ある時からですね私には クそのままで愛されてるよって言われてる んですけどそのまま受け取れないボロボロ の器を感じたんですねいろんなところが賭 があって日々があって私の人生を私が作ら なくて誰が作るんだっていうその不安や 焦りや葛藤がものすごくて愛を信じれない 人間不信の器しかなかったんですねなので その場所で頼りにしてたけどクリスチャン の皆さんにどれだけ愛されても素晴らしい ゴスペルライブをやったとしてもその器 からいろんなものがガーダーと流れる 落ちるようでここには何もたまら ないクワイヤには行くんですよ頼るんです けどそのさっきあのちょ何土砂ぶりに濡れ た猫って言いましたけどすごくあの助け てって言えないところがあるんですねもう 背中向けて寝てあのここに座ってる猫 みたいな感じですかねそういう状態で素直 に受け入れることができないでそのことを 示されて歌ってる最中 に神 様って言い始めるんですよね神 様私は愛が知りたいっ て助けてって言えるようになりたいって いうようなことをた助け助けてほしい みたいなそういうようなことをこう注ぎ 出すようにどうして私は愛が溜められない んですか愛が分からないんですか愛を愛に 嫌われてるって思ってるんです かって愛という存在信じていい存在に私は 嫌われてるって拒絶を受ける人をどんなに 信じてもきっと拒絶されるってどうしても 親足を持ってるここの心の底で思っている というものが拭えないんですかつった時に たくさんちっちゃい頃のことを思い出し 始めますそしてみんなで祈ったりする時に 愛する天のお父様ってある日突然急にいつ も言ってるセリフなのにうわあこれだと 思ってここが信じれないんだと思って父が えーいなくなったこといろんな父と母のい なくなったこと私を置いてったこと家の中 から音楽消えたあの寂しさ えーその後で一生懸命母と本気で生きてき たあの寂しさ誰にも言えなかったこと戦っ てきたこと全部のお金を誰にも面倒見て もらわなかったこと誰かにこうケアされて 生きてるって思えなかった ことこのそしてね父もすごいえ素敵な人 でしたけれども父ですら私を置いてった じゃないかってことをすごい深く憎んでる こと怒ってることそのことをすごく指摘さ れてですね えーゴスペルの喜びのここにものすごい 渦巻いてるものを感じてその手前で私の顔 を塞いで私を何かを見えなくさせてる いろんなものを感じてちょっとずつ ちょっとずつクリスチャンの1人1人に 話してきますその時に御言葉がえたくさん 入ってきましたあなたの重荷を私に委ね なさ私のくきは追いやすい えーことや本当に涙の夜があっても朝には あ夜明けがある話またあなたの暗闇の隙を も歌えましたけどあなたの暗闇にこそ光が あって闇はこの光に打ちかたなかったって いうメッセージとかいろんなことが だんだん私のことを差し始めていきます それと同時に分かったことはですね私が この場所にたどり着くためにたくさんの人 を傷つけたことも同時に感じました一生 懸命生きていくために自分の人生を肯定し たいためにいろんな人を男性も女性も友達 もいろんなことを押しのけてもいいと思っ ていたので傷つけてきたしさばいてきたし そういうことも同時に感じました えー今日いっぱい皆が喋ったのでま本当 どこまで喋っていいか分からないんです けれども えみんながゴスペルの中でガisgood って言うんですよ主は良いお方でAllザ timeムって爽やかにご挨拶しますあれ が私にとってとっても深い言葉ですGOD isgood 主は良いお方って言えるって幸い です言えませんでしたそんなに誰か恨み 家庭恨みえ境遇恨みなんで私ばっかこんな にいつもいつも貧乏くじというか一生懸命 努力したのに受からない し花々デビューは遠かった しなんでなんでって怒ってばっかいました ので私にとってガisグドはすごい遠かっ たです 私の人生とても良いものだって言え るってどういうことだと思いまし てだから今でも主は良いお方っていうのが 1番響きます響く し大切な言葉ですえそしてそうですねどう やって信じてたっていう話がちゃんと伝え られてたらいいんですけれども えある時ですねえボイストレーニングをし ながらあそれもボイストリングされる側 ですねされる側になりながらその時の ディレクターさんにクハのままで本当に ありのままでイエス様あなたを歓迎して いるよってほとんどのボイストレーニング の時間お金返してっていうほど伝動され まし たもう本当そればっか続いてもう本当に この人も倒れそう神様信じないとむしろ 倒れそうあの葛藤しすぎて誰よりも真剣に 来ててもうしょっちゅうてるし馬にも倒れ そうて計なくねあの支えたいと思ってる みんなが本当にケアしてくれてでイエス様 と共に歩く人生を歩んでみないって言われ た時にうっかりそうですねうっかり うん足かけて寝れないかもしれないうん イエス様を信じれるなら信じたいって言っ たんですねそしたらみんながやたとか言っ ちゃってまだIwantなんとかしか言っ てないよと思いながらでもわあって言って てあどうしちゃったのかな私の人生 ちょっとやばいものにて早し踏み入れたの かなって思ったんですけどほんのちょっと のそのそのほんのちょっと のあの針針がでツンてやっただけのそれ ですねもうどうにでもなれって思いました 正直なところでも何もかも分かって心理が 分かって信じたんじゃなくて本当にどうに でもなれこのまま行っても私滅ぶなと思い ました 一緒嫌な予感しかしない本当にあの デビューできたできそうなんですよだけど 滅ぶなって思いましたこのまんま私はこの なんかこう器みたいだなと本当ずっと思っ たんですよ心が何かを貯めることができる 器のようだなって感じて歌を作ってたん ですねでそのけがある器の歌をいっぱい 作ってきたんですよで今もそのことを意識 するんですけどそのたまらない器をなんと かしなければどの道死ぬと思いましたの時 にその時にじてみないうんそうだね信じ たいだけなんですけどそれを差し出した気 がしますそこで少し進んである時ある時 ですね教会をから出る時にで1人ぼっちで 帰る時になんかうっすらとげ幻を見ます私 がイエス様のお腹にこう刺したっていう 実感がねなんか幻で見るんですね私のこの 心が愛なんかいらないって私が言ってる この叫びがイエス様を差してでこの人の この痛みのために私はこの差し通された この痛みのために私は生きるんだっていう かそのそれは後から分かったんですね私が 差し通したってなんか分かる時があって ですねその後歌が変わっていくんです ねま私もあのちおちゃん同様本当に長い ストーリーがあるの でそろそろ閉めたいと思います私が知り たかったことあの戦で受けたあ洗礼うん私 が知りたかったこと は私が知りたかったことはうんそのため られる器でしたそのうん器でしたそこに 1番貯めたかったのは音楽と共にな なくなってしまった信じられる愛でし たあの時点から私の世界はグラグラとゆい 動きえそして父のことを呼び捨てにする 環境で育ったんですねあの悪いことをした 男性としてえ親戚のえ数命が私の父をいつ も呼び捨てにしてたし私がそっくりなん ですよ父とそっくりな部分を言う時に悪口 として言うんですねそのことも感じてい ましたでそういうことを土台にしていたい たのでえー人間不信でありえーそうですね でも不思議なんですけどなんで私が音楽を やっていたんだろうと思うんですけどその これがないと緩ぐっていう何命なでしたで その私がためたかった器にためたかったの は音楽でずっと探し求めていろんな ジャンルを歌ったんですけれども探し求め 続けたのは本当にシンプルです愛でした ただ信じられるもう私を置いていか ない私はあなたを捨てて孤児にはしないと いう言葉がどれだけ私の人生を変えたか 分かりませ んそしてこれを言えるの はこの地上にどこにもいない神様だけ え私の旦那さん優しいですけど旦那さんも 言えないですよあの個人にしますからね いつかね1人あのずっと一緒はできないん でそしてどんなに知っていてもすれ違う ことがありますでその後ですね100% 信じてたそのそのクリスチャンの ネットワークの中でもいろんなねいざこざ があって曲作れなくなったりその賛美を 作るまでにいろんな葛藤があってま色々 あってあやっぱり人間を100%信じてる とこんなこと起こるなってこともたくさん 経験しましたでもその時からいろんなこと がありますずっとずっと教会生活がうん 順風満々だったわけではありませんけれど も私を捨て て絶対個人にしたりはしないのは神様でえ そして愛が知りたいと言った私に答え なかった日は神は ないそう思い ます救われてからもたくさん傷を癒すため にたくさんのえセミナーとか カウンセリングに受けてこの人間不信の ものはま続きがあったらまた次の証の機会 に曲を作るようになるまでまた証したいと 思うんですけれどもでも あのこの目に見えない神様を信じるって すごいないですかだからあの人間不信 見える人間ですら人間不信なんですから目 に見えない神様信じるなんてもっと大変な んですけれどもえカウンセリング的なもの を受けに行ったあのチェンジングキャンプ みたいなのを受けに行った時にやっぱり 反抗的になって私その逃亡したことあるん ですよあのその画質上からお前に何が 分かるとか言って暴れちゃって抜けてた ことがあるんですねそうやって クリスチャンになってからもずっと反抗し てきたんですけど神は私をつてて孤児には しなかったんですねそして私にたくさん いろんないい曲を書かしてくれました えっとその私がえっと脱走した時に与え られ てるえっとね私を変えてくれまし たいいでしょうあのすごい等身大な証です ねえっとですねちょっと待ってください ね未だかつて誰も神を見たものはありませ ん第1ヨハネ4の12です ねもし私たちが互いに愛し合うなら神は 私たちのうちにおられ神の愛が私たちの うちに全頭されるのです 神は私たちに見たを与えてくださいました それによって私たちが神のうちにおり神も 私たちのうちにおられることがわかります 私たちは道が巫女を世の救い主として 使わされたの見て今その証しをしてい ます私これ脱走した時ですよ愛し合う ならって言われてんですよすごい痛くてで もで も道が巫女本当に愛して使わしたんですね みと巫女の関係皆さんご存知ですね巫女は みがやれって言ったことしかやらないん ですよまずその関係があってそして巫女が 私たちを捉えて覚えてくださって巫女 が何私に与えられたものたちていう言い方 をするじゃないですか私にもらった人たて だから私うん最初人間不信で誰とも教会に せっかく行っても愛し合え 一緒にご飯も食べれなかったような人間な んですけれどもまずみと巫女の愛し合う 関係を知りましたそして巫女が私たちの ことを愛してくださってるってことを知り ましたその順番でやっと自分のこと愛せる ようになっ てイエス様と私の関係があるから私やっと 人愛せるようになりまし たこの順番だなっと思ってます私たちはが の救主として使わされたのを見て今その 証しをしています誰でもイエスを神の巫 ことと告白するなら神はその人のうちに おられその人も神のうちにいます私たちは 私たちに対する神の愛を知りまた信じてい ます神は愛 です愛のうちにいるものは神のうちにおり 神もその人のうちにおられ ますこのことによって愛が私たちにおいて も完全なものとなりまし たこのことによって愛が私たちのうちに 完全なものとなりまし た私の内側に愛を貯められる器になったの か分かりません愛が本当にあるのか分かり ませんけれど も神は愛 です道が巫女をこの世に救い主として 使わされたのを見て私たちはその証をして いますだから 今愛を持ってるんです愛には恐れがあり ませんこの全合いは恐れを締め出し ます自分で努力しないと人生が何とかなら ないと思っていた私のものすごい少々感 孤独拒絶に対する 恐れ人間 不信そういう生きてく怖 さ愛にはは恐れがありませんまた合はこの 恐れを締め出しますなぜならこの恐れには 刑罰が伴っているからです恐れるものの愛 とは愛は全ものとなっていないのです 私たちは愛しています神がまず私に主が 語ってくださってるのは その修正修正した後がいっぱいのあなたの 器を通してすればいいって言われるんです ねそれをそのまんまでそのまんまで いっぱい影があっていっぱい影があってで もいっぱい修正されてるけど確実にみが 巫女を愛し巫女が私たちを愛してくださっ た愛によって修繕されてるその器に前より ずっとずっと前はざる状態だった私の器に 愛が溜まるようになったん ですそのようにし て神様は私たちを決して1人にはしません え今日お明かしした三本立てプレッシャー の高いアンカーでしたけれどもみの愛 そして神にできないえことはないっていう ことを伝わったらすごく嬉しく思います神 様に栄光きしますありがとうございました え葛葉さんどうもありがとうございました 本当にご家族であの賛美してくださる姿を 見ととても素敵だなと思っていました けれども本当にあの大切なお証を聞かせて いただい て うん本当にねでも神様のなさること 素敵だなとま皆さんそれぞれに思われた ことだと思います本当に3人の方々のお明 を聞かせていただいて本当に音楽を愛して 音楽に障害を捧げられる私音楽から1番 遠い人間だと思っているんですけれども 本当にそういう方々のでも華やかに見えて 素敵だなってみんなからこう思われるよう な背後にあっての努力であったり上層感で あったり本当に困難であったり努力であっ たりまそういう中ででも神様はねそういう 方々にこう触れてくださってい るっていうのはとっても本当に素晴らしい お証を聞かせていただきました本当に ありがとうございましたもち勝したいと 思い ます本当に神様がえ1人1人を愛して ふさわしく触れてくださったこと本当に 感謝してえこの集会を閉じたいと思うの ですけれどもじゃあの感謝のお祈りをです ねえっとまずえっと船沢正司先生にお祈り していただいてその後皆さんで賛美を捧げ たいと思い ますお祈りします恵深天の父なる神様 あなたは私たち1人ひとりを知っていて くださりえそして知ってるだけではなく愛 の計画を持って1人1人を導いてくださっ てることを今日もう1度覚えることができ 感謝いたしますえ3人の証を通して死を 本当に私たちに対しても同じようにどんな ことがあっても神様は決して私たちを捨て ず離れることなくそれだけではなく私たち の苦しみや痛みや時には欠けそしてまた 失敗そういった1つ1つを恵みに帰ること のできる生ける神であることを今一度覚え させていただきましたえどうぞえ主あなた の皆が崇められるこの証の集会の中でえ 聞いた私たち1人ひとりも自分自身のうち にも同じ主がえ働いてくださっていると いうことをえもう1度心に刻みえそして その主と共にこれから与えられた限りの あるこの地上の障害を共にえ神様の栄子 表す器として歩んでいくものとならせて くださいえどうぞ3人のえ そのえゴスペルシンガーの1人1人を用い て神の栄光の器としてただ賛美だけでは なくその生の生きたえその存在を通して神 様あなたご自身を表していってくださる ことをも重ねてお願いいたしますじゃ あなたを信じます今日のこの一時が主に よって祝福されたことを心から感謝をしえ 尊イエスキリストの皆によってお祈りを いたします メンありがとうございますそれではえっと 賛美をえご一緒に神様にえ賛美を捧げし たいと思いますえっとゴッドブレスユと いう曲がございます えゴドブレスyou神の恵が豊かにあなた の上に注がれますようにあなたの心と体と 全ての営が守られ支えられ喜び溢れるよう に私は祈りますゴドブレスyouゴブレス youという曲そして2番はゴBe WithYou神の見守りがいつでも あなたの上に注がれますようにあなたが どこにいるとしても何をするとしてもいつ でも神様が共におられますように私は祈り ますゴドBeWithYouゴBe WithYouそして最後にまたゴッド ブレスyouと繰り返して終わりたいと 思いますではご一緒に歌い [音楽] ましょうます シ神の恵 が豊かにあなた の上に注がれますよう にあなたの心と体 と全ての人 が守られささえられ喜びれるように 喜び 溢れるよう に私は祈り ますレシ [音楽] 神の見守り がいつでも あなた の上に注がれますよう にあなたがどこにいるとしても 何をするとして もいつでも神様がにられますよう共におら れますよう に私は祈ります [音楽] be withbe withbe [音楽] withそれではえっと黙祷してこの集会 を終わりたいと思い ますはい どうもありがとうございましたえっと明日 はえあ今日今日はこれで集会終わります けれども明日は10 時からでしたっけ10時からえ今度防災が テーマでえまた賛否とそれからえっと ゴスペルパウロさんのえ防災落語楽しみに 10時半10時10時です間違いない私は 間違いますけ皆さん間 10時からですので是非あのお集まり いただいてそしてまたネットでご覧の方も 是非ご参加いただければと思いますので よろしくお願いいたしますえっとあと何か ああと後ろの方にミュージシャンの方々の 素晴らしいCDやご本やま色々ありますの で是非お買い求めくださいプレゼントにも え2枚3枚4枚5枚とお買いいただければ と思いますどうもありがとうござい本当に 感いたしますありがとうございまし [音楽] たJA [音楽]

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