【廃線探訪!】1972年に廃止された「北陸鉄道 能登線」の廃線・駅跡を探索してみた!(羽咋駅~三明駅)
こんにちは本日は2024年4月26日で
現在私はJR7線白井駅に来ています
こちらの白駅は現在はJR7線の列車が
発着する駅ですが今から52年前の
1972年昭和47年6月25日までは
もう1つ別の路線が伸びていましたその
52年前まで伸びていた路線とは北陸鉄道
元線です冒頭に出てきたのは白井駅西口
ですが北陸鉄道元線は反対の白井駅東口側
から出ていたようなので移動します白井駅
西口と東口は地下道で繋がっていてこちら
を通り東側へ向かいます地下道を抜けると
白井駅東口側の住宅街が立ち並ぶ街並が
現れすぐ左を曲がるとそこからが生跡
ですここを左に曲がると配線後スタート
地点でそのスタート地点には国鉄7線時代
の貴重な名残りと言える看板が今でも残っ
ていますその国鉄時代の名残りとは国鉄博
駅と書かれた各行方面を示す案内看板です
看板の文字と全体の塗装がかなり剥がれて
しまっていて大昔からここに鎮座していて
石当時から今でもお客さんに白の方向を
案内し続けています国鉄時代の貴重な
名残りを過ぎると白井行東口の駅前通りが
あり左に自転車置場がありますがかつては
ここにも線路が敷かれていたのかもしれ
ません現在の白衣はホームが3番線まで
ありますが元線があった当時は4番線と5
番線が北陸鉄道の線の乗り場だったらしく
当時は5番線まであるターミナル駅だった
ようです能線配線跡の横に各域東口駅舎が
ありその上には配線跡をまいで5000橋
で現在のホームにアクセスできるように
なっています駅の構造は当時の元線時代の
形が生かされているのかどうかは分かり
ませ
私が立っている道こそが陸鉄道の都乗り場
があったところで線は白を発射するとこの
先の塩川付近まで現在のJR7線と並走し
ます現在の白衣駅も特急列車も含め全列車
が停車するJR7線で1番の使用駅なのは
変わりませんそれでは始発駅である白行を
出発し陸鉄道の線配線クスタート
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ですに陸鉄道の都川配線跡は白衣県民自転
車歩行車道として整備されていて白衣駅は
スタート地点になっていますそれではまず
は各駅を出てすぐのところにある塩川橋梁
を目指し
ますスタートから100mほど進むとまず
はJR7線とともに塩川橋梁を渡ります
こちらの塩川はこの先で渡る白井川と合流
し浜ドライブウェイで有名な日本海に流れ
ていきます
塩川橋梁からは川に沿って河原町の街並が
見え
ますこちらが塩川橋梁でいかにも鉄道橋と
いう感じです
ね塩川橋梁から剣道232線と立体交差
する地点まで来まし
た元線はここから先は勾配を登りながら
進んでいきますそして右カーブを曲がり
白川に出ますそれでは白川の場所まで行っ
てみ
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先ほどいた地点から井川の手前までやって
きまし
[音楽]
たそしての線はJR7線とともに白井川
橋梁を渡り
ますこちらの白川は大きい川のため鉄道橋
も立派でシーバスなどの魚も釣れるため
釣り人も多くさらに各駅の隣のJR近には
型という石子があり毎年白鳥カモ詐欺など
が多く被し10月中旬から3月下旬頃まで
滞在することで有名で白鳥の里とも呼ばれ
ていますそのためこの辺りはJR特急の
列車名に似た多くの鳥が見られまるで天然
記念物の野生博物館のよう
です白井川橋梁を渡り寄れましたこの先は
登り急勾配を登りながら左の大カーブを
描き列車ははここから一気に方向転換をし
ます白井川からカーブを曲がり勾配を登っ
た地点までやってきまし
[音楽]
たカーブを曲がり終えたところでは
スタート地点の白から並走してきたJR7
線と立体交差しJR7線は七尾方面北陸
鉄道の都線は鹿町3方面に進んでいきます
昔はこのようにのどかな田舎でも道路線が
立体交差するまるで都会のような光景が見
られたんですねこちらの白駅から知事期間
はJR7線でもトップレベルに有名な撮影
地白衣ストレートとなっていて1115系
1113系が引退する年は多くの
カメラマンが訪れていました2021年3
月のダイヤ改正で415系と413系は
引退し現在は全列車新型車両521系電車
にて運行されていて昭和のから現代の景色
に生まれ変わりまし
たそれでは先へ進んでいき
[音楽]
ましょう7000と立体交差した地点から
100mほど進んできまし
[音楽]
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たすると木星の車新流禁止ポールのような
ものが刺さっていてこれも昔から変わって
なさそうですねホールを抜けるとか町の
生活道路ををまたぐようですがこの道はの
線現役当時からあったのでしょうかね道路
を渡ると先にいかにも生跡と言わんばかり
の見切り剤で区切られた列車が通れそうな
幅の道が続いています右側に線路が敷かれ
ていたなら見切り剤の左の道は昔どうなっ
ていたのでしょうかねスタート地点から生
後は整備されていて分かりやすいですが
周りを見ながら歩いていても当時の名残り
のようなものが特に見当たりません52年
前に廃止された路なので名残りが残ってい
ないのも仕方ありません
ね先ほどの地点からカーブを曲がり国道
249号線をまたぎ金町交差点の左折先の
手前までやってきましたこの先は横断歩道
を渡り森林と住宅街の間を縫うように線路
は敷かれていたのかもしれませんしかし元
線現役当時は左の森林と右の住宅街は存在
していたのかは不明なので前方の景色は
当時の形を維持しているのか異なっている
かは分かりません列車が走れるだけの幅は
あるので周りの住宅は新しくなって森林は
草が育っていますが当時は左の林はもしか
したらなかったのかもしれません
ね進んでいると不自然に開けた場所があり
ましたそこにはよく分からない謎の機械と
木星の枕木のようなものが放置されてい
ましたこちらは形的に枕木のようにも見え
ますが果たして木星枕木なんでしょうか
そしてこの先は木々が追いしげる大自然の
中を進んでいっていたようですこちらも
当時からこの森林があったのかはたまた
森林もなく開けていて地平線に伸びる日本
海が一望できる絶景が広がっていたのか
どちらでロマンがあります
ね住宅を抜けると何やら貨車のようなもの
がありましたこれはおそらく国鉄原市型
貨車の一種で有害者と呼ばれていて国鉄
時代に貨物列車の貨車として活躍しました
が引退後は倉庫などに利用できるとして
売りに出されたので色々なところにあるの
を皆さんも見たことがあるのではない
でしょう
か先ほどの地点から300mほど進むと元
里山街道の高架橋と立体交差します元山
街道無料解放の前の元有料道路の開通が
1973年で当地点の手前にある柳田
インター先は1982年に開通しているの
で現役当時はこちらの効果鏡はありません
た里山街道の先はものすごい下り勾配に
なっていてここのどこかから横の道路を
またぎ右側に線路は曲がり各駅の次の駅元
一宮駅に入選していたのではないかと思い
ます下り勾配を下り終えた地点までやって
くると一宮町の看板がありまし
た看板の隣には各一宮海岸という公共
ビーチがあり
ます白井一宮海岸から道路を挟んで隣には
元線田役当時に元一宮駅があった地点に
やってきました元市の宮駅は白井駅の次の
駅で現役当時は単式ホーム2面2戦の公海
駅だったようで右の舗装された小道と左の
砂利道に当時は線路が敷かれていて砂利道
の横の草が大い茂っているところにホーム
があったようですさらに東駅は元でも
トップレベルに有名な桁大社の最寄り駅で
正月には初詣客で賑い当時は国鉄7線の線
から臨時直通列車も来ていたようです現在
の駅跡は地域準カバスのバス停になってい
て今でも交通手段として使われているよう
ですさらにここの正面にはかつてトリーが
あったらしく桁対処のスタートはほぼ東駅
からのようなものですねトリーがあった
場所に社の入り口を象徴するかのように
国平代車桁大社と書かれた石碑がまし
た石碑からずっとまっすぐに進み向こうに
見える信号の交差点を超えて坂を登ると桁
大車に着き
ますそれでは元市の宮駅跡を後にし東駅跡
から800mほど先にある次の駅滝行周辺
に行ってみ
ましょう滝駅に向かっている最中に木造で
作られたエトロな一宮小学校跡がありまし
たこの辺りは今ででも木造の建物が数多く
残っており街並も昭和で時で止まっている
ところも多数見られます一宮町から
700mほど進み漁師の町滝町の看板が
現れまし
た看板の場所から数メト進むと奥に公園が
ありその手前に芝生になっている場所が
ありますがおそらくここに滝行があったの
ではないかと思いますおそらく右にホーム
があって私が立っているところに線路が
あったのではないでしょうか現在の跡地は
滝町会館になっていまし
た滝駅を出てから数100mほど進むと
住宅の間に伸びる生跡は左側が開け広大な
日本海と滝漁港が見えるようになります
配線後の道は新しく舗装しさらていて綺麗
になっています左に立っている住宅も木星
の建物で昭和中頃にここ機動車や蒸気機関
車列車が走行していた光景が想像できます
ね先旅行を過ぎるとここから列車は日本海
の際に沿って走行するようになります
つまりこれから先は北陸鉄道の線で1番の
絶景区間に入るということですそれでは
当時と変わらない絶景区間を配線ウォーク
してみましょう配線後は滝駅から芝駅間の
絶景区間に入り横にずらっとテトラポット
が並び寄せて返す波音が海辺の音です
ね絶景区間もそうですが現在線してい滝
から芝駅間は距離が4.2kmもあり北陸
鉄道線で1番駅間距離が長い区間でもあり
ますなり響く波音が日頃のストレスを
洗い流してくれているようで癒されます
現役当時の利用者の皆さんは毎日この設計
を見て学校や会社旅をしていたと思うと
羨ましくて仕方ありません
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絶景区間の始まりから1kmほど進んでき
ましたすると前方に滝崎東台と木の
トンネルになっている場所がありました
この木のトンネルは現役当時はおそらく
なかったのではないかと思い
ます木のトンネルからさらに進み奥に柴垣
町の集落が見えてきまし
たそしてズームで見えた地点にやってきて
この場所はかつて芝が場所です現在の芝駅
跡は白井県民自転車歩行車道の休憩所とし
て再利用されています柴垣駅は島式ホーム
1面2000の列車交換できる駅で東駅の
横には千垣海水浴場があり夏季には国鉄7
線から海水オ林寺列車が直通運転をしてい
たよう
です柴垣駅からしばらく進に柴垣海水浴場
に出られる小道があり左右が木々に覆われ
た生後の場所がありました
列車は引き続き海岸線を進んでいたよう
ですそれではこの先にある元線の使駅だっ
た元高浜駅があった周辺に行ってみ
ましょう柴垣駅から6kmほど進み現在で
は配線跡がよくわからなくなっている高浜
駅手前にやってきましたこちらの建物が
立っている地点が高浜駅があった場所です
高浜駅があった場所にやってきました現在
の高浜駅跡は高浜バスターミナルになって
いて動に変わって七尾駅や本部駅を結ぶ
バスやコミュニテバスが発着しています
待合室にはなんと当時の駅名版が保存され
ています筆で書かれた事態が昭和レドロの
駅名版でいいです
ね元高浜駅は島式ホーム1面2線と速成を
有していた駅で北陸鉄道に合併する前の元
鉄道第1次開業区間の終点駅でした元浜駅
の先は完全に再開発がされていてどこに
線路が続いていたか全く分からなくなって
いますそれでは北陸鉄道線の終着駅だった
三駅付近に行ってみましょう終点三駅手前
までやってきました列車は奥の森林から左
カーブを描いて私が立っている地点に
向かって走行していたと思われ
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ますそしてこの先を300mほど走ると着
駅山陽駅に到着します
先ほど立っていた地点から300mほど
進み終点3駅があった地点にやってきまし
た駅跡には鹿町3宮の看板が設置されてい
て鉄道が廃止されても駅の地名はなくなり
ませんのでこちらも名残り
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です3駅や土地の現在は白井県民自転車
歩行車道の休憩所と駐車場になっています
またここに産域があったことを表す北陸
鉄道を線産域や土地と書かれた石碑と線路
を切り替える主導式ポイント切り替え機が
保存されていましたまた産駅は都町にあっ
た一の鉄道駅だったらしく駅跡名残りを
残し石碑や分岐器を保存してくださってい
てここに鉄路があったことを分かるように
していて鉄道が大事にされていたのが
分かりますねが
[音楽]
したでしょうか1972年9月25日に
敗戦になった北陸鉄道線白駅から山名駅間
全長25.5kmの配線ウォークでした
52年前に配線になった路線なのでさすが
に大きな名残りなどはありませんでしたが
廃線後は白井県民自転車歩行者道として
整備されていて今でも線路を辿っていく
ことはできるのはありがたいですね私自身
も武半島出身で地元に規制していたので
地元知ってもらうためにも北陸鉄道の土星
の鉄路を辿ってみましたこの間のの半島
自身が起こった時も地元に規制していたの
で恐ろしい揺りをリアルに感じ東方の実家
も被災しました現在も大変な日々が続いて
いますが復興のためにも皆さんでこの大変
な日々を乗り越えていきましょう頑張ろう
の頑張ろう
[音楽]
石川燃えるよい
消
撮影日 2024年4月26日
この動画は1972年6月25日に廃線になった「北陸鉄道 能登線」の羽咋駅~三明駅間25.5キロを廃線ウォークした動画です
こちらの廃線跡は「羽咋健民自転車歩行者道」として整備されていてサイクリングやウォーキングができるようになっています
「能登線」は「北陸鉄道」の鉄道路線では「金名線」の電化後に存在した唯一の非電化路線でした
夏季には「国鉄七尾線」から『海水浴臨時列車』正月には『初詣臨時列車』も乗り入れていました
【使用BGM】
「鉄道ビジネスカジュアル前面展望専用チャンネル」様
曲名→『鉄道唱歌BGM 作業用』
「高宮いぬかみ」様
曲名→「線路は続くよどこまでも」「浜辺の歌」
『珠槻‐Tamaki-』さん
「鉄道唱歌 Arranged by Haruka. YouTube version」
「フリーBGM」→「SAKURA」
【音声】【音声】つくよみちゃん@COEIROINK
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