崖の道の先に廃村が ⁉和歌山 『平集落』と懐かしさ残る廃校を歩く

はいえおはようございますえ今日は3月の 3日ひな祭りの日ですね現在地が和歌山県 神宮市というところに来ておりますえ今日 はですねあのまこの近の集落がいくつか あるんですけどそこの無人になった集落を え今から行こうかと思いますあとちょっと なんか学校の後みたいなのもあるようなの でまそこもちょっと覗いてみようかなと 思いますもうその近くまで来まし た でまちょっとこう近くまで来て歩いてたら ここがね あのま道になってるような感じなんですよ ちょっとこ上がっていくって言うんですか ねでこの上何かなって思ったらま家の跡 みたいな昔はこの上に も住居があったようですねちょっとサクっ と上がってまちらと覗いただけなんです [音楽] が階段がありますね階段の 後こっから上がってっ てこの辺りに家があったと思われ ますあっちにも石が続いてんよな お鍋か なこういった鍋の跡ともう石垣 が残ってるぐらいです ねま23件ぐらいはあったように思います 面白いですよねなんかこんな道みたいなの がパって目について上がってったらこんな 山の上が実は昔は家があったって考え たらはいえそしたらこのままもう歩いて すぐに行ける場所 に小学校の後もあるようなのでま歩いて いきたいと思いますなんかここはあ釣りと かアゴ釣りがこの川ではやってるようです ね熊の川漁業共同 組み合いま2000円とか3000円で1 日釣れるっていう感じでしょう か今のとこ は釣り人空いてない なでここにも あの釣り橋があってです ねまこの釣り橋に引かれて思わずここに 止めた感じなんです けどちょっと年期の入った釣り橋ですよ ね ま一度さっき渡っ1回渡ってみたんです けどま結構揺れるでこの先にもおそらく えここがですねま剣道の道路なんです けどまその上あたりにもえ住居が少しあっ てでこの釣り橋ま結構揺れるんです けどでもきちんと整備はて感じです ねで周りのロケーションがこんな感じ ですま今日はものすごい雲1つない 青空でこっち側に渡るともう何もないん

ですよね ただおそらく これずっと道なりになっっているのでこれ を歩いていけばあの集落 がこっちにもあったんかなってちょっと 思うんです けどずっとこれが道になってるんでこれを 上がってったらなんか集落の後みたいなん がありそうなんですがえ今日はちょっと 情報があまりにも不足して てま元々行こうと思ってたに行き ますねでもこの辺のワイヤー はもうちょっと錆びて ねボロボロです ねまでも普通に渡れました揺れる けどはいえこの道が先ほどのあのま剣道 ですね何号線か忘れたんです けどでこっちのあの道を左側にそれていく と目的の小 学校です ねグランドかなバックネットがある わあちょっと見えましたね赤色の屋根 の木造 校舎遊具とかはなさそうや ないやあ3月の3日です けど昼ぐらいになってようやくあかくなっ てきましたねまこの天気にも恵まれてるん です けど おこれこれこの懐かしい 感じこれがえ小学校の前傾になり [音楽] ます旗建てるポールもあったあるんです ねあ乗ってます小学校 後 へえこの消化線 も中は空っぽ かもう役目を終えたって感じですよ ねでこれが [音楽] 校舎 [音楽] I [音楽] [音楽] いやしっかし静かです ねほんまに山奥の 中かつてはでもピーク時には40人ぐらい の生徒が通われて た通われてたそうなんです がここまで静かや となんか複雑ですよ ねこれはなんか 倉庫ああ跳び箱があり ますとび箱

ヤマハ 木筋ええこれ何やろだるまか なまちょっと50年か60年前の備品が 眠って ます これはあれか桜の木か今日は3月の3日や からもうあと34週間で満回って感じ かなんかここ でま子供がおった時はものすごい 騒がしかったんでしょうね今は物と1つ ない古び校舎が残ってるだけですけどまあ でもこういう小学校るだで懐かしいですよ ねもうやっぱ小学校ってほとんどのまもう ほとんどの人が通われてるんでなんか昔を 思い出すいい機会ですよ ねはいえこれから山道の方に入って集落に 向かっていきたいと思いますま歩いてきて も良かったんですが意外に距離があったん であのバイクでもう直接来ました まこれほどの山これ今も信じられない山奥 に今いてるんですよ ねまちょっとこの辺りばっさり木は切られ てるんですがおそらく新しい木を植えてる 感じでしょうかいやあとんでもない山奥や なこれはほんま にこの山の中にかつては集落があったと いうことで今から行きますえこの道はです ね僕もあの何度か通ったことはあるんです けどま今回行こうとしてるその集落平平の 集落があのなんで行こうと思ったかと言う とですねこう歩いていくとお地蔵さんが いきなり出てくるんです よここにお地道さんがちょっと出てきて この裏側にもお地蔵さんがあの並んでるの があるんですよでここがですねこれな 正観青函性って読むんかな青函性の 入り口えこの先になんか あのま川があるっていうことですよね有名 な青函性って いうこの山道を通っ て行くことはできますが えなのでえこっちにだから集落の方角に あるみたいですねどうもこの青函製この 現在地と青函製のま中間地点ぐらいに僕の 今から行こうとしているあの平集落がある みたいなのでえ早速こっから山道に入って いきたいと思いますもう当然3月なんで熊 はつけてちょっと看板ももう錆びて で見えないですねちょっとかすかにこの 地図がこれ現在地って書いてて道路って 書いててでここに川小口川っていうのが あってここが青函製みたいなんです よま直線距離で大体集落までは500m ぐらいちょっと古くて読まれへんなこれ も

うん自然環境を大切にしようって書いて ますねはい集落の方そしたら進んでいき [音楽] ますこれをこのまま進んでいく [音楽] とあるで [音楽] あろう あ間違いない間違い ないちゃんとこれ道になってますねよく見 たらこれ石作りの道 にこの石畳の道になってるん で結構これは実は案外有名な道なんか なものすごい丁寧に作られてるん でこう見たらほんまになんか遺跡みたいな 感じに見えますよ ねまこれをサクサク進んでいこうちょっと 和歌山市からここまで来んのに4時間 かかったん で帰りの時間も交流し て看板があります足元に注意してください 熊野川町はい確かに足元に注意しないと いきなりこれはとんでもない 崖です [音楽] ねただ結構歩きやすい道ではあり ます階段になってるんで石 [音楽] のこれも作った人は大変ですよね この山でこっちは崖なんでこんなとこに石 運んできてこれ石垣きってことかあ石垣や もん なそうですね作るのも大変な道ですよね これ [音楽] もあ下っていく感じなんや などうやら石畳の階段は前半の前半だけ だったようですねこの辺りから ちょっとま道が崩れてきてるという か埋もれてるって言った正しいんですかね 年月が経ってき [音楽] てそしてどんどん山奥に入って いくま目印はこれをたどってってる感じ です ねだから昔は集落に水道水を届ける役割を してたんでしょうかこのパイプは水道水と いうか溶かした水を届けるという か うおお真っ暗や な ちょっと1人では 怖いあずっと続いてますね道 が道なりを早くついてくれへんか ないや道は続いてますけどもう歩いて30

20分ぐらい か向こうの岸からこうぐわって大回りして 今こう歩いてきてるんです よ結構山奥まで来た なあ あなんかもう明らかに不自然な平な土地が 出てきました なんかここ にこういったパイプのま橋ですかね歩く ところみたいな文明の跡が出てきたけど ちょっとまだ早い気するけど な家は残ってないかなもうさすが になんかインターネットの資料とかを見る と 1998年ぐらいまでは最後の住民の方が 住まれてたってちょっと書いてあったん でこの辺りもだから配送になっ て植林した感じですよね もうこう家の跡 が分からへん なでもここはなくも集落 に入ったと思います平らの 集落看板の跡 か ええわからん なあもう通りすぎたんか なはい えの木平に ある えっとよわからん かちょっと看板があったんです がもう消えかかってて分からないです ねあ多分これだと思うんですよここに ちょっと近寄ってみ ますはいここにですねとてつもない木で木 の跡って言うんですかねこうそっちにも 全部倒れてるんです けどこれだと思いますこれが土地の 木もう今 はねなんかクガがすごいいそうな感じの木 になってるんです が看板があったから有名な木やったんやろ なだいぶでかいもんな これこう倒れてますね こう でっか太さ1mぐらいあるんか なこの辺 はめっちゃ平らですかあこの 辺ここ集落やったっぽい なそうですねなんかここ開けてる し はいえ平集落に到着しまし た ただこんな感じですね [音楽]

[音楽] もう [音楽] ああこになんか人工物があるそこになんか キリンラガーのあのビンビールの 入れる器がありますね桶けって言うんです かね酒屋さんの ある納器具残ってんもん [音楽] な ここにノ器具 がT40L40L入 [音楽] るってことか 久保田久保田製のやつ か家はしてますです ねあっちに小屋みたいなんがまだかじ て残ってん か失礼しますあセンタッキーがあり [音楽] ますあここがちょっと最後ですねなんか 生活感 がちょっと 感じる ええ なんか すごいこう見たら電気も着てて蛇口も ひねれば水が出 るっていうそういう生活です ねであとはプロパンガスって感じ か なんか別荘みたいですね作り がはいえ平集落はこんな感じですねもう 植林されて山に帰ってしまったっていう いや良かったたどりつい て [音楽] ne

和歌山県 新宮市
平(たいら)廃村

昭和四十年頃は十数戸規模の集落でその後徐々に戸数は減少…約六十年経った現在の村の姿はいったい…

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#和歌山 #廃村#廃校

9 Comments

  1. お疲れ様でした。
    地に倒れた栃の木の姿、諸行無常を思います。
    「山に山を重ねる」を思い出す場所でしたね。
    道を造った人も電気を通した人もそこで生活された人も凄いです。

  2. しいさん
    おはよう御座います☀
    配信待っていましたよ
    暖かくなって きましたね 春ですね🌸

    下に川が流れていますね なかなか凄い吊り橋の ようで 整備されて いて よかったですよね 前の 壊れた橋 思いだしました😰 綺麗な校庭 寂しく 感じました 春の 日差し 気持ちいいですよね。 山奥の集落まで 頑張りましたね。 本当 本当 お疲れさまでした😂

  3. 自然に還らないものが、むしろそこに生活があった証左になるなんて皮肉なものですね。過去の遺跡とかもそうなのかな…
    1人は怖いですよね😊これ行きの動画ですから帰りもある(笑)あと半分の体力を使ってお家に着くまでがたいへん!そして編集!お疲れさまでした(^-^ゞ

  4. 今回はスゴイ場所ですね。
    学校の跡地はまだ綺麗でしたね。
    静かすぎて怖い感じ😅わかる気がさしますよ😫生活されていた人本当にスゴイですよ!
    しいさん本日もお疲れ様でした💪🏻

  5. しいさん、こんにちはですね。
    いつも投稿配信ありがとうございますm(_ _)m。山の斜面に人ひとり歩けるほどの細い道が。関西から南方面には、素晴らしい石垣がずらっと鎮座して美しく綺麗ですね。
    一応生きてる吊り橋で良かったですね。小さくてほっこり和む小学校の校舎と跡地ですね。
    良き桜の木、この小学校を見守ってきた御神木みたいな木ですね。

    平集落の細い道なんと、石だたみになってて当時の生活道が垣間見えますね。怖いくらい辺りの木々の緑が濃すぎますね。
    平集落の、唯一残っていたぽつんと一軒家見れて良かったです。
    様々な探索お疲れ様ですね😊☺️

  6. 航空写真で見ても、小学校があるほどの人家が見えないです。かつては林業が盛んだったと聞きますが、信じられないです👍

  7. こんにちは☀️ 44号street view確認しました。美し~ 自然の音だけ。静かな賑わいですね~🌲
    私が調べた集落の情報によると 平成11年頃に一戸一人(西谷氏 当時90歳超)お住まいだったようです。多分最後のお家でしょう。
    すごいですよね。ほぼ自分の力で生き最期を迎えるって素晴らしいと思います。
    トチの巨木は樹齢約千三百年、根元から湧水する清水は婦人病に効くと伝えがあったようです。
    鎌塚小学校のように、全国山間部かつては小さな分校がありましたね。地域の歴史、文化、伝統などを学び日本人の魂、誇りとなる。
    今また戻る時だなぁと思います。世界情勢を見ると日本は食糧危機となり8,000万人が餓死するとまで言われています。
    こうやって 人も自然循環の一部にある暮らし、戻る時です。

  8. 鎌塚小学校 三年前 車で通った時は、道路沿いに石が落ちていて、動かして前にいったり、小学校グラウンドも、草ぼうぼうで、大変でした。定期的に手入れはされているようですね。しかし、人はほとんどいない。昭和後半まで生徒さんが居たのが不思議です。通学も中学校、高校など大変だと思います。 とにかく、山奥、行きも帰りも大変。道路沿いで鹿にあうことはあっても、人家はほとんど無住で、一人だと孤独感に襲われます。 とりあえず、ご苦労様です。

  9. こんにちは、山桜はたぶん南紀地方に自生する「熊野桜」だと思います。
    静閑瀞は(せいかんとろ)と読みます。

    【瀞】とろ。川の流れがゆるやかで水の深い所。

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